18時限目 鏡に写らない記憶
「変更するのは特殊弾頭あり、アーツを無しにするだけ。これで今からワイとサトルが戦う。見とき」
「は、はぁ……」
いきなりの出来事に理解が置いてけぼりになり、サンドイッチを口に突っ込む。どうやら、今から二人は戦うから見て技術を盗めということなのだろう。
カミドー先生は、やれやれと言った顔でオレが握っていたコントローラーを掴み、溜め息を一つ吐く。オレは目の前でトップ2の、それも模擬試合とはいえ真っ当の戦いが行われることに興奮を覚えていた。
「は、早くお願いします!」
「一応これでも一環だからな……」
「んじゃ、行くで」
開始の合図とともに、二機の機体は最高速でビル街を駆け抜けた。縫い目を潜り、邂逅を果たした瞬間に、周囲から爆撃音が鳴り出す。オレは眼でおいかけるのもやっとなくらいの速さに、理解を奪われた。
「チッ」
「一本くらいは通ると思ったんやがな……」
突如発生した謎の爆撃音に夢中になっていたが、両者の特殊弾頭が一つずつ欠けているのが見えた。
「特殊弾頭は専用の別キーを使う。最終的にはこれも使えるようにさせるから覚悟しておけよ」
特殊弾頭を利用して、実機とは相当遠くに離れた位置に存在する弾を操作してみせていた。それも実機と弾頭、両方が障害物に一切触れることなく、かつ同時並行で、だ。
今は通常弾の打ち合いが行われているが、ビル群の中にも関わらず双方が見えているかのように動く。更には遮蔽物を利用して一定の距離を保っている。
見たところ、凪さんの機体の方が僅かに速度も弾速も早かった。
これまで見ていたボードゲームとは明らかに違いロジックの通じないこのゲーム。
アーツも使えないのであれば殊更ゲームは独自の熟練度に起因した。
「操るなら全弾。当てる気がなくて良い。最初は追い込むために打って、一手のためだけに賭けるんだ」
そう先生が言うと、先ほどと同じように特殊弾頭を発動した。
今度はオレでも分かるほどのスピードでジグザグに進むと、どんどん先生の機体から弾頭が離れていく。が、先程の通りただの一つも障害物に当たることなく凪さんの機体を包囲していた。
時間にして僅か数十秒の出来事。当然だが、凪さんからの攻撃は全弾回避していた。
「あとは、敵の弱点をよく観察すること。因みにコイツは左裏が弱い」
「なっ……!!?」
凪さんは手の汗で一瞬だけコントローラーを手から落としかけた。既で立て直すも、その瞬間を先生は見逃すワケもなく、弾頭の半数を当ててみせていた。
当然先生もすごいのだが、あれだけ集中している最中現実での聴覚もなお正確に聞き取れている凪さんの耳に恐ろしいと思ってしまう。
「んにゃらぁっ……!!」
「は、鳴け鳴け」
先生は笑い、怒りで特殊弾頭を一気に二セット打ち放ってきた凪さんの攻撃を神回避で躱していく。
「くれぐれも、こうなるなよ」
「す、すげぇ……」
結果はすぐに見えた。というより後半からは明らかに言葉で動揺させた先生の一方的な勝利だった。
苛立った様でばつの悪い表情をしている凪さんを放置し、オレに向かって言葉を紡ぐ。
「よし、今日は一旦ここらで切り上げよう。また日取りを決めて相手してもらえ。その方が二人とも余裕があって良いだろう」
「んむ……そやな」
「分かりましたっす!」
時計を見てぽつりと「もうすぐだしな……」と聞こえた。先生も先生で何かしらあるのだろう。最近はめっぽう教職ばかりで、テレビや裏番組に出る機会が少なくなっているのだ。本来の職に従事するのだろう。それか眼帯の件か。
そう思って、オレは二人に頭を下げて、帰るまでの僅かな間、雑談を交わしていた。
×××
――――――同日、夕刻。
「来てくれてありがとうございます。サトル先生」
サトル先生。その呼称をする人物は俺の知っている中で一人しかいない。
無響透乎は、土曜の休日にもかかわらず、制服を身に纏い教室で教壇の前に立っていた。漆黒の髪を、血色の紐で止めている。その所作に何の表情も生まれなかったが、何となく迫真に満ちた気概のある様相であることは読めた。
「端的に、何の用かを話してくれ。恐らくお前が、拓真の言っていたトップランカーなんだろ?」
