トカレスカ騎士団の目指すべき未来
アニールはメルカ教団と緊急の会談を定め、聖地トゥメルカで教皇ハタルアに超異形の力の残骸を狙うルラルトの脅威を伝えた。その馬車がメドゥーエク街に帰着し、アニールとイヴイレスが降りる。
「どうだったんだ、メルカ教団との会談は」
街の守護を任されていたエルベンが出迎え、成果を問う。
「アナクレオニア将軍がその発想に至らなかったことを悔しがっていた。メルカ教団も十分に気をつけるって」
「そうか。危機感が伝わったなら良いな」
「……しかし、本当によく気付いたな、アニール」
そう言うイヴイレスの顔には、報告を聞いていたのに自分に思いつかなかったという悔しさが滲んでいる。
「後悔は後で」
パン、とアニールが手を叩く。
「ーーー超異形の魔力をルラルトが狙っているんだ、我々も行動を起こさなければならない。……隊長以上を集めてくれないか」
「「はっ!!」」
鼠衆会との戦いのあと、トカレスカ騎士団は増えた人数を前に組織を再編し、役職を設けた。上から団長、副団長、守護(イヴイレス&トルバ)、隊長(アルト、レイザ、ほか隊を纏める者たち)。大神社に隊長たちが集まる。
「ーーー皆に告ぐ。鼠衆会は壊滅したが、一部の者が未だに逃走を続けている。バルド一派の者たちのことだ。その中でもルラルトという元歌巫女が、大陸各地にある”超異形の力の残骸”と呼ばれる巨大なアニミ•マナの塊を狙っている可能性が浮上した。マナの塊を吸収することは歴史上不可能とされていたが、彼女はすでに残骸のひとつを取り込んでいる。ーーーよって、ルラルトに力を回収されるのを防ぐため、まずはここから北西、旧都エイジルの北にある豊魔地域を目指そうと思う」
隊長たちがざわめく。その中で手を上げるものがいた。ーーー新たに隊長に新任されたティテウムだ。
「旧都エイジルの北の豊魔地域を制圧したら、次の残骸を確保しに行くんですか?」
その質問に全員が黙り、アニールに視線が注がれる。次に放つ一言が歴史を動かすとアニールは感じ取り、深く息を吐いて吸う。
「ーーーああ。大陸全域の残骸を確保できるまでやる。これは、バルド一派との競争だ」
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アニールがメルカ教団との会談から帰ってきたちょうどその頃、バルド・ゴルディアは白い鎧を着た壮年の男性と並んで歩いている。その小高い丘から豊魔地域”ヴィリア澱魔泥地”を見下ろしている。
「ーーーというわけで、鼠衆会はトカレスカ騎士団とメルカ教団の両軍にやられたんだ。ま、元々先がない盗賊団だったから痛くも痒くもない」
「しかし、そのトカレスカ騎士団とやらは脅威だろう。ーーー鼠衆会を勝たせ、騎士団を滅ぼす手立てなどいくらでもあったろう」
バルドは一度天を仰いで呆れたように息を吐き、首を横に振る。
「マゼランとライティアは盗賊と化した方面軍を店仕舞いにさせたかったらしい。仮に何か策を講じても俺がライティアに殺されるか、マゼランが自滅の策を講じていただろう。あのまま戦わせておくしかなかった」
「なるほど。確かにマゼランならそうするだろうな。ーーーして、ここに来たお前らが俺に差し出せるものは何だ?」
白い鎧を着た男ガルデルは、その鋭い眼差しの奥にバルドを物色する気色が映っていた。舌を舐めずり、剣の柄に手をかけ、さながら盗人のようにバルドに迫る。
「……歌巫女が取り込んだ超異形の力を貸し出すことができる。少なくとも、あんたの大陸征服の大事業を手伝ってやれるぜ」
「超異形? それはヴィリア教に無い邪神の呼称だ。 ヴィリア教に逆らうような名は国王の前で出せぬ」
「待て待て、何もヴィリア教に逆らうわけじゃない。むしろ、邪神だからこそヴィリア教のために利用してやるんだよ」
「……それならいい。皆の前でもそう言っておけ
。ところで、その力があの豊魔地域の奥にあると言いたいのか?」
「ああ。ーーー確かあんたらヴィリア教の人々はルダーム・シェルトのことを邪教と言っていたな。だが、どうせ邪神さ。邪神にはその力をヴィリア教のために使わせることで服従させたことにすればいい。それに、あんたの野望に関してはなりふり構っていられないと思うがね」
