14時限目 紫の朱を奪う
「ったくのぉ……予言はしたが、あまりにも早すぎやないか?」
「仕方ねぇだろ。最近じゃアーツ込みのルールなんてザラだ。んな中で俺のアーツが暴発してみろ、今度こそ死ぬぞ」
「へいへい……」
都市部からかなり離れた一軒家。俺はマサの元へ訪ねていた。
─────ガクガクと兎よりも震えていそうな雷斗を連れて。
「で、そこな小僧にワイが教えろと」
「そゆこったな」
「か、カミドー先生……!? もしかしてこの人って─────」
私服姿の雷斗はわなわなと肩を震わせながら居間で俯く。俺は隣で立っていて、マサ本人はテレビの前に胡座をかいている。マサはこちらを振り向くことは一切なかった。
「千鳥将輝、クラン『凪』のトップや」
「っっ」
雷斗が口を開こうとした瞬間に、マサは雑音防止のために自ら説明する。
すると更に雷斗は驚いた様相を見せて、肩をピクと震わせた。
「あの……もしかしてオレ、何かやっちゃったっすか?」
「「お前が言うな」」
「えぇっっっ!!?」
何となく、その天然ボケたありきたりに鼻につく台詞を年下の口から言われたことに、俺とマサは揃って罵倒を返した。
勿論意図して言ったことではないのだろうが、それでも癪に障ったのは致し方ない。
「ま、とにかく師範頼んだ」
「ほい待て」
俺が踵を返し、元来た扉へ向かおうとした瞬間、不意に視界が垂直降下した。
胸から床へ叩きつけられていて、遅れて脚の痛みが伴う。
数秒遅れてマサが回し蹴りをしたことに気付いた。
「メシ作れ」
×××
「兄様。あれはどういうことですか」
「─────透乎か」
開店前にも関わらず、カランと小鈴の揺れる音がする。奇妙に感じ視線を送ると、一人の少女がカウンターまでツカツカと歩いてくるのが見えた。
漆黒の長髪。血色の紐で下方に一つ結びを作っている、無機質な顔をする彼女は、此方から見ても大人びた印象を有していた。
─────無響透乎。
此方の姪であり、紅葉高校に通う一年生だ。
長いこと会っていなかったが、相変わらず健康そうで何よりだった。
そして……彼女こそ、此方が呟いていた、トップランカーの一人である。
「はて、何のことだか」
「…………」
カウンターの椅子に腰掛けると、「カフェラテを一つ」と細く言う。
ふと思い出して、得心。
これ以上首を傾げたところで、実情を知ってるのはバレているのだろう。
相変わらず扱いに困る天才には手のつけようがない。
「透乎、キミは全て知っているだろう」
「ワタシが聞いているのは、何故教師になったのかです」
「…………へぇ」
────なるほど、理解の早い。
恐らく透乎は一度勝負を吹っ掛けたのだろう。しかも昨日か今日辺り。そして確信した。知が弱くなっていることに。
「キミは、数少ない知の素性を知っている人物だ。不用意に口外しないと言うのなら、此方としても愚姉の娘を信じよう」
「…………それは約束しかねます」
カフェラテを差し出す、砂糖多めで。
彼女は分かりきったモノを差し出されたことに小気味良いながらも吊れない顔をして、溜め息を一つ吐いた。
仕方ないとでも言いたげな。応じるように此方も口を開けた。
「一つ。生徒にアーツの正体をバレないようにすること。
一つ。生徒を上位に上げること。
一つ。生徒に敗けないこと。
これが一つでも破られた場合、アイツは実質的に───────死ぬ」
「──────」
ピクリと肩が動くのが見てとれる。
だが、記憶の限りでは慌てふためくはずの少女は、酷く落ち着いた様相でティーカップをソーサーへ置いた。
「それはあくまで条件の筈です。ワタシが訊きたいのは─────」
「分かれ。此方から言えるのはこれだけだ」
「っっ……」
透乎は嫌に顔を歪めて、けったいな取引相手にばつの悪い顔した。
それもそのはずだろう。知っていた記憶の中の人間が、果てしなく原型を止めて居なかったのならこの反応とておかしなことではない。
特に、咲さんや此方ほどの成人でもなければ、尚更だ。
「口外はしません。ですが、ワタシは賛成しかねます」
「はいはい、此方は一端の友人風情だ。どうこう言えた立場じゃない」
「っ……ワタシはワタシのやり方でどうにかしてみせます」
変わってしまったものに不変を説くのは利にならない。
理解できないものも世の中には存在してしまう。無情にどうにもできないことが、存在してしまうんだ。それをたかが高校生には分かるまい。
彼女は嫌に顔を背けた様子で内装を一瞥する。檻の中に入った鳥を見て、言葉を吐き捨てた。
「……嫌な飾り物ですね」
「此方はあくまでも、当人からの協力しかしない。好きにしろ」
「それで……本当に良いんですか」
「さぁな」
透乎は、綺麗な顔を大層歪めて不貞腐れていた。此方は特に干渉するわけでもなく、物思いに耽る。
敬愛する人の為、か。
彼女はカフェラテを飲み干すと、「御馳走様でした」とだけ言い残し、あとを発った。ふと、彼女の置いたティーカップの底を見つめて、感傷に耽る。
「……いつかの此方も────」
「『誤れば、あぁなっていた?』 ですか?」
隣に現れた妻の声を聞き、振り向く。
妻は彼女のティーカップを回収して、くすりと悲愴を感じさせないよう微笑んだ。
つられて苦笑し、瞳を閉じて首を僅かに横に振る。
「此方も、馬鹿だったら…………ね」
後悔なんて、常にしている。
だからこそ、同じ過ちを繰り返しては行けない。何かを知っていれば、未来も変わっていた。『無知は罪なり』と誰かは言った。言い得て妙だと、思い返す度笑ってしまう。
「嫌だね……嗚呼嫌だ嫌だ」
溜め息を吐き、五月雨を疎んだ。




