20時限目 興に入る 壱
「安心しろ。もう出場登録済みだ」
『早っ』
即刻プツリと通話を切って、眼前の男性に会釈をする。
思えば校長越しに条件や通告云々をしていただけで、実際の対談をしていなかった。今回はそのためにWGSの本社に来ている最中だ。
現在、同じビルの中にマサが在るのだと感じながら。
俺はそのまま腰を再度かけて嘆息を一つ吐く。
「先程のが、あなたが推薦していた高校生ですか」
「えぇ、まぁ。俺が今回の大会に出れない分の代役ですよ」
「ですが……まだ高校生では?」
「そこが、面白いんじゃないですか」
「はぁ……──────『天才』様が言うのなら」
一通り話は終わったため、タイミングとしては悪くはなかったのだが……。これだけで終わるのならば『興』はないだろう。特にこの会社ならば。何せ、あの校長が説得をしたものだ。確実にこれだけで終わらせてくれるはずがない。
「……で、先達からはなんと?」
「以前お伝えされた話では、『構わず使い倒してくれて良い』と」
「嗚呼」
無情、鬼畜、外道。あの校長には人の心がないのだろうか。何が楽しくてこんな異常な生活に苛まれているのやら……。いや、元からか。
「で、御慈悲は?」
「勿論。ご協力願いたいのは予選のみですから」
「ははは……最低限とはいえ、どうも」
眉根を潜めながらも作り笑いを強いられる大人に、俺の生徒らはこうはならないで欲しい、と思うばかりだった。
×××
「さて、この無理難題をどうするべきか…………」
使われていない教室の机に項垂れて、ぶつくさと文句を連ねる。
授業までの僅かな間はこういった人気のない場所に行くのが最も楽だ。
腕が重力のままに下がり、白衣にも眉間にもシワが寄る。
一対五〇〇。予選の人数からこうなったのだが、むしろサーバーが落ちないかが不安になってくるほどだ。
それはさておき、実際に課されたその要望に応えないといけない義務がある。
だが、片眼しか見えていない状況に加え、数日前に生徒に負けかけた。そう簡単に乗り気になるわけではない。
幸いなところ、NPC扱いになるため俺のアーツが暴発しても遜色ないが……それとこれとは最早別物。その癖、あちら側でさえも俺のアーツの本性を知っていない。
特に一対五〇〇という構図……一般人とはいえそれほど集まれば脅威となる。その上、最後まで負けてはいけないという過酷も過酷なルール。
「マジでどうしたもんか……」
「何がですか?」
不意な呼び声に驚いて後ろを振り返る。
するとそこには、両手で教材を胸に抱えた女子生徒が一人、立っていた。半袖の制服に赤い髪、そして一際目立つ真紅の瞳。それはつい数週間前に俺と戦っていた――――――鬼灯夏燐その人だった。
こちらに少し驚いた眼を向けている。が、その様子もすぐに和らいだ。先日の様相とは打って変わって、心に余裕と和やかさを有していた。
生徒の中で一番に近しい存在と言えば彼女だろう。思わず愚痴をこぼす。
「ちょっと野暮用でな。また無理難題をふっかけられたんだよ」
「野暮用って……大丈夫なんですか? その眼の状態で」
「あぁ。完全に手立てがない。一人で数百体なんて無理ゲーだよ」
「先生でも無理なことってあるんですね」
「人を何だと思ってるんだよって…………はぁ、せめてこっち側に数がありゃ―――――」
気付く。
一瞬だけ過った悪魔的な思想に、眼前の少女は汗を垂らしたじろぐ。それはまるで、熊にでも出会したかのような顔つきだった。つまりはそれほどまでに俺の形相が悪魔じみているということなのだか、そこは眼を瞑る。
「ど、どうしたんですか?」
「あぁ、いや。ちょっと《《手伝って欲しい》》んだが♪」
×××
「そう。で、こういった状況だと右に移動して……」
