師匠の旧き顔
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『魔女レイアスの回想』
昔わたしたちがまだ若かった頃、オードル・フラガラハは私と彼を含めた四人の遊伐者パーティー”軽羽の遊翼団”を率いて、大陸を渡り歩きながら様々な依頼を受けていた。秘境の薬草を取りに行ったり、時には龍を狩ったり、時には小国で圧政を敷いていた大臣を打ち破ったり。……そんな中で、一番難しい依頼があった。
『今滅びようとしている国の王女を隣国まで送り届けよ』。国の名前は別に覚えなくていいけど、フォルモ皇国のすぐ南東に位置する二つの小国、レイドラン王国とスーファス王国が争っていた。スーファス王国が負けようとしていたところでスーファス王国の王女が東の国の王族に保護されるために私達に依頼が降りてきた。
火の手が上がる王城から王女を連れ出したはいいものの、敵国の兵士の捜索網が予想以上に厳しく、私達は動けなくなっていたんだ。
「もういいです、私はこの国と共に死ぬ覚悟ができてます」
「早まんな、まだ手がないと決まったわけじゃねえ」
服装を質素なものに変え髪を汚した王女がもはやこれまでと天を仰ぐのを、魔鉱の軽鎧を着た白髪の若剣士が止める。白髪の若剣士ーオードル・フラガラハーは王女の身を守るのに必死だった。鬱蒼とした森、時々敵国の兵士の足音が聞こえるのを何とかやり過ごしながら私達は作戦を考えていた。
しかし、他の2人の仲間の目には王女と同様に目から光を失っていた。
「オードルのリーダー。もう諦めたほうがいい。俺達はベストを尽くした。俺達は今まで竜を狩り国さえ覆してきたが、流石に限界ってものがある。王女は俺達のペースについてこれない。王女のペースに合わせて逃げたらあっという間に王女が殺される。……王女に遺言を書かせ、依頼を破棄しよう」
仲間の一人、嗅覚に優れた狩人ギュルヴがそう提案した。テントの中、私は蝋燭越しにやり取りを見ていた。
「ギュルヴ。俺たちは親御さんから娘を託されたんだ。一度受けた以上は、送り届けなけりゃいけないだろ」
オードルは下がらなかった。王女の命を第一に考え、敵国の手が及ばない隣国に送り届けることだけ考えていた。でも、オードル以外の皆には王女を見捨てるか王女と心中する2択しか見つからなかった。私もそうだった。
「……長い付き合いのよしみだ、朝まで時間をやる。そこで考えが変わらないようなら俺はパーティーを離脱する。獣使いアルケロンサも同じ考えだ。決断しろ、オードルのリーダー」
狩人ギュルヴはテントの奥へ引っ込み、オードルだけがそこに突っ立つ。
「……レイアス。ここを頼めるか? 俺は少し風に当たってこようと思う」
私はオードルが好きだったから彼の言葉を信じた。オードルはテントの外に出、陽が昇るまでの間帰ってこなかった。オードルが帰ってきたのは陽が山並みの少し上へ顔を出した頃だった。オードルは身体中が葉っぱと土まみれになり、目が輝いていた。
「みんな、見つけたぞ。王女を生かして隣国に引き渡す方法が」
ーーー私は覚えている。その場のみんなの心が動いたのを。彼の輝くまなざしと、希望にあふれた笑みが私たちの心を光りある方へと動かしたのだ。
「逆にこっちから攻めるぞ、侵攻軍の本部を叩く」
オードルの作戦を聞いたとき、誰もが驚きつつ頷いた。簡単に言えば、王女の捜索と隣国への警戒のためにレイドラン王国の侵攻軍はスーファス王国の東に動いていたため、スーファス王国西部は手薄になっていた。それを逆用し、東の隣国へ逃げるのではなく西に進んで侵攻軍の本部のある王都を解放、捕らわれている兵力を解放して東の隣国と共に侵攻軍を挟み打ちにするものだった。
誰もが驚き、呆れ、オードルの背中についていくことを決めた。一見無茶そうに見えて緻密に練られた作戦は功を奏して侵攻軍を撃退、一度は滅んだかに見えた王国が息を吹き返した。
「……オードルのリーダー。申し訳無かったな」
スーファス王国が戦いに勝利したあと、狩人ギュルヴがオードルに頭を下げた。
「あんたはすげえよ。俺達にもない発想で王女を生かしてしまうんだから。なあ教えてくれオードルのリーダー、どうやったらあんたみたいな発想ができる?」
返しオードルは少し考えて、答を出す。
