17時限目 ゲームの本懐
「っくっそ……煮え切らんの」
「オレも得心してる訳じゃないっすけど」
むっとした表情をしつつも、ようやくちゃんと柔和な視線で見られたことにオレは少しだけ驚いた。凪さんは、はぁぁっ、と深い溜め息を吐き、胡坐から身体を一八〇度翻した。早リタイアすること数回。
緊張が抜けて大きく深呼吸すると、急にオレの腹からぎゅううぅぅぅと大きな音が無意識ながらに出る。
咄嗟に顔を赤に染めて腹を抑えるが、隣にいる凪さんはカラカラと一笑に伏して扉越しの足音に傾聴していた。
「お、一区切りついてたのか」
「おうとも。丁度良くてな」
ガチャリと音がしてキッチンの方から現れたカミドー先生。平たい皿とその他食器を一度に持ってきていた。オレ達二人を交互に見てにこやかに頷く。
凪さんはぐちゃぐちゃなテーブルの上にあったモノというモノを床にぶち落とし、置く場所を確保する。オレは「拭いてくれ」と先生の腕にかかっていた布巾を借り、そのテーブルを綺麗に拭き上げた。
先生は、数々の豪奢に整ったサンドイッチが乗った皿を置いていく。
さっきまでのセンシティブさはどこへ行ったのか、凪さんは目の前に置かれたサンドイッチを凝視していた。
「アレ、入れてくれたんか?」
「あぁ。いくつかのは入ってるよ」
「…………アレ……?」
「まぁ二人とも、先に手洗ってこい」
言われるがままに膝を曲げ、凪さんに付いて行きシンクまで向かう。
戻るまでの最中、二人の交わしていた言葉を反芻する。『あれ』と呼称する辺り、何か入っているのだろうか……? まさか二人で通例となっている何かしらに巻き込まれたから……。―――――!! さてはロシアンルーレット的なモノなのだろうか。
それなら少し気が引けるな……。と思っていると、すぐに二人はサンドイッチへ手を伸ばし始めていた。
「雷。食わんのか」
「苦手なモノあったら別のもの作るぞ?」
「あぁいや、違うっす。さっき言ってた『アレ』ってのが気になって」
「……あぁ♪」
その言葉を聞いた途端に、悪戯をする子どものようなニヤケた顔をしたカミドー先生は「どれだったかな~……」と上から俯瞰し探し出した。
吊られるように凪さんまで面白がって先生の返答を待つ。
「お、これこれ――――ほい。食ってみ」
「っえぇ……何か悪いものじゃないっすよね……?」
「大丈夫大丈夫」
手渡されたのは中身が何やら橙や黄色など秋色の具材が詰まったサンドイッチ。生クリームで見づらいが、粒のようなものが詰まっていて、場所によっては紫色のものもある。
にこにことオレが口に入れるのを待っている先生。凪さんはオレの持っているモノのあった隣のサンドイッチを手に取り、言うが早いが口に入れた。
まぁ、そこまで言うのなら問題ないのだろう。決して悪いものではないのは分かっているが、若干の怖さを抱えてしまうものである。
気を取り直し、覚悟を決めてそのサンドイッチを口に入れた。
「――――――んっま!? 何っすかこれ!? 超美味いっす!!」
「せやろ。流石サトル。食材の使い方が神がかっとる」
「中々苦労したんだぜ? それ作るの」
甘味がさっぱりとしながらも咀嚼するほどに広がっていく感覚。
それでいてパンとも相性良く口当たりが最高のサンドイッチだった。
いつの間にか手にあったのが喉を通過しているくらいだ。
あの粒はなんだったのだろう。
「甘納豆やで」
「甘納豆……?」
「あぁ。コイツがあまりにも甘納豆が好物すぎてな。何かしら作る度にこれが入るんだよ。ま、満足そうで何よりさ」
甘納豆。食べたことはなかったが、こんなにも美味しいものだったとは思ってもみなかった。凪さんほどになると銘店で買っているのだろうか。先生の口ぶり的には愛好家といっても過言ではないほどだろう。