「上を取られてもこういうゲームは致命的にはならないから安心して」
「夜の海ではバーティゴって言って、平衡感覚を失うことがあるから、フィールドには注意するんだよ」
「大会じゃ多分操縦士になると思うから。副操縦士はこっちで補填するよ」
そうして慣れない大人に囲まれてゲームをすることも二週間で四回目。オレは驚異的と言っていいほど成長を遂げていた。
だがしかし、やはりというべきか。凪さんが動かしていたほどの速さや正確性にはまだ少し遠い。
凪さんと戦った時の技術の片鱗は真似することができたはものの、それだけでは足りないと言われた。では一体何を成せば足るというのだろうか。
先生に問うても恐らくこれは分からない……モノの有り様ではなく、心の持ち様なのだと思うからだ。
じゃあ一体、凪さんとオレの違いとは、何なのだろうか……。
「相当上手いね、どんどん技術を吸収して成長してる。ゲームって頭が良くないと勝てなかったりするんだけど…………やっぱり高校の成績も良かったりするのかな?」
「ッ―――――――い、いや。そんなことはないっすよ」
戦慄が走る。過呼吸を誤魔化し、コントローラーを握る手に力を込めた。
「謙遜どころのレベルじゃないよ。一般人ができるゲームシステムの理解から最短攻略までの速さを、君はその十倍の速さでこなしている。並大抵の人間ができることじゃない」
「…………はぁ」
「……? どうかしたの」
「っ! いえっ。ちょっと気が沈んでたというかなんというか……」
「将輝さんが強すぎるって?」
「──────……まぁ、そんな感じっす」
「確かに、あの状態で、と言われるとねぇ」
「…………あの状態?」
オレが聞き返すと、思い出したように後方で女性は「あぁ!」と声を上げた。すると同様に周囲からも同じように微笑と同情が響く。
「言っちゃう?」
「良いんじゃないかな? わざわざ将輝さんも隠してるって感じではないし」
「でも後で何か言われないかなぁ」
「?? ……?」
「……――――――将輝さんはね。超強運なんだ」
情けなく、だが誇らしく言う彼等は、とても申し訳なさそうな顔を向けていた。
「まぁここでは幸運な方だけどね」
「へっ? 幸運……?」
「あの人は一〇〇〇万人に一人だの一億人に一人だの、最悪の確率で発生する運気が集まった集合体みたいな人なんだ。いつもカラコンだけど、虹彩の色が実は虹色だったり、時間の流れが百分の一秒単位で見れたり、手先や足先の感覚が常人とは桁違いに鋭敏だったりね」
所謂、超感覚。というのだろうか。更に淡々と伏黒さんは説明を施していき、聞けば聞くほど敵う相手ではないと実感させられる。それと同時に、そんな人と肩を並べることのできる眼前の人達と、そんな化け物よりも強いカミドー先生に畏怖を覚えた。
「それにね! 宝くじ一枚買ったら数億円に変わっちゃうくらいの豪運なの! もうホント凄いよねぇ〜」
「ネタなんてたくさんあるけど、聞けば聞くほど殿上人だって思えてくるレベルなんだ」
「正直、将輝さんからしたらあのアーツなんて不要だと言いたいくらいだと思うよ。
……まぁ私達からしたらあんな【乱数調整】なんて最高なアーツどれだけ技巧を上げても取れないけどね」
「【乱数調整】…………!?」
聞くところによると、乱数が生じる項目全てに介入することができるというアーツ。鬼に金棒とはまさにこのことではないか、と感動の念さえ感じてしまうほどだった。その間の口調でさえ、伏黒さんたちは何かを隠しているかのように見えた。しかしオレはそんなことなど露知らず、自分と凪さん達がどれだけ離れているかを突き付けられ、愕然と息を呑むしかなかった。
「まぁ、トップ層のアーツなんてどれもこれも進化してるし、仕方ないかな」




