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天才様の唯物論  作者: 上海X
月氷連理と恋愛遊戯
30/116

29時限目 出会い頭の常套句

「夏だー! 海だー! ハ、ワ、イ、だー!」


 前方で雷斗が叫び、耳が痛くなりながらも熱射から守るように手を額に翳す。

 皆浮き足立っているのか、雷斗の声が埋もれるくらいに賑やかだ。

 現地の時刻では朝の九時。入国を終えたアスファルトの地面を見て、修学旅行に来たのだと高揚感を抱いた。


 すると、どこからともなく、一際大きなアナウンス口調の人間がマイクから声を響かせる。


『来ましたハワイ避暑の土地! 海に微笑む眩しい夏に一夜の君を|思い出にはしないぜ《Don't forget》!?(イケボ) 投げる枕は眠気を覚まし抜け出す扉は更なる背徳(愉悦)へ! 楽しんで参りましょうこのかけがえなき修学旅行(あやまち)を!』

「…………何このアナウンス」

「ま、まぁまぁ」


 訳のわからないアナウンスが届いてから、気を取り直して嘆息を一つ吐く。

 すると更に後方から、赤髪を短く纏めた女子高生が胸元をパタパタとはためかせながら歩いてきた。


「あっついですねぇ、先生。白衣脱がないんですか?」

「夏燐か。まぁ、最低限教師らしさは必要だしな」


 ─────鬼灯夏燐。彼女は珍しく(暑い故か)髪を括っていて、爽やかさが若干増している。この二人は記憶に深い人物な上に、二年生ということもあり話しやすい。

 夏燐はマサに出会った時は狂犬ばりだったと聞いていたが……まぁ気にしないでおこう。アイツ自体敵を作りやすい性格をしているんだ。仕方がない。

 雑念を捨て、今後のことを夏燐へ問うた。


「それで夏燐、これからどこに?」

「先生……言ったばかりなんですからせめてスケジュールは頭に入れておきましょうよ……」


 ジト目を向けられる。苦笑しながらも、彼女はしおりを広げてこれからのスケジュールを告げた。


「今日はとりあえずホテルまでの道中にある観光地を巡って、所定のエリア内で各自自由に昼食。バスでホテルに着いて、荷物を置いたら近辺のビーチに夕方辺りまで自由時間です」

「中々自由が時間が多いな」

「そうですね~。翌日も事前に選んだコースで見学や体験とかをして、夜は盛大な花火とかだそうで」

「おお、花火か、そらまた凄い」


 スケジュールを指でなぞりつつ、心底感心したように微笑む夏燐。高校の修学旅行なんて一回きりなのだからそれだけ楽しんでも悪くはないだろう。

 俺はついほくそ笑み、「ありがとな」と残し生徒の列の後方へ寄った。


 作戦を寝る必要もあるし、それだけではなくやるべきことは何度もある。

 何せ、鳴上雷斗の友人と言っていた人物とは────


『アイツの名前は氷室(ひむろ) (れい)。アーツは【フェイク】。オレらの授業(遊戯)に居た、腕に白いミサンガつけてるようなヤツっす』


 当然ながら彼もまた、俺のもつ生徒だ。

 氷室零。特段角のたった生徒ではないが、一般的な科目の成績はなんと常に首位。白く光ったパールはよく眼に止まる。

 俺の受け持つ生徒である好機なのだが、更に僥倖であることがもう一点────





 □□□



「はぁぁ……あっつい……」


 サングラスが鬱陶しく胸元のブラウスに引っかける。避暑のために持ってきたつばのついた帽子も、蒸れるため今は片手にしていた。


「っていうか……彼はどこに居るのよ……」


 スーツケースを引きずりながら、高校生の最後尾を更に距離を取り歩く。

 結局意中の人物が見当たらないせいで、つまるものもつまらない。

 ぶつくさと文句を連ねながら歩を進めていると、不意な突風で手にしていた帽子が前方へ飛んだ。


「あっ」


 慌てて追いかけるが、たまたま最後尾に居た生徒が拾ってくれた。

 普段なら教師が生徒を見守る為に居るのだが…………生徒の数も多ければこうなってしまうのも納得する。

 内心安堵しながらも、拾ってくれた女子生徒に感謝する。


 中性的な顔が特徴の、華奢な人物。闇色の髪は肩口手前で切り揃えられていて、同年代の男子が見れば好まれそうな容貌をしていた。だが、一つおかしな所を挙げるとするならば、その服装はズボンに半袖のブラウスという、生徒というにはちょっと変わった格好をしている様だ。どこかボーイッシュというような印象を受ける。


「ありがとう」

「これ、あなたのですか? 可愛いですね」

「ん、そう。ごめんなさいね。付いていかないといけないのに足を止めさせて」

「いえいえ」


 にこりと前方の彼女は笑うと、続けざまに驚くべき一言を発する。


「だってお姉さん。ずっと付いてきてるじゃないですか」

「……!?」

「すみません、わたしそういうのだけ敏感で」

「そ、そうなの……」


 自分自身、相当後方で歩いていたため、誰からも意識されていないと思っていた。思わぬ言動に少し驚いてしまう。

 中々慧眼だと感じつつ、艶やかそうな笑みを作っている少女に興味と疑念を抱いた。


「貴女……良ければ名前聞いても?」

「わたし? わたしですか?」




 ─────それは偶然にもだった。



『それで、氷室零の好きな人ってのが────』


 偶然か必然か発生した邂逅。


卯月(うづき) 咲夜(さや)です」


『遊戯』履修生────彼女その人であった。


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