さておき、空腹の身体を癒やすのにたかだか一つのサンドイッチで満足できるオレではない。事情も分かったことだし、オレはとことんサンドイッチを手に取った。
その端で、二人の大人はオレについての話題に触れる。
「で、どうだったよ。雷斗は」
「及第点やな~。一度目はぶち殺そうか思ぉたけども、二度目で確信したわ。コイツの眼と腕は常人やない」
「……だろ♪」
「へ? ……え、えぇ??」
一体何を言っているのだろうか、この人たちは。オレの眼が常人じゃない? そんな訳ないだろう。この人たちこそおかしいではないか。片眼で難なく生活していて、隣に居る凪さんに至ってはついさっきまでオレの全体像すらマトモに見ていなかったような人たちだというのに。
言葉を挟もうとするが、わざと壁を立てるように凪さんは先ほどより大きな声で先生に語りかける。
「ただ、逃げ腰なのが難点やな」
「? というと?」
「逃げに徹してるのが癪や」
……まぁそうだろう。
オレがリタイアしていることがやはり気に食わないのだろうか、語気を強めて発言する。が、凪さんは声とは裏腹にうまうまサンドイッチを頬張っているため、危機感がさほど感じられなかった。
オレもサンドイッチをかじる。
「オレがリタイアしてるっす。なんとなく、凪さんに勝ち星をあげたくなくて」
「ワイが言ってるんはそういうことやない」
「――――――だろうな」
「っ? それじゃないんですか……?」
「ワイが言っとるんは『動き』の話や」
ゲームの中の話であることに一拍置いて理解し、凪さんの言いたいことを待つ。
何故やらカミドー先生は妙に理解しているらしく、傍聴するまでもなくサンドイッチを食していた。
凪さんはコップに入った水を飲むと、潤った喉でオレへ見えない弾頭を打った。
「雷。お前さんはなで打ちながら後方に避けとるんや。それだと当たるモンも当たらんやろ。このゲームは最高二〇〇fps―――――っつーても分からんか。まぁいい。んなら射角と射程は考えたことあるか?」
「な、ないっすよ…………何せ初めてなんすから」
「仮にサバゲーのようなfpsで例えるなら、今のお前はスコープ《照準》なしでスコープが必須な距離を撃とうとしてる大馬鹿や」
「大馬鹿って…………」
スコープってなんだよ……と心中思っていると、カミドー先生が助け船を出してくれる。何やら長銃を撃つときに必要な照準を補正する機器のようだ。確かに、それを訊けば納得である。
だが、それを知ったとしても、fpsやら何やら難しい単語を聞くだけであっても中々に重労働だというのに、それらから計算して色々しろだなんて気が早いにも程がある。
「それとこれと何が関係あるんすか?」
「鳴上のアーツとしての【スコープ】でもちろん対処は可能だ。だけど――――」
「自分が被弾することもなけりゃ、お前さんも相手を倒せない言うとるんや」
「っっ!!」
言われて気付く。オレは一度目、惨敗と言っていいほどの惨敗を喫していた。何せ、弾を一発も当てることができなかったのだから。
更に二度目だってそうだ。相手から奪った技術でしか対等に渡り合えていない。
「照準も射程も射角も知らない状態で、ワイやサトルのようにスコープ要らずで超長距離を狙撃することの猿真似なんぞすれば、ある意味で奥の手にはなる。が、逆にそれを頼りにしすぎて、後退しすぎてるって話や。近接戦に持ち込まれたとき、サトルはこれを危惧しとるんやろ」
「そうだな」
「おおぉ…………」
珍しくそれらしい教鞭を取られたことに感嘆を零していると、凪さんに半眼を向けられた。苦笑で誤魔化す。なんとなくだが、理解はした。要はこう言いたいのだろう。
「奪うだけじゃ駄目や」と。
「さて、こっからがゲームの本懐やで」




