13時限目 禁断の匣
「サトル先生」
「……? どうした? 決闘の申し込みなら受けてたってやるが」
「話が早くて助かります」
漆黒の長髪を後方に、血色のリボンで一つに止めた少女がツカツカと歩きだしてくる。無機的ながらも美麗であり、モテるだろう容貌は俺を静かに双眸で射止めている。
一ヶ月で粗方生徒の名前は記憶していた俺は、無響 透乎という名前に何の違和感を持たなかった。
ただ悠然と、傲りも威勢も虚弱さもなく、今頃になって戦いを挑んで来たことにどういう理屈かと思案していた。
「ルールはワタシが決めても?」
「あぁどうぞ」
今日の調子は悪くない。そう大して時間を食うことでもないだろう。先ほどの話からしても、fps系統の対戦であることは自明だ。
すると、ルールの設定を終えた無響は改めて概要を説明してくれた。
「空中シューティングゲーム。アーツありの一本勝負で構いませんか?」
「あぁ、構わんさ」
スマホ一つでできるシューティングゲームは限られるが、避けて通常弾で相手を打つだけという単純な勝負。負ける気がしなかった。
「さぁ、授業の時間といこうか」
ゲームがスタートすると同時に、いつもの通り台詞を吐く。何気にこの状況に慣れつつある自分に若干意外性を感じながらも、俺はニヤリ、と口端を上げた。
ふと隣を見ると、ゲーム開始早々ながら、ちょうど無響は口を開けた。
「アーツ」
とだけ宣告した。
アーツは基本宣言することがマナーだが、内容を秘匿しておいてこそ意味のあるモノの場合、それは例外に当たる。
無響のアーツは俺でさえ知ることのないモノだった。生徒の情報は基本自由秘匿としているため、個人で高みを目指す人物は勝手にさせておくスタイルである。
どんなアーツか分からないため、要注意して動く他ない。その上、自分のアーツも知らぬ間に発動しているかもしれないのだ。常日頃からデスゲームの渦中にあると言っても過言ではない。
今更ながらに自分の不遇さに笑えてきてしまう。
「ようやく見つけました」
探索していたところ、ようやくターゲットは見つかった。一対一の勝負であるため、そう時間がかかることはない。
俺自身のアーツにも要警戒しつつ、撃ち合いが始まった。
「(やっぱ咲か拓真のアーツが欲しい……)」
【キャンセル】や【収集】が俺へ発動された場合、【乱数出現】の効力は制御可能範囲に置き換わる。そのため、何の躊躇もなく対戦に集中できるのだが…………そのようなご都合主義な展開は今この場じゃ許してくれはしない。
空中で機体が相見え、どんどん近くなりつつすんでの所で躱す。
ゲージが無くなれば勝ちではあるが、無響がアーツを使っている以上不用意に進めない。
空中戦はビル街の上から、海上へ移行していく。直下に何もない世界。夜であれば並行感覚を失いかねないほどではあるが、生憎昼になっているため問題はない。
「……ふっ」
「…………?」
撃ち合いが拮抗して早十分。普通ならば会えば五分と経たずに終わるものが、こんなにも時間がかかるのは無響が相当やり込んでいるからなのだろう。
撃ちながら近づき合っては徐々に離れの繰り返し。ゲージはほんの少しずつしか減っていない。
だが、それはいきなり終わった。
体勢を建て直すために相手の機体から離れた俺の機体は、瞬く間に暗転し、同時に撃墜音がして、一瞬後には機体が海へ落とされていく画面と共に『LOSE』という文字が浮かび出されていた。
「──────なっ……」
「先生、対戦ありがとうございました」
白ける教室。
恐らく、誰も生徒が勝てると思っていなかったのだろう。俺までも、取り巻く状況に理解が追い付かない。
すると、無響は驚くほど冷淡に、口を開けた。
「今更ですけど。私のアーツは【パンドラ】。乱数的に出現した『ポイント』に触れると、強制的に触れた相手は負けるんです」
「…………」
【パンドラ】、という全く聞いたことのないアーツの名を聞いて、自分でも頭の理解が追い付かない。肩の力が抜けきっていて、言葉を発する喉が機能していない。
すると、無響は更に饒舌に説明を施す。
「私のアーツは乱数的です。なので、ゲーム外から干渉できる【付加】に微力ながらの【テーブル変更】を私自身に発動させることで、ある程度の場所を指定することができるんですよ」
言って、「ありがとうございます」と、無響は教室内の女子生徒二人に会釈をした。恐らく、彼女等がそのアーツの所持者なのだろう。
それらを全て計算ずくでやっていたのだとしたら。
「考え尽くされてる……」
生徒の一人がぽつりと発言する。
その後の俺は魂の抜けた声で、最低限の授業時間を取り繕い、チャイムと同時に教室を出た。
恐らく、今頃無響の机に皆が集まっていることだろう。
死んだ足取りで廊下を歩き、校長室へ向かおうとする。
俺の人生は詰んだのだ。
生徒の共謀程度に負けてしまい、惨めに堕した道に落ちる。
「カミドー先生! 先生って!」
「……?」
カミドー、と間違った名前を告げられながらも、生徒の一人がこちらへ駆け寄ってきていたのが分かったので歩を止めた。
振り替えると、金髪が息を切らして走ってきている。
「俺はカミドーでも…………もう先生でも────」
「せ、先生! さっきのあれ、先生負けてないですよね!?」
「…………あ? 何言ってる、あれは────」
「戦績! 戦績見せて下さいよ!」
強引にスマホを取り出すよう強制して、嫌々黒星の証拠を見せようとする。
プロフィールから敗戦記録を写そうとしたとき、俺はつい「……は?」と呆気ない言葉を漏らしてしまった。
その敗戦記録の数字が、ゼロのままなのだから。
「────やっぱり、まだ負けてないですよね」
「な、何で……─────いや、それよりも何でお前がそれを分かるんだ」
「先生は、負ける直前に【フェイク】を使っていた。違いますか?」
「っっ……」
自分でさえ想像していなかった発言に、自分でも驚いてしまう。
【フェイク】……画面の状況を相手に感知しない間にすり替えるアーツ。だが、俺の場合は俺すらも騙される悪手。
恐らく、どこかのすれ違い様に発動していたのだろう。となれば今頃、無響は声を漏らして机に拳を打ち付けている頃だ。
それは納得した。あまりに思いもよらなかった救世主に、自分でもこのアーツに惚れ直してしまう。
溜め息を吐いた瞬間に頬が緩んだ。
だが、それよりも胸をなでおろしている少年は、すぅっと息を吐くと、何故やら自嘲気味に黒い言葉を発した。
「だってオレ、使ったことがあるっすから」
無機質に発言する目前の彼に、思わず耳を疑う。
そうこうしている内に生徒達が教室から飛び出してきた。一瞬、生徒達に担ぎ上げられる想像をしてしまう。
だが、それよりもだ。目の前の金髪は、「あっ、すみません!」と先ほどとは顔を変え、背筋をピンと伸ばし身だしなみを糺して口を開けた。
「オレ、鳴上 雷斗っす!」
「─────鳴上……お前、確かアーツは」
「はい、オレのアーツは――――――」
気後れした様相で話す鳴上は、酷く活気付いた様子で躊躇気味だった。




