くたびれた男たちの村
ここは高原の上にある、アニールたちの故郷の村。小高い丘の上から低地を見下ろす年老いた魔女がいる。その足元には紫色の大きな袋がある。
「レイアスさん。本当に行ってしまうおつもりかな」
魔女の背後から声をかけるのは、村長。折れた腰の上を杖で支えながら、魔女レイアスに問う。
「ああ、そうだね。もう私の家には夫のオードルも息子のユニールもいない。拾って育てたアニールたち3人の養子も旅立ったからな。ま、この村には私を縛り付ける重りがもうないんだ。また若い頃のように大陸中を旅するさ。……そして、道中で子供たちの背を叩いておこうかとも思っている」
「……あなたは、かの英雄オードル・フラガラハと共に遊伐者として大陸中に名を轟かせたお方。旅に何の心配もいりますまい。……いってらっしゃい、我が村の一員、レイアス・フラガラハ様」
レイアスは紫色の袋から翼を模した木の骨組みを取り出し、指先からマナを放出して翼を模したものに複雑な魔力回路を描く。一通り魔力回路を描き終えると翼を模したものを背中に装着し、袋を持ちながら改めて低地を見下ろす。
「ーーーじゃ、行ってくる」
魔女レイアスが跳ぶ。翼を模した木の骨組みはたちまち魔力回路によって本物の翼のような姿になり、魔女レイアスは羽ばたきながら風を切って飛ぶ。彼方の青い空へと。
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ティール港町を出てから一ヶ月が経った。
「アニールさん、ヌガがそっち行くぞ!」
ギザっ歯を見せながらハザールが叫ぶ。アニールの背を襲おうとしていた犬型魔獣のヌガは、ハザールの声とともにアニールの剣で真っ二つになった。
「ありがとう、知らせてくれて」
数多のヌガの斬死体に囲まれながら剣についた血を払うアニール。他方ではレイザが複数のヌガに電撃を落とし、ユーアは飛翔しながら弓矢で1頭ずつ仕留める。
「くらあっ!」
最後の1頭を、ハザールが石槍で突いて仕留める。
「くそ、他の人達と比べて俺は2頭しか仕留められないのか……!」
悔しがるハザールの肩にレイザが手を置く。
「いや、武芸を学び始めて半年にしては上出来だ。アニールは物心ついたときから英雄オードルに武を学んでいたし、ユーアもまた天界で鍛えていたらしいからな」
「……ありがとうございます、レイザさん。でも、鼠衆会の脅威が近くまで来ているんです。俺も強くならなければいけないんです……!」
「なら頑張ることだ」
ハザールがレイザに励まされている傍ら、空を飛んでいるユーアがどこか遠くに目を向けている。そして、その方向を指差した。
「ーーー煙! 村がある! トルバさん達の村だよ、アニールちゃん!」
「なに!そうか、もう少しだな!」
アニールは急いで馬車に駆け寄り、御者台に乗る。
「みんな乗って!出るよ!」
馬が駆ける。ーーーそして、1年ぶりにトルバ達の村にたどり着く。
「……誰だ」
元はエイジリア王国の兵士だった、くたびれた村人が桑を馬車に向けて構える。だが、すぐにその構えを解くことになる。
「あれ、忘れたのか? 私だ、アニール・トカレスカだ」
「前にお世話になりました、ユーア・パステルスですー」
ユーアが馬車から顔を出して翼を広げ、アニールは顔の左半分の火傷を強調するように撫でる。それだけで村人の記憶が蘇り、桑を下げる。ハザールとレイザも下車し、アニール一行の全員が姿を現す。
「ああ、一年前の旅人か。エインヘスの件は世話になったな。……見知らぬ顔もいるようだが、用件は何だ?」
「私達はメドゥーエク街にてトカレスカ騎士団を結成した。騎士団の団長としてこの村の村人達にお願いしたいことがあってきた。まずはこの村の代表であるトルバ殿にお目通り願えないだろうか」
村人はアニールの言葉に唖然として口を開ける。
「……メドゥーエク街? エイジリア王国とヴェール連合国の国境付近の? まだ存続してたんだ……」
「はい、そうです。それで、トルバ殿とは……」
「ああ、そうでした。トルバ様はいま客人の相手をしていまして、貴方がたは少々お待ちいただけませんか」
「ーーー分かった。では、ここで待とう」
馬車の縁に腰掛けるアニールとユーア。レイザとハザールは村に初めて来たため、馬車の近くから村を見回している。
「……ここが、アルト殿がいた村。元エイジリアの兵士だらけ、か……」
