メドゥーエク街、開戦準備
アニール達はティール港町に一旦戻り、エルベン達と落ち合った。騎士団の駐屯所でアニールとエルベン、イヴイレスの幼馴染三人が卓を挟む。
「ーーー私からは”光亡き地のトルバ”とその部下たちが味方になったことを知らせておく。彼らのメドゥーエク街への移住は住民と相談して判断する」
アニールの快挙にエルベンが目を輝かせる。
「では俺から。ウインダムスのいた村は戦える者が少ない故に戦力として出せる者はいなかった。……だが、イアグさんから凄え”土産”を貰ったぜ」
エルベンが部下に”土産”を運ばせる。それは、青銅の胸当だった。ーーーエルベンが続ける。
「ちぃと錆びてるが、実用可能な胸当だ。これを作ったのは、ウインダムスのいた村より南西にある村だ。その村は厳しい環境と鍛えられた村人に守られて今日まで無事だったらしい。15年前の大戦で余った在庫がいっぱいあるんだそうだ。ーーー”装備”の問題はこれで解決しただろ」
「何と言う村なのだ?!」
「身を乗り出すなアニール。ディルオワ村つってたぜ」
アニールの顔が晴れ、エルベンが微笑む。そんな二人を見て、イヴイレスの頬も自然に綻んだ。
三人が会議している裏で、ウインダムスとユーア、レイザの三人もまたそれぞれの旅の感想を交わし合っている。
「ーーー私からは以上だ。ウインダムスの方はどうだった?」
レイザがアニールと共にした旅を語り終えると、ウインダムスに話を差し向ける。
「ーーー僕か。そうだね、みんな変わりなかったよ。まだイアグお義父さんとは顔を合わせていない、顔を合わせられる段階じゃないけど元気そうだった。それにしても、僕が去った後にイアグお義父さんが張り切って道を拓こうとしたのには驚いたなあ」
しみじみとウインダムスが語る。ユーアが部屋の外から覗く気配に気づき、ウインダムスに耳を打つ。
「ねえ、青い髪の獣人の女の子が窓から覗いてきてるんだけど、何か心当たりない〜〜?」
瞬時に湯沸かし器のように顔が赤くなったウインダムスは慌てて二人から顔を逸らし、おどおどとした口調になる。
「え、え? し、知らないなあ……」
レイザが一連の流れを悟って妖しげに笑い、ウインダムスに囁く。
「……ひょっとして故郷の村でデキたのか? 隠すことはないぞ、男女の関係なんて大陸中に溢れているからの」
「わ〜〜、そうだったんですね〜。ウインダムスくん、白状しましょうよ〜」
レイザとユーアがウインダムスの恋を深掘りしようと彼に近づく。息遣いが感じられる距離に近づいたところーーー。
「だめーーーっ!!! ウィン君こっちきて!」
「! うん、そっちいく!」
レイザとユーアの挟撃を逃れてウインダムスは声のした方へと逃げる。そこには青い髪の獣人の女の子がいた。ーーーエリである。
「翼の生えてる女の人に銀色の髪の女の人……! ウィン君を誑かそうったってそうはいかないんだから!」
猫型の獣人の女の子、エリが懸命にウインダムスを庇う。レイザとユーアはお互いに見合わせて、ふっと鼻息を鳴らす。
「邪魔したなウインダムス。二人はこのティール港町でらぶらぶと暮らすがいいさ」とはレイザ。
「地上の人々の恋愛、興味あるのです〜。遠巻きながらに観察させていただきます〜」とはユーア。
エリが怒り散らすようになったので二人の恋愛からかい女はそそくさと退散する。
ウインダムスをはじめとしたティール港町から付いてきたメンバーは馬車を降り、アニール達メドゥーエク街からのメンバーだけでメドゥーエク街を目指して発つ。
「ティール港町、いいとこでしたねえ……」
ハザールが自身のギザっ歯を舐めながら呟く。犬型獣人のティテウムも白い抜け毛を弄びながら頷く。
「そうだろうそうだろう、なんせ俺達がまだたったの7人の頃に解放したとこだからな。俺達に感謝するがいい、ふははは!」
御者台からエルベンが誇らしげに自慢し、アニールがその頭をボカリと叩く。
「ハザールとティテウムも、鼠衆会掃討の際には捕らわれて強制労働させられている民を解放してもらう。各自そのつもりでな」
「はい!」
アニールの声に応えたのはティテウムだけだった。ハザールは何故か冴えない表情になっていて、影が降りていた。ーーーまるで、何かから目をそらすかのように。
「アニール団長、俺も野盗を殺すことになるんでしょうか」
ハザールの口から、そのような言葉が漏れ出た。
「? ーーー殺すことになるさ、トカレスカ騎士団だからな」
「そっか、分かりました……」
その日、空は雲に覆われていた。
メドゥーエク街到着後、アニールはすぐさまメルカ教団のキティル大司教を呼び寄せた。もちろん、メルカ教団からの助力を要請するためだ。
「まさかトルバ達の村やその他の村落への協力の要請が成功するとは……。いいでしょう、そこまで戦力がそろうなら我々としても兵を出しやすくなる」
やけに聞き分けが良いキティル大司教は速やかに伝令を走らせ、協力の意を表した。
1ヶ月後、アニールはメドゥーエク街の門の前に立っていた。この日は数多くの来訪者が予定されているためだった。
