100時限目 序曲
PM0:00
緞帳が上がる。
舞台に立つ五人が各々楽器を手にして、スポットライトの真下で照らされていた。
「集まってくれテありがとうござイマス!!!! ワタシは――――」
舞台裏に控えた俺は、相変わらず繋がらない姉貴や拓真との連絡を諦めかけていた。俺や校長先生の関係者と分かれば舞台裏くらい通してくれるはずなのだが、今あれらをどうにかするほどの余裕はなかった。
既にリルク達の演奏が始まってしまい、次はもう御霊と桜音祇の番だ。
既に二人は準備が完了しており、咲夜と零も到着していた。
咲夜は結局満弦さんとは合流できていないようだった。満弦さんまでどこにいるか分からないのは少々不安だ。
あの人はどうせ声をかけられるに違いない。俺が会いに行けたならば良かったのだが、今から見つけるのは困難を極める。もとより咲夜の口から会場で催し物があることは伝えているのだから、もしかしたら客席の方にいるのかもしれない。
「ってかなんだそれ……」
「目出し帽です。要ります?」
「要らん……」
咲夜が手にしていたものを指摘すると、差し出される。何やら景品としてもらったらしいが……何に使うんだよ。
無響や星夜は……連絡が付かない。まぁ勝手に楽しんでくれているだろう。こちらから何かアクションを起こすほどではない。
残る問題は雷斗だけなのだが……無線機で連絡をしても一向に返答が返ってこなかった。
零にも聞いてみたのだが、「あれから会ってはいない」とのこと。
『先生』
『っ! ――――あぁ、夏燐か』
『急ですみません。一応今会場の客席で店長さんと一緒にいます』
『本当か。姉貴とは会えたのか?』
『それが……連絡ができなくて』
突然連絡が来たと思いきや、それは夏燐からだった。
姉貴に会えていないそうで少し落ち込んだ声をしていたものの、それよりも俺と連絡がついて安堵していたようだった。
直後、無線機の向こうで拓真の声が聞こえる。
『知。聞こえてる?』
『おぉ拓真。OKOK』
どうやら無線機を貸していたようだ。拓真のクリアな声が聞こえて、直後に本題を聞かれる。
『此方はどうすればいい? どうせそのまま客席にいろ、だなんて言う気ないだろ?』
『勿論。夏燐がいるなら舞台裏に案内してもらってくれ。今そこに居る』
『了解』
このまま拓真が来てくれるのなら、二人が壇上に上がる前には準備が整うだろう。
これなら本当にランク入りだって夢ではない。
小さく拳を作ると、零から半眼を向けられる。
今はダンス衣装に身を包んだ二人に対して咲夜が「かわいい、かわいいよかなでん……っ!」と褒めちぎっており、俺と零は五人の様子を遠目ながら覗いていた。
調光室と音響室は舞台裏から近い所にあり、まだ向かわなくても大丈夫な時間帯だ。
「改めて確認するぞ。今のリルク達五人の演奏が終わった後、御霊と桜音祇は壇上で音ゲーのセッティングとプロジェクションの確認。咲夜と零は調光室と音響室に向かってそれぞれの最終チェック。何かあったら即座に俺に連絡してくれ。司会や進行役に連絡して時間の調整をしてもらう」
「「「「はい」」」」
「本当は俺の役は雷斗の役だったんだが……アイツから連絡来たらアイツにも他のことを手伝ってもらう。到着したらこっちから連絡する」
「……先生、他のことって?」
「あぁ……それは――――」
『先生! すみません連絡遅れたっす!』
説明をしようとしているところに、話題の渦中の人物から連絡が飛んでくる。
「雷斗か! 連絡は遅れる時に――――」
『マジで申し訳ないっす! 今星夜と一緒に会場に向かってて。地図をちょっと失くしたそうで』
「星夜がいるのか。――――――っ……♪」
少し考え事をする。
星夜がいるならもしかしたら仕事を短縮できるかもしれない。
あれほど部屋を自閉できるプログラミング技術を有しているのなら、もしかしたら星夜と雷斗は別の場所に置いておいた方が良いのかもしれない。
「雷斗。今どこにいる?」
『今っすか? 今は第二棟っす。会場までの渡り廊下を歩いてるんすけど……なにぶん人が多くて進めないんす』
「第二棟か……了解。星夜に代わってもらえるか?」
『星夜っすか……? 了解っす』
今から拓真のすることと合わせると、もしかしたら想定以上の効果を発揮できるかもしれない。
『もしもし……聞こえてますか?』
「OK。星夜、お前プログラムの経験は?」
『プログラムですか? 一応ありますけど……使えるのはCとAWSとPythonくらいですよ。あとUEと――――』
「十分すぎるわ。お前セキュリティに強いだろ。今室内に居るなら壁にとりついてるカメラがあるはずだ」
『はい……ありますねぇ。いくつか』
「ちょっと後でハッキングしてもらう」
『ファッ!?』
「大丈夫だ。手を動かすのはお前だが、具体的な指示はまた俺の知り合いからしてもらう。特化してる奴の方がやりやすいからな」
明らかに動揺した様子をしていた星夜は、未だに内容を理解しきれずにいるようだ。
俺が他のことと表現した算段は、カメラを使って衆目を集めることだった。
桜音祇が言っていた相対評価は、人の目によって決まるもの。
会場内にいなくてもそれが発揮できるのなら、今この学校に居る全員に見てもらえばそれは達成できるはずだ。
その用意のために拓真を呼んである。
星夜は唸っていたが、少しした後了承してくれた。