「……わかっているじゃないか。フォルモ帝国もヴェール連合国も滅んだこの世に、しかし我々を脅かす脅威はまだまだ沢山ある。ーーーそうだろう、バルド」
バルドは目の前にいる男が耄碌していないと知って、流石白騎士だ、と心の中で感嘆する。
「ああ、大ありだな。光の民の里は最後まで攻め滅ぼすことができなかったと言うし、洞魔族は大陸中の山脈の穴という穴に潜んでいるし、ーーーそれに人々に忘れられて久しい”空”も健在だ」
言われてガルデルは厳しい眼差しを空に向ける。
「全く、あの戦いで全てを滅ぼし切ることができなかったのは悔やまれるな。……本当に、我が国の軍とそちらの邪神の力の両輪があれば、大陸征服は夢ではないということだな?」
その言葉に綻びを見つけたバルドはほくそ笑んだ
(流石、国王を殺して王子を攫った傲慢な白騎士だな)
邪悪な笑みをそのままにバルドがガルデルを指差す。
「おいおい、あんたは白騎士だろ? 国王を差し置いて”我が国”と言っていいのかい?」
「ああ、失礼した。我が王の国の軍、と言い換えておこう。……で、その歌巫女はどこに?」
「少し歩く。洞窟の中に待たせている」
洞窟の入り口はキリガレとアマザが見張っている。
「なるほど。老練のアサシンに、普人類と光の民のハーフか。少ないながらも質の高い面子だな。……奥に禍々しい魔力を感じるな」
ガルデルの言うとおり、魔法をかじったことがある者なら誰もが見える程に紫色のマナのオーラが少し漏れ出ている。
「道を開けろ、二人とも。こちらは白騎士ガルデル。俺達が協力する男だ」
二人は恭しく道を開け、バルドとガルデルが通る。途中、アマザの舌打ちが聞こえた。
「礼儀は悪いな」
「エイジリア王国の所業を考えれば普通だろ。……さて、あれが歌巫女。名はルラルトと言う」
ガルデルが目を向けた先には、篝火と壁に刻まれた数多の魔法陣に囲まれながら地面にびっしりと描かれた魔術回路の上に這いつくばり、”声振”の歌を唱えながら懸命に魔力をコントロールしようとするルラルトの姿があった。そのルラルトの上を、”超異形”のマナがまるで巨大な卵塊のようになって乗っかっている。そうして、その”超異形”のマナの卵塊が彼女から逃げるように暴れている。
「大丈夫なのか? これは。とても頼りになるとは思えないが……」
「そうだ。だから、あんたは俺達を捨て駒のように扱うこともできる。最も、そうした場合、今後も忠誠があるとは思うなよ」
「……ハァ」
ガルデルが、仕方ないな、と言いたげにため息をつく。
「そいつが使い物になるうちは優遇しよう。そいつが使い物にならなくなっても、お前とキリガレという男は能力に応じて優遇してやろう」
「……それでいい。さ、王に謁見をお願いしていいか」
「……ああ。”我が王”のもとに案内しよう」
洞窟を出て歩くふたり。森を抜け、道なき草原の上を歩き、ひとつの大きな集落に行き着く。その集落を囲む木の柵には一定の距離ごとに獣除けの魔晶が設置されている。門番の兵士がガルデルの姿を見るなり最上位の敬礼で出迎える。広い畑が辺り一面を占め、その中にぽつりぽつりと背の低い家がが立っている。そういった風景の真ん中に小高い丘があり、そこに城が立っている。城はかつてヴィリア教の大聖堂として使われていたものを再利用しているために、神話を表した偶像や絵画の類がそこかしこに散りばめられている。赤い絨毯の上をふたりが歩き、王座の前に立つ。
「ーーー我が王に敬礼を、バルト・ゴルディア」
ガルデルが格調高く命じ、その通りにバルドが跪く。
「白騎士ガルデルよ、その者は何者だ?」
「はっ。バルド・ゴルディアと申します。我らが新生エイジリア王国の行く手を阻む邪なる敵を共に打ち倒す協力者にございます」
「なるほど。顔を見たい。バルドよ、面を上げよ」
言われるままにバルドが顔を上げて王の顔を見、心の中でほくそ笑んだ。
(ガルデル、やはり其方は我らと同じ悪よ。ーーー16年前に其方は王を殺し、赤子の王子を攫っていたのだな)
バルドが見た王は、ようやく15か16歳に達しようかと言うほどのとても若き王であった。




