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天才様の唯物論  作者: 上海X
雷君子と弾幕遊戯
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15時限目 霞に千鳥

「仕方ない……どうせ昼過ぎまで居るんだし買い出ししてマトモな料理作ってやるよ」

「さっすが、それでこそサトルっちゅーもんや」


 双方の頭部に拳骨の痕跡が残るのを驚きつつも黙視し、オレはどうしていいのか分からずに立ち尽くしていた。

 慣れた手つきで財布を投げ飛ばす男性。それをノールックで受け取る馴染みの深い男性。

 この人たちは一体どんな関係なんだろうか……。


「んじゃ後でな〜」

「お〜」


 と、物憂げに考え込んでいると、ついにカミドー先生は去ってしまった。

 知らない─────人ではないにしろ、初対面の大人な、しかもこれからオレの師範となる人物に何か貧相な態度を取ってしまったらしいオレが、一体何をすればいいのか戸惑うのは道理だろう。


「そこな小僧」

「は、はいっす!」

「名前は」

「な、鳴上雷斗っす!!」

「んじゃ雷」


 いきなり呼称を変えられる。

 慣れない感覚だが、逆にオレはなんて呼べば良いのだろうとふと疑問に思った。

 相変わらずのコントローラーを手にした千鳥さんはオレを一瞥もせずに応えた。


「凪でいい。とりあえずそこ座れ」

「っっ!!」


 そこに座れ、と言われたものの、室内はゴミが散乱しきっている。というか足の踏み場なんぞ入り口の開閉部分のみだ。そんな状況でどこに座れと……と思っていると、彼はがさごそと踏み場を確保してくれた。


「自分で考えろ。自分で動け。やないと一生おんぶに抱っこのままや」

「っ。すみません」

「御託はさておき、本題に入ろか。雷、お前さん何を上達するために来たんや」

「何をって……」


 自分でさえも何故呼び出されたのかは分からない。ただカミドー先生に休日ながら連れ出され、ここに来ているのだから。


「三、二」


 いきなりカウントダウンが始まり、凪さんの方へ視線を向けた。変わらずこっちを見ずに、眼前に見据えるエネミーを消し去っていた。

 焦るように脳から出た解を口に出す。


「ゲームを上手くなりたくて!」

「の」

「の……?」

「何が上手くなりたいんや。戦略か、技術か」


 そんなの、考えてもいなかった。弾幕ゲームといえど、モノによっては対人シューティングゲームも入るのだろう。オレはそんなことを微塵も考えていなかったため、つい口を噤んでしまった。


「ま……サトルもあの眼やしな。十中八九バトル形式やろう」

「あ、は、はい……」

「言っとくが、ワイはお前さんみたいな優柔不断は嫌いや」

「──────っっ」


 いきなり棘が刺さった感覚に陥る。言葉のナイフはなおも刺す。

 オレは何故か座った脚をすぐに立て、去ろうとしてしまった。

 だが、ここで逃げたら恐らく何の意味もないだろう。


「言っとくが、お前さんが指名されたのはただの偶然や。誰でも良かったはずやろうしな。正直、ワイが手伝う義理はサトルのためであってあんたやない。逃げたきゃ逃げて構わん。ワイからサトルに言伝しておいてやる」

「っそ、そんなこと────」

「ないならないで小僧には長けた一つでもあるんか。それもないならとっととこっから去れ。目障りなのに気付いてもないんか」

「…………」

「返す言葉がないのなら、男くらい突っかかってこいや」


 その言葉を愚直に信じて、オレはつい拳を当てそうになった。

 姿勢が崩れながらも、明らかに彼を目掛けて殴るには外すハズがない。

 だが、オレの右手は彼の鼻先をかすることはなく、留まった。

 彼は驚くほど落ち着いていて、いっそ人間じゃないのではと疑ってしまうくらいに指先を器用に動かしていた。


「理性が邪魔をする。やっぱ戦術で正解やったな」

「いきなり何すか。知った口っすか」

「知らんがな。逆に()()小僧ごときの心の内を探らなかんねん」


 この人は、カミドー先生とは違う。

 あの人はまだ理性が存在している。ゲーマーの中で至極マトモな、簡単に言ってしまえば中毒ではないと言うべきだろうか。


 そんな聖人のような人とは対照に、今眼の前に居るこの人からはまるで理知的さが感じられない。目先のことしか気にかけないような冷酷さ。この人に教わるくらいならばカミドー先生に教わった方が百倍マシだろう。

 一体なぜ先生はこの人に教鞭を取らせるようにしたのか、ほとほと理解できない。


「逆に問うが、小僧が居るせいでアイツが困った事態になるとは考えへんのか」

「……困った事態って」

「そんなんワイとて知るか。やけど、アイツが何の代償もなく教壇に立つ訳ないやろ。生徒のあんたらなら考えれば分かることや。その口ぶりじゃ誰も予想だにしてなかったそうやがな」


 そんなこと、もしあったとしたら先生は先に告げていてもおかしくないはずだろう。

 ……だが、確実に否定できないのも事実。この一ヶ月でオレは────オレ達はあの先生のことを分かった気でいたのだろうか。

 暫し硬直していると、凪さんはテレビモニターへ進みガサガサと何かを探していた。

 引っ張り出してきたものは、先ほど彼が持っていたものと同種のコントローラー。

 不意に投げられ、危うく落としかける。


「まだ文句があるなら、これで対決しようやないか」

「……初心者のオレがどれだけハンデをもらっても勝てる訳ないじゃないですか」

「うぜぇ」


 吐き捨てるように発した彼は、苛立つ感覚に自制を学ばない。

 所詮ゲーマーなんてそんな人間の集合なのだろう。あの人だけは特別で、オレ達に優しくエンターテイメントとして職に身を投じているだけなのだから。

 だが、何故かオレは身体の中から底冷えする感覚に襲われて身を竦めた。

 室温が下がった訳じゃない。腹痛や悪寒にかかった訳でもない。

 ただ、凪さんの─────彼の眼の射止めた先にいただけで、『死』を連想させられてしまったのだ。


「戦え。愚図」

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