「OK。じゃ二人は管理棟の近くで待機しててくれ」
『分かったっす!』
プツッと回線が切れる。
連絡すべき相手は十分にできた。あとは時間を待つのみだ。
ちょうど拓真が到着し、夏燐とともに挨拶を交わす。
「先生、お疲れ様です」
「おお。ありがとな」
「よっ知。あと、改めてこんにちは。知から色々聞いてるよ。喫茶『ラプレス』の店長の橋木拓真です。よろしくね」
「わぁ! 店長さんにゃ!」
「い、いつもお世話になってます……み、みみ御霊み美麗です」
女性陣三人が気さくに声をかける。
普段の俺より反応が良い。なんでだよ。俺の方が会ってる時間長いはずなのに。
その中で、零のみが少し怪訝な様子で返答をしていた。
「思ったより気さくな人ですね!」
「いつも一緒にいる店員さんは奥さんですか!?」
「あぁそうだよ。自慢の妻だ。今日は来られないけど、またお店に来たら話しかけてくれると嬉しい」
「きゃー♪」
「……店長さんは、先生といつからの仲なんですか?」
「知とか。うーん……一応は小学校からかな。昔はコイツも大人しかったんだよ」
「そうなんですか!?」
俺の知らない話を繰り広げられている。そういったことは恥ずかしいからやめて欲しいのだが……。
生徒たちは完全に拓真の話を聞き入っている。まだこの数人であるだけマシか。
夏燐は俺のもとに近づいてきて、姉貴のことについて聞かれる。
「――――――――やっぱり先生も知らないんですね」
「あぁ、まぁどっかほっつき歩いてるって。会場には居なかったんだろ?」
「はい。…………っていうか、私ここにいていいんですか?」
「まぁ良いだろ。今回は前みたく急に助けてもらうなんてことはないはずだし」
「先生、それ……――――いや、なんでもないです」
半眼を向けられる。
以前、雷斗の大会の際に強引に夏燐のアーツを借りることがあった。
自身でアーツ自体は発現できるにはできるが、夏燐のアーツを借りた方が確実だった。聞くところでは拓真が姉貴のアーツを借りて勝負をしたこともあったようだし、よくあることだ。
アーツを借りる、といってもやっていることはアカウントが登録されているスマホや機器を物理的に借りているだけだが。
当然、そのアカウントの記録として残るため、自分自身のアカウントに対しては何ら影響はない。俺はサブアカウント等は作っていないし、そもそもアカウントは一人一つしか作れない。
それは姉貴や拓真にとっても同じだ。
嘆息を吐いて、舞台の方を見やる。
五人は、とても楽しそうに演奏をしていた。
♪♪♪♪♪♪
響く音が全身に伝わるほどに迫力がある。
ボーカルのリルクの声はとても中性的で、透き通っていた。
「~~~~~♪」
「っ、すげぇな……」
思わず感嘆する。
当然あの五人だって練習してきたんだ。出来が良いのは分かっていたが、それでも驚かされるものがあった。
燕尾服に身を包むメンバーが織りなす曲は最初は雰囲気に沿ったジャズから始まって、流行りの曲へと次々変えていった。
メドレーの負担は想定以上に困難を極める。
甲と橘は完璧な演奏で他を支援する。
ボーカルのリルクの動きは派手なものではないが、それでも注目を集めるには十分な歌声だった。
「あの二人、やっぱり仲良いんじゃん」
咲夜がぽつりと零す。
館石と風岡は普段はいがみあっていながらも、ここぞというときは息の合った動きを見せる。二人が奏でるリズムが寸分違わずマッチして、それらに合わせるように甲と橘が静かながら強かな演奏をする。
――――かと思いきや、一気に転調。
引っ張るような我の強い風岡のギターが、ベースの館石と張り合うように弦を弾く音を更に強くする。
苦笑しながらも八重歯を見せる甲と橘が、頬に汗を垂らす。
追随するように、ドラムとギターの音が炸裂する。
馬鹿みたいに激しくなっていく四人の音を、まるで意に介していないリルクは、だんだんと上がっていく会場の雰囲気に身を任せて更に更にはじけるような歌声で叫んでいた。
ヒートアップしていく感覚が、五人の様子からヒリヒリと伝わってくる。
「っべぇな……」
御霊と桜音祇だって負けてはいない。だが、会場を席巻しているのは間違いなくあの五人だった。
会場の雰囲気が最高潮になるのが肌で分かる。
リルクはまだ足りないと、マイク立てからマイクを外してシャウトを出し始める。
今までのでも十二分に上手かったものが、更に高火力で観客を震わせた。
「っ! 今までのシャウトですらなかったのかよ……!」
「ッ、――――リルクくんって凄いんだね」
クライマックスまで一歩も退くことなく、汗だくだくで最高の笑みをする五人は最後の最後まで演奏を、今この瞬間を楽しんでいた。
「ありがとうございまス!!!!!!!」
アンコールを終えたリルク達は、全力全開で客席に手を振っていた。
「さて、じゃあ次は俺らの――――――――」
その言葉を告げた瞬間だった。
――――無線機から連絡が飛んできていることに、今更ながら気付く。
雷斗からの連絡なのは容易に想像できた。何事かと思いイヤホンを耳に装着して話を聞く。
『先生!』
「どうした? まだ呼んではないはずだが――――」
『違うっすよ! そんなことじゃなくて、今放送してるのって先生の関係者っすか!?』
「放送? なんのことだ?」
『先生じゃないんすか?? だってこんないきなり大規模ゲームを――――』
その瞬間、会場内の照明が一気に消えた。




