30時限目 僕も私もはて君こそすれ
氷室零――――――寡黙で表情の薄い生徒。美形な方で、怪しげな印象が記憶に残っている。唯一の仲介役である雷斗からおおよそ性格は伝えられていたが…………相手の卯月咲夜についてを聞くのを失念していた。
一応見聞のある生徒故に多少は見分けがつく。が……不肖有名人が普段ばりの服でいて一般生徒に見られれば噂になるのも大きい。
列から離れて携帯を取り出す。氷室にかけながら、木陰に背を預けた。
「聞こえるか?」
『はい。……というか、なんで電話なんか』
「色々と面倒なんだよ端折るぞ」
僅かばかりの沈黙が流れ、ガヤの声が激しく鳴る。嘆息とともに氷室は返した。
『で、何ですか? 手伝いなら要らないですけど』
「聞いてた話と違うじゃねぇか……」
『あくまで僕は個人の力でこなす気です』
「そうで行けるなら雷斗が俺に助け船出すわけねぇだろ」
『雷斗にも言っておいてください。「助けは必要ない」って』
すると耳に当てていた携帯から、プツリと切れる音がする。
顔を上げ零の居たところへ向けると、涼しい顔で歩き去って行く彼の姿が見えた。
「あんにゃろ……」
最低限のコンタクトは取れたにしろ、状況は最悪だ。思わず天を仰ぐ。列の後方へ視線を向けると、つばのついた帽子を被った茶髪の女性が眼に写った。
少し後ろで、僅か手を振ってくれる。
俺も同じように手を振って返すと、彼女が来るまで待つことにした。
「すみません、あんまり話せなくて」
「良いわ、別に。そっちだって忙しいんでしょ?」
満弦先生はそう言うと、頬に伝う汗を拭った。
すらっとした水色のブラウスに、膝下くらいの白く淡いロングスカート。胸元にはサングラスがかけられており、白い帽子は爽やかさを演出していた。なんとも言えぬ美麗さである。思わず息を呑んでしまった。
「それに、一応は仕事してる様とか見てみたかったし……」
「そんな変ですか? 俺が仕事してるの……」
「へ、変じゃなくて!」
相手は年下だと分かっていながらも丁寧語になってしまうのは最早癖だ。
齢二三にして自身で病院を立ち上げ稼いでいる分、尊敬の念も抱いてしまう。
「あと何分くらい歩くの?」
「もうあと十分くらいですかね。そうするとお昼を食べる場所があるみたく」
「ふーん、あなたもそこで?」
「まぁ、そうですね。エリア内のお店なら各自自由に楽しめるそうです。良かったら一緒に食べますか?」
「えっ!!?」
思わぬ言動に驚いてしまったのか、そっぽを向かれ帽子を深く被る彼女。そんなに嫌そうだとは思っていなかったから、不覚にも胸の内が痛む。
「い、嫌だったら断って大丈夫ですから」
「い、いいわよ! 一人で食べてもつまらないだろうし。というかそもそもあなた英語分かるの……?」
「っぐっ……」
「テレビでも海外の人とだと常に通訳居たじゃない」
「み、見てるんですか……」
考えてみれば分かることだ。ここは海外。日本語じゃどうにもならない。やはり英語の一つくらいちゃんと勉強しておくべきだった……。
満弦先生は振り向いていた顔をまたも見せないようにし、耳を赤くしている。
「た、たまたまテレビをつけてたらよっ!」
「はぁ……」
そうして、一緒にお昼をとることが決定した。
───────すると。満弦さんはくらっと意識を手放し、俺へもたれかかった。
「─────……っあれっ……」
「!! 大丈夫ですか!?」
急に転びそうになった満弦先生を咄嗟に抱き抱え、体勢を元に戻す。
顔を見ると、熟れた林檎のように赤かった。
よく見ると呼吸も少し荒く、意識も朦朧になりかけていそうなのが見て取れる。
「ごめんなさい、ちょっと水分取ってなかったから……」
「お水ありますか!? ちょっとそこの自販機で買ってきますから待ってて下さい!」
「ん……」
木陰に休ませて、最早生徒のことなぞなんのその。急いで水を買い、満弦先生の所へ戻った。
胸元をパタパタしている様に、眼のやり場に困りながら、水を手渡し飲ませる。
「ありがと……普段こんなに歩くことなかったから」
「無理させてすみません……ゆっくりで良いので。スーツケース持ちますよ」
「ごめんなさい……仕事あるのに」
「構わないで下さい。大事な身体なんですから」
「───っ…………」
その一言に眼を見開いた様子で俺を覗くと、再度顔を赤らめていた。同時に咽び返し、呼吸を乱している。無事で良かったが……顔が赤くなるほど暑いだろうか……?
気分の落ち着いた所で、俺達は歩くのを再開した。
□□□
「咲夜、行くよ~」
「……! うん」
振り返っていた身体を前に戻し、声の主のもとへ行く。どうやら先生のおかげで彼女は大事には至らないようだったため、一安心した。
離れて歩いていた友達のもとへ走りだし、背中へ飛び付く。
「きゃっ……」
「えへへ~ごめんごめん」
「も~咲夜は~」
友達が笑って反応してくれる。
「本当に咲夜は女の子好きなんだから」
「だって女子高生だよ!? 生の可愛い女子高生に触れるんだよ!?」
「ビジュは男に寄せてるがあんたも女子高生やろがい」
ツッコミに更に笑いが交わり、団欒と化していた。ズボンは少々汗ばむから、明日はスカートでもいいがしれない。まぁ水着は勿論女性用だ。因みにわたしは男性に興味がないという訳ではないが、女性には眼がないと自他共に認めている。
何故か? それはもう当然────
「可愛い……可愛いよかなでん」
「うきゃー! わちのうなじに息吹きかけんにゃっ!」
「えへへげへへへ……」
「おいこいつ誰か止めろ」
わたしは重度の女の子好きだからなのです。




