丘の上から秩序は見下ろす
「だ! か! ら! トカレスカ騎士団が動いてるんだよ! メルカ聖軍も! 耳がついてるのか、お前?!」
ーーー鼠衆会本部、指導者である小太りの初老の男を前にして右半身痣だらけのバルド・ゴルディアが叫び散らす。
「今こそ野盗どもを出してアイツらを叩くべきだ! 今からでも遅くない、あいつらが通りそうな地形に罠を張って……」
「いや。多くの野盗どもを出したら収拾がつかん。野盗を外に出して動かすということは食糧庫から食糧を出すことを意味する。抑えのつかない野盗どもは一瞬で食い散らかし、外で戦えるだけの食糧は消えて無くなるであろうよ」
「それでもだ! 東の村の支配権を失うより遥かにマシだ! いっそのことこの本部にいる野盗全部見捨てるつもりでトカレスカ騎士団とメルカ聖軍にぶつけて、あんただけ西の村に逃げればいい! 勝てるんだ! 目の前にある勝利を見逃すのか?!」
「……儂はここの野盗どもを見捨てることはできぬ」
「あんた、それでも戦争を生き抜いた将軍なのかーーー」
鼠衆会の指導者相手に怒鳴っていたバルドの背が震える。
ーーー振り向かなくても分かる。バルドの背後の空間は、全てが白く灼き付くような光で溢れている。
「よう、バルド。俺たちのボスに何の用だ? もしかして……ボスに逆らったりしないだろうな?」
「……元十傑が一人、『天降る光のライティア』か……!」
魔法で太陽のように白熱した光に包まれた男、ライディアがバルドの背に槍を向ける。バルドの背中が白く照らされて、白熱し始める。
(クソ……背が灼ける……熱いぜ……)
白い光に照らされたバルドの背中から黒い煙が出始めたところで彼は両手を挙げる。
「いや、ボスの言う通りです。俺の考えは全てが間違ってました。では早急に去りまーす」
「うん、いい子だ。いい子でいるかぎりは、多少ウロチョロしてても俺たちは気にしないからな」
チッ、と舌打ちをしながらバルドがライティアの横を通って部屋を出る。廊下には茶色の長髪の女性、呪術師ルラルトが立って待っていた。
「ーーーライティアが入っていくのを止められなかった。ごめん」
「いや、いいさ。このアジトで奴に敵うものはいないからな」
コツ、コツ。バルドとルラルトが肩を並べながら無言で歩く。ふと、バルドが面を上げて口を開く。
「まあいい。次の布石が俺にはあるからな……。ルラルト、西に向かう準備をしろ」
「西、か。ーーーそれは貴方の父が用意していた”アレ”ですね?」
「”アレ”と言ってくれるな。アレでも一応は人間なのだから。愚鈍なガキではあるがな」
「そうですね。それに、マナが豊富で特異な環境のある”豊魔地帯”のひとつがありますものね。ーーー旧世界を滅ぼしたとされる強力なマナの塊の化物、”超異形の右手”がそこにあるんでしょう?」
「そうだ。”超異形の右手”を回収できれば我々二人の野望に近づくし、”アレ”も中々に役立つ。ーーーそれに、この鼠衆会はたとえ策を弄しなかったとしてもトカレスカ騎士団が勝つ見込みは低いし、遠くから高みの見物といこうじゃないか」
「……待ってください」
ルラルトが立ち止まり、バルドの瞳を睨み返す。
「西に向かう前にやっておきたいことがあります」
「何だ」
「ーーー同じルダーム・シェルトの”千歌”の歌い手として、アニール・トカレスカと挨拶しておきたいです。バルドはメドゥーエク街で挨拶しましたよね」
「……キリガレをやる。無事に逃げてこいよ」
「ええ、挨拶したらすぐ逃げますわ。ーーーアニール・トカレスカ、貴女の背景には何がありますのね……?」
最後の言葉はバルドにも聞こえない小ささで呟かれた。ルラルトの眉が尖り表情が歪んでいるのに気づいたバルドはやれやれと肩をすくめて彼自身の部屋に戻って行く。
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「鼠衆会、思ったより動きがないな」
「そうですね。よほど統率がとれていないんでしょう」