「……兄様のことは今は良いです」
「良くない」
コイツと拓真の関係性を俺は大して知り得ていない。どうして拓真が姓も違うコイツの存在を知っているのか、どうして拓真のことを兄様と呼称するのか。場合によっては俺が想定していた以上の危険人物になり得てしまう。
透乎はほんの少し口を尖らせた後、苦しげな表情に一変した。だがそれもすぐに戻り、嘆息を一つ。以前と同じように落ち着いた表情で語りかけた。
「兄様はワタシの叔父です。その程度ですよ」
「叔父……。――――――そういう」
一瞬だけ軽い安堵に心を充満させる。が、その程度の問題であれば俺とてそこまで危険視をする必要もなかったのだ。
一番に大きな問題というのは、他の誰よりも問題のない生徒が俺をどうして敵視しているのか。
「……ワタシが呼び出したのはですね」
発する。
咄嗟に呼吸を忘れたような息苦しさを喉に貼り付ける透乎は、とても悲愴で嫌な表情をこちらに向ける。俺はつい、何かをされたわけでもないのに、こちらの胸に何かが刺さったような感触に浸った。
正体の分からないその何かは、俺は知っていたのだろうか。
「なんで……隠しているんですか?」
「隠してる……?」
振り切って話題を逸らしたように見える彼女の様相は、まだ本意を打ち明けるには難かったのだろう。
敢えなく我が身の隠し事を連想させ、拓真との関係性から校長に提示された条件のことだという結論にたどり着いた。
「内容は秘匿事項じゃないハズです。だったら、生徒に協力を仰いだ方が一番得策なハズです。なのになぜ――――」
「それは駄目だ」
「っ――――」
もちろん、校長からは何の罰則もない。あの三つの条件程度ならば告げたところで皆従うだろう。俺の授業を取る人物なのだから、授業がなくなることは皆本望ではないに違いない。
だが、それでは皆にプレッシャーを押し付けるだけだ。何の利にも得にもならない。俺のためにもならない。
恐らく、この条件の欠陥を透乎は気づいているだろう。それでもなお、その提案をしている限り透乎は敵になりえない。心の中で一旦はその結論に至った。
「透乎。お前は、自分ではどうしようもないことに出会した時、どうする」
「質問の意図が掴めません」
「――――――俺にはな、どうすることもできないんだよ。ただ期待するだけだ。でもその期待さえ重荷になってしまう。だから、本当に無力で悠然とそこに立つだけなんだ」
教壇に立つ透乎に向けて、言葉を届ける。だがしかし、彼女は納得のしない顔をして峻厳な顔をしていた。
我が身の無力を感じたときに人間の取る行動なんて二つしかない。
何もかも諦めるか、ただ何かに期待するかの二択なのだ。
俺はどっちつかずではあるが、今の所は期待してしまっている。本当は駄目だとはわかっていても、その選択肢しか与えられていない以上、俺には道がない。
だがその意思は、透乎に許されるとは限らない。
固く拳を握り、破顔しそうになりながらも堪えて立ちすくむ彼女。いつしか見ていてとても悲愴を感じさせるような所作に変わってしまっていた。まるで取り繕った化けの皮が剥がれ、幼さが露呈しているようにも見えた。
「どうして……どうしてそう。いつもいつも周りに言わないんですか。《《前だって》》――――――!!」
「前……?」
透乎ははっと口を手で塞ぎ、横を向いてまたも取り繕う。瞬時に俺は過去に因縁があるのだと結論づけて、胸の痛みを確かに感じた。
彼女はうっすら滲む目元の涙を拭い、キッと睨みつけるような表情を作る。
いつにもまして覇気が強く、整った容貌にもかかわらず圧倒されてしまうほどに。
「ワタシは絶対に認めません。何があっても、何をしてでも、何を使ってでもあなたを否定します。あなたを…………──────を取り戻すために」
「――――――」
殺意と、慈悲と、悲愴に満ちた眼で、俺を双眸で捉える少女。
純粋な技量勝負では俺が上だろうが、やり口からすれば、俺と同等。いや、俺以上だろう。
正直に言うと相手取るには少し気が引けるというのが心象だった。
少女はツカツカと俺の横を通ると、振り返り、尖らせた口と双眸でこちらを睨み付けていた。