「自分のやりたいこと、自分の原点に忠実でいることかな。ーーー俺は何度も何度も自分に問うた。どうすれば王女を生かせるのか、どうすれば皆が納得してくれるだろうか。何度も何度も、手足を動かしながら自分に問うた」
そう答えたオードルは、笑っていた。
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「……手足を動かしながら何度も何度も自分に問う。そういった地道なことを繰り返して、オードルはいつも皆が驚くような答を見つけてきた。ここまでが、あんたの師匠であり父代わりでもある男の昔話さ」
レイアスはその口を閉ざし、アニールの顔を見る。
「……分からない。どうして、皆が思いつけなかったことをどうしてオードル師匠は思いつけたの?」
髪で目が隠れたまま、アニールが問う。レイアスは天を仰ぎ、目を細める。
「たぶん、逆だ。思いつくこと自体は誰にでもできる。ただ、思いつくまでの間に沢山の人が諦めてしまうだけさ。オードルは他の人よりも諦めが悪かった分、足を止めずに答まで辿り着けたんだろう」
「……まだ分からない。答って何? 何を道標にして考えてたの? オードル師匠の頭の中には何があったの?!」
アニールの髪が乱れ、声が荒くなる。
「ーーーオードルは、いつだって少年の心を持っていた。単純に目の前の人を守りたいとか、ワクワクするから行ったことのないところに行こうとか、そういう単純な動機だけだった。ーーーでも、オードルとあんたは違うだろ、アニール」
アニールは何も応えない。
「オードルはいつだって彼自身の感覚を大切にしていた。……アニール、あんたにとっていちばん大切なのは何だい?!」
ハ、とアニールの顔が上がる。振り上げられた髪が分かれてアニールの目が露わになる。
「……秩序をこの世に齎す……」
「少し違うね! 秩序を齎す理由は何だい? あんたの心の始まり、原点は何なのさ?!」
「ーーー原点……。……あ」
そのときアニールはかつてウインダムスに語ったことを思い出した。
『護りたい。全部護りたい。もう誰の胸にも穴が空かないように。運命が悪い方へ傾かないように、そこにあるべきものがなくならないように』
それが、アニールの心の始まりだった。
「……そっか。そうだった。死ぬべきではない人が死ぬのは、人々の心に穴を空けてこの世界が欠けてしまうことだ。
だから死ぬべきではない人を死の運命から護り抜くために私がいる」
パン、パンと乾いた音が続いた。アニールが彼女自身の頬を叩いたのだ。アニールの目に光が戻り、血色はすっかり良くなっている。
「ーーー何を説けば良いか分かった気がする。レイアス義母さん、ありがとう。私はまだ頑張れる」
涙の跡も乾き、アニールは月に照らされながら馬車のところに戻る。レイアスはただ一人そこに残り、アニールの背を見送った。
「レイザ、番をしてくれていたんだな」
「団長。……もう気分は良いので?」
他の2人は馬車の中で眠り、レイザだけが起きて周囲を警戒している。
「ああ。もう大丈夫だ。私はもう一度トルバを説得する。まだ何を言うかは決まっていないが、きっと私自身の言葉で説得してみせるさ」
アニールが微笑んだのを見て、レイザも笑う。ーーーふと、レイザがなにか手で弄っているのにアニールが気づく。よく見てみると、1本の稲だった。
「その稲、馬車に紛れ込んでいたのか?」
「そうみたいです。メドゥーエクの田を馬車が通ったときに入ってきたみたいで……団長?」
アニールの手が稲を掴む。アニールは何かに目覚めたかのように目と口を大きく開ける。
「団長?」
「……これだ! これでトルバを説得することができるぞ! 稲をもらうぞ!」
レイザが稲を手放し、真夜中にも関わらずアニールがトルバの家へと走っていく。
「……団長……?」
レイザは困惑したままその場に取り残された。
「トルバ殿! さっきは申し訳なかった! もう一度話し合いをしよう!」
アニールがトルバの家に無断で押し入り、夜中にも関わらず目を輝かせている。対するトルバは、部屋の隅っこで壁に背を預けて項垂れている。
「……今度で最後だ、アニールめ……」
トルバが唸りながらアニールを睨む。ーーー交渉戦第二ラウンドの始まりだ。