アニールに肩を並べて答えるのはメルカ聖軍の指揮者、ハイバール・アナクレオニア将軍。若年で、以前のメドゥーエク街攻略戦が初戦だったらしい。とはいえ、先代の将軍に薫陶を受けている知識は侮れない。
「狭い地形を通る時は事前に哨戒を出して気を付けているのだが、……まさか罠の1つ2つもないとはな」
「教皇猊下のおっしゃっていたバルドなる策士、実は愚鈍の輩か鼠衆会内部での立場が思わしくないのか。……恐らく後者かもしれませんね」
「後者であるか、あるいはこの先にこそ策があるのかもしれない。アナクレオニア将軍、気を抜いてくれるなよ」
「トカレスカ騎士団長もお気をつけてくださいね」
結局、背後に計200の兵を率いる二人の指揮者が歩を止めることは目的地に着くまで無かった。
右手に鼠衆会の占拠している村を見下ろせる丘の上でアニールが馬アレキサガから下馬する。高地だからか冷たい風が吹き荒ぶ。
到着早々、塹壕を掘り馬防柵を築こうと思ってアニールが息を吸ったがアナクレオニア将軍が手で制する。
「あの村の様子をみたまえ。あまりにも動きがないではないか?」
「本当だ。……何もしないな、本当に」
不自然だ。アニールは心の中で呟く。斥候の話では本部にも動きがなく、今突撃すれば勝てる理想の状況だ。
「アニール団長、試しに投降をわが聖軍の方で勧めてみましたが投降の素振りはありませんでした」
鼠衆会に占拠された村を見下ろしながらアナクレオニア将軍が報告する。その瞳にはひとつの覚悟が決まったような力強さがあるように見える。
「鼠衆会の本部から野盗達が降りて来られては敵わん。アナクレオニア将軍、ーーー我が騎士団と聖軍で共同即時の攻撃を進言する」
「私も同意だ。但し、連携の問題があるからどちらかから先に突入するべきだと思う。ーーー我らが聖軍が先でも良いが、トカレスカ騎士団としてはどうなのだ?」
「ーーーうむ……」
アニールは悩む。トカレスカ騎士団の大半は新たに加わったばかりで戦闘経験が少ない。だからこそこの場で先に突入して経験を積むのは有効な手だが、未熟ゆえに損害を出してしまう恐れもある。アニールは、ちらとアルトの方を振り返る。視線に気付いたアルトが駆け寄る。
「ーーー我らが騎士団とメルカ聖軍のどちらかから突入すべきか話しているのだが……アルトはどう考える?」
「そりゃもちろんメルカ聖軍の方から先にーーー……というのが普通の考え方だが、トカレスカ騎士団は違いますからね。トルバ隊以外の団員は対人経験が少ない。あの村の敵は弱く、我らが経験を積むには良い相手です。もちろん、レイザとトルバは強すぎますので敢えて騎士団の最後方に位置させましょう」
「ありがとう。私もそう考えていた。決心がついたよ」
アニールは前を向いてアナクレオニア将軍に向き合う。
「我がトカレスカ騎士団が先に突入しよう。メルカ聖軍には後方の警戒と支援攻撃を頼みたい」
「分かった。それでいこう」
丘の上で団員たちが集まり、全員が直立してアニールの言葉を逃さずに聞こうとしている。アニールが見渡す団員の中には、何かしら戸惑いや躊躇いの表情を見せるものもあった。ハザールもその中のひとりだった。
「メドゥーエク街を出る前にも話したが、あなた達は10人単位の分隊に分かれて作戦行動をしてもらう。各隊に隊長を置いているから、隊長の指示に従ってくれ」
「「はい!!!」」
「よし、ではアルトから作戦の詳細な説明がある。心して聞くように。特に隊長は聞き漏らすことのないように」
アルトによるブリーフィングが終わり、騎士団は丘を下りて村の正面に躍り出る。第一分隊はアニールとアルトが率いて先頭に立ち、第二はエルベンが隊長、トルバは第三の隊長を任されている。第四〜第九の分隊は全て隊長を旧トルバ隊の隊員だった者が務めている。ウインダムス・ウィンガーディアンは第二分隊に割り当てられた。トルバの第三分隊とレイザのいる第十分隊は弓隊として援護に当たることになった。