ーーー初めにやってきたのは旧トルバ隊。旧トルバ隊の人々がメドゥーエク街に到着してトカレスカ騎士団の旗下に加わる。
「……凄い……」
旧トルバ隊を出迎えるアニールの目に映ったのは、沢山の覚悟を決めた古兵たちの眼だった。戦いを厭いていた頃とは違って、それぞれが各々のオンボロな得物を手に、今標的があれば今すぐにでも飛び付きそうな面を見せている。ーーーその先頭を歩くのがトルバ。眉間に血筋を走らせ、厳つく尖った目つきが見るものを震わせる。
「———軍隊、だ」
ぽつりと、アニールの口から洩れる。今は国々が滅び、国と共に消えたはずの武力集団である『軍隊』がいま確かにアニールの目の前にあった。『軍隊』を目のあたりにしてアニールの表情が自然と引き締まり、ルダーム・シェルト流に敬礼をする。
「トルバ様、並びにトルバ隊の皆さまの到着をお待ちしていました」
「畏まるなアニール。只今より我々はアニール団長の部下なのだから、手足と思ってこき使うがいい」
その声には、もはや畑仕事と酒しかなかった弱い表情の頃の面影はなかった。対するアニールも、かつての英雄を部下につけたことで一段と格が増し、その眼光に深みが増したように見える。
「———ならば騎士団に秩序を誓え。そして世界に秩序を誓え。この荒廃した世界に安寧を取り戻すと誓え!!!」
心が昂ったかアニールが叫び出す。トルバ隊の面づらはアニールの奇行に一瞬驚いて目を大きくしたが、直ぐに背を震わせ心を震わせて彼らも叫び出す。
「———貴女が、トルバさんを説き伏せたという傑物か! 我らが上に立つ者として不足無し! いいや、有り余り過ぎよ! 率いるは我らがちっぽけな隊だけでは足りぬお方よ!」
「なればこそ我々が頑張って勝ち戦を重ね、この騎士団をでかくしないとなりませんなあ!」
「「「おおおおおおおおおお!!!!」」」
(———戻った。かつて戦争が始まる前の、本当に活き活きとしていたトルバ隊に)
アニールとトルバ隊の掛け合いを傍で見ていた、彼自身もかつてトルバ隊に所属していた兵であるアルトが眼窩に涙を溜める。それからアルト自身もアニールの後ろに歩き出てかつての主人と見える。
「———今度は私が直に指揮させてもらいます。立場が逆転しましたね」
「アルトか。なに、決心の早い方が立派であるだけのことよ。俺なんて、アニール団長に悉く説き伏せられるまでは指1つ動かない愚物だったわ」
「私はトルバ様が動かなかったのがずっと歯がゆかった。でも、今日で歯がゆさは消えました」
何か憑き物が落ちたように平穏とした面持ちになるアルト。夜が明けたように顔が晴れているトルバ。二人が微笑を交わしたのち、後からやってきた団員が彼らを騎士団本部へと誘う。その後に、ティール港町からやって来る騎士団員の一団が姿を現した。その先頭に立つのはウインダムス・ウィンガーディアン。その背後にはレイザやデボもいるが、イヴイレスだけがいない。イヴイレスはティール港町に残り、思いもよらぬ襲撃に備えているのだった。
「アニール団長。ティール港町隊、現着しました」
「ウインダムス。それにみんな。……私にはまだ待たねばならない客がいるから先に奥に行ってくれ」
「了解」
ウインダムス達がメドゥーエク街の奥へと行ってゆく。アニールにはもう一つの来訪者を出迎える役割があるのだ。
「———ここがメドゥーエク街か。てっきり大人たちから話を聞くだけで一生来ないところだと思ってたよ」
荷馬車に数多の防具を積んでやってきた数人の屈強な筋肉を持つ人々。その先頭に立つ緋の髪の日焼けした女性が到着一番に感想を漏らした。
「あなたたちがディルオワ村から来た人々ですね? イアグさんから話は聞いてます」
「おお、あんたがイアグさんの話してたトカレスカ騎士団の団長か! 私は村長の娘のマルッサだ! なるほど、貴女は身体の半分が本当の意味で焼けている」
「記憶に留めてくれて嬉しい。そうだ、私はトカレスカ騎士団の団長、アニール・トカレスカ。———その防具が私たちにくれるという物だな?」
「ああそうだ。前の戦争の遺物といってもいいガラクタだ。数が多すぎて私たちの村に置いといてもしょうがなかったんだ、やるよ。 ———その他にも、私たちの村では細々ながら鍛冶を続けていてね、魔獣を退治してくれるならいくらでも望むものを作ってやるさ!」
「心強い。 だがまずは鼠衆会を倒すまで待ってほしい。そのあとでなら、いくらでも魔獣掃討を請け負うさ」
「ああ、まずはそれでいい。どのみち野盗は私たちにとっても脅威だからね」
「———さて、今晩は集まったもの全員で話をします。ディルオワ村のあなた方も参加していってください」
今度はアニール自らマルッサ達を導く。トカレスカ騎士団の本部であるルダーム・シェルトの大神社で鼠衆会を討たんとする全陣営が一堂に会する。キティル大司教らメルカ教団の遣い。トカレスカ騎士団の旗下に下るトルバ隊。防具という名の戦力を騎士団に献上するディルオワ村の人々。そして、トカレスカ騎士団。
「詳しい話は後だ。———半月後、我々は鼠衆会に宣戦してこれを叩く」
遂に火蓋は切って落とされた。




