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トカレスカ騎士団  作者: 観測者エルネード
第一章:騎士団設立篇
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勝利のしじま

 エルベンがマゼランの首を持って下りたときまず目についたのは、戦いに目処がついたために野盗の死体をまだ燃え燻る外の森へ放り出して死体を燃やす騎士団員と聖軍だった。この先砦を使うにしろ使わないにしろ、後片付けは重要だ。

砦のある一室を覗き込むと、ユーアが治癒魔法の青い光を負傷した者の傷に当てて癒やす場面に出会う。

「ユーア様は女神だなぁ」

「んだんだ。こんなに痛くなくしてもらって、恩人や!」

 治療してもらった人々が口々に彼女を褒め奉る。

「あまり頼りすぎるなよ。ユーアも程々にしないと」

「うん。エルベンはこれからどこへ?」

「どこかみんなを集める広いところ……。勝利宣言をしなくちゃな」

 そのときユーアの目にマゼランの生首が映り、居心地悪げに目をそらす。長居する用はないと思い直し、エルベンは砦内を再び歩き回り始める。

 中庭に出たとき、エルベンは直視する。ーーー石畳のうえに亡くなった騎士団員と聖軍兵の亡骸が横たわられている。ドン、と背後からぶつかられてエルベンが振り返ると、血塗れの団員を背負う者がいた。

「ぶつかってしまい、申し訳ありません。……ジオルを寝かせるのを手伝っていただけませんか」

 血塗れの団員は息をしていなかった。エルベンは手を貸し、他の亡者の横へとジオルを寝かせる。ーーーエルベンには体温がぬるく感じられた。

「……ったく、なんであそこで踏み込んじまったんだよジオル……」

 ジオルを運んできた団員がその亡骸に跪き、泣きすがる。

 エルベンは改めて中庭に並べられた、この戦いで命を落とした戦士たちを見回し、ーーー吐き気に似た胸の気持ち悪さと共に顔が引き攣り始める。

「ああ、そこにいたかエルベンーーー」

「ごめん、これ預かってて」

 マゼランの生首をアルトに預け、ひとりで走る。物資の整理をする聖軍兵、状況を確認する団員、それらを掻き分けて砦の外に出る。炎も煙も収まった空間に出て、胃液を土の上にぶちまける。

(……あれは、”あの死体たち”は……)

 今まで意識してこなかった。

(俺は、俺達は、まだ現実を分かってなかった……!)

 三人は、悪さえ滅せばば世の中が良くなると信じていた。

 その道中で払うべき犠牲の大きさを、三人はまだ実感していなかったのだ。

ーーー俺達が”鼠衆会と戦う”と決め、命じたからあの人たちは死んだ……

 自分の手元を見やるエルベン。夢か幻か、その手元には数多のロープが握られている。そのロープは全団員の首元まで繋がっているように見えた。

「わ、わああああああああ!!!」

 自分が数多の人間の命を握る立場になったという実感。エルベンの身体すべてが逆毛立ち、冷たい汗が流れる。

「どうしたんだ、エルベン」

 エルベンを探してやってきたアルトにもまた、首元にロープが巻き付いており、エルベンがそれを握っている。

「……あ、あ、いや……」

 喉がきゅうっと締まったように声が出なくなる。感情を吐き出したくても、ばくばくと胸の上下を繰り返すだけになってしまう。アルトが眉をひそめてしゃがみ、エルベンの呼吸を見極めようとする。

「病気…か? 穴を掘って通ったから、その時に何か悪いものでも入ったか?」

「ち…ちがう」

 少し頭を傾け、先を促すようにアルトが目を見開く。

「……は、はは。勝ったのに、今になって怖くなっちまった」

 手を震わせ、冷たい汗をかきながらエルベンは心情を赤裸々にぶちまける。騎士団員や関係者の命を握る感覚が恐ろしくて堪らなかったのだ。

「……わかる」

 エルベンの隣に座り直したアルトはゆっくりと右手を開き、刻まれた傷に過去を見ようとする。

「そうか。お前たちも例外ではないんだな。……私にも覚えがある」

 大陸終焉戦争の頃、アルトが情報伝達ミスを犯してしまったことでとあるひとつの隊が奇襲を受けて丸々殺されたことがあった。その時から、亡くなった隊の兵士の顔が夢に浮かんでくること、未だに手の震えが収まらなくなることがあること。アルトはそれをエルベンに全て伝える。

「……最近じゃ震えは少なくなったし、そもそもみんなに見せないようにコントロールはできてるつもりだ」

「そうか、そんなことがあったのか……」

「戦場にいる以上、戦場にいる誰かもが他の人の命運を握り合っている。下等の兵であっても、たったひとつでも間違えてしまえば他のやつの命を簡単に取りこぼしてしまう。人の命は以外にあっけなく、儚い。……いっそ慣れてしまえばいい、と何度思ったことか」

眉間の皺が深く刻まれた顔を見れば後悔がどれだけ深いかわかった。俺もいつかこんなふうになるのか、とエルベンは思った。

「……アニールもこんな気持ちなのかな」

「何かあったのか?」

 先の戦いでアニールの身に起きたことをエルベンがアルトに話す。アルトは頭を掻いて顔をしかめる。

「そうか、アニールにも試練の時が来たのだな。……気をつけろよ、エルベン。ここを乗り越えられるかどうかでトカレスカ騎士団の行く手は大きく変わる。肝に銘じとけ」

 アルトはエルベンの胸に拳を立て、それから生首を返す。

「これの処理はお前とアニール団長がやれ。俺では示しがつかない」

「……ああ。ちゃんと仕事してくるよ」

 マゼランの生首を持って砦の中に再び入る。そこへトルバがアニールを連れてきている。アニールは先程よりかは落ち着いて見えるが、手が少し震えている。……無理をしている、とエルベンは思った。

「アニール、団長としての仕事をしよう。マゼランの首をとったこと、まだ宣言していない」

「そう、だな。そうすればこの戦いは終わる……」

 アルトに促されて砦の内庭の盛り上がったところにアニールとエルベンが立つ。少し遅れて聖軍のアナクレオニア将軍もそこに立ち、マゼランの生首を掲げる。


「「「諸君、鼠衆会の頭領は討たれた!! 戦いは終わった、我々の勝利である!!!」」」


 オオオオオオオ、と歓声が沸き立つ。勝利の喜びに満ちた兵士たちの瞳は、アニールとエルベンの顔の陰りを映してはいなかった。

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