未だ思うところがあるのか、レイザがぼそりと呟く。一方のハザールはメドゥーエク街を離れたことがないせいか外の世界の村が物珍しく、目を輝かせながら見回っている。
「すげえ、木の種類が違う! 咲いている花の色も違う! 土もなんだか違う……外の世界ってのはこうなってるのか」
はしゃぐハザールを見てアニールの頬が緩む。
「ハザールしゃんは嬉しそうだねえ。彼を連れてきて良かったねえ」
アニールの表情に気づいたのか、ユーアがぼそりと耳打つ。アニールは頷き、青空のもとを歩き回る二人を眺める。
やがて、案内役である村人ーートリシュルと名乗った体付きの逞しい男ーーがトルバの家のある方から走ってやって来る。
「客人の相手は終わった。次はあなた達だ、トカレスカ騎士団」
よし、とアニールが手を打って立ち上がる。皆がそれに続く。案内役トリシュルの後に続く一同だが、アニールは先ほどから抱いていた疑問をぶつける。
「なあ、村の人よ。この村に客人とは一体誰なのだ? 一年前は外界との交流などなかったのではないか?」
「今でも外界との交流はありませんよ。客人は……直に会えば貴女なら分かると思いますよ」
「……私なら分かる? どういうことだ?」
言葉の少ない案内者はアニールに多くを語らなかった。アニールは不満を表しながら、道中に咲いているコプシアの花を眺めて歩く。風に吹かれる中でアニールはふと、トルバの家のある方から歩いてくる者と目が合うーーー
(……魔女、か)
道の向こう側から歩いてくる者は大きなとんがり帽子を被り、様々な魔力回路を予め描いた幾何学的な氷色ローブを纏い、大きな紫色の袋を浮かせて持ち運んでいる。
(あれほど高位の術を扱えるなんて、まるでレイアス母さんみたい……ん?)
大きなとんがり帽子を深く被った人物がどんどん近くにやって来る。顔が見える範囲まで来て、アニールは叫んだーーー
「ーーーレイアス母さん?!」
アニールが突然叫んだのに皆が驚く。ユーアの白い羽が思わず舞い、レイザは伝説の名前を聞いて身構える。ハザールは何が起こったか分からず、狼狽える。
ーーー魔女レイアスが帽子のつばを持ち上げてアニールの顔を見る。
「レイアスだと?! あの伝説の遊伐者パーティーのひとり、氷創のレイアス?!」
レイザが分かりやすく叫ぶ。ーーーレイアスは各々が個性的な反応をするアニール一行を見てくすくすと笑い、アニールの前に立つ。
「アニール、1年と数ヶ月かね……。見ないうちに仲間が変わったね」
レイアスはユーアやレイザ、ハザールを順に見回してから言った。アニールは首を振り、少し違うと答えた。
「変わったのではない、増えたのだ。エルベンとイヴイレスは別の場所にいる。私はもはやただのアニール・トカレスカではない。メドゥーエク街とティール港町を守護するトカレスカ騎士団の団長、アニール・トカレスカだ!」
きりりと胸を張って答えるアニール。その自信満々な顔にやられたのか、レイアスが思わず噴き出す。
「ーーーあっはっは! 全く、凄いじゃないか。天使に光の民もいるね。……アニール、ほんとうに凄くなった」
アニールが氷色のローブに包まれる。抱擁されたのだ。しわの深い頬が緩んでいる。アニールもレイアスを抱き返し、しばしその場で抱き合っていた。アニールが引き連れている団員のことを思い出すとレイアスから離れ、団員たちの目を見る。
「ああ済まない、こちらは私を拾って育ててくれた親レイアスだ。自己紹介を頼む」
団員たちが横一直線に並ぶ。
「ユーア・パステルスです。天界から来ました。故あって騎士団に入団しました」
「光の民のレイザ・ティアーラ。光の里から大陸の調査任務で遣わされた身だが、アニール団長のやろうとしていることに共感して入団した」
「ハザールです。アニール様にはメドゥーエク街を救ってもらった恩があるけん、それをば返すために入団したっだ」
団員たちが自己紹介し終え、レイアスが目を輝かせる。
「まあ……ついにアニールも部下を持つようになったんだね。お母さん感心しちゃう」
「ところで話は変わるが、お母さんはトルバさんのとこに行ってたの? 何の用事で?」
「挨拶よ。アニール達がここに立ち寄った痕跡があったから来ただけ。戦争の前の世界を知る者同士、話が弾んだわ。……この村には私少し泊まるつもりだけど、アニールは?」
「私は騎士団長として来た。今、困難に当たっているから少しでも助力をと交渉に来ているんだ」
アニールの顔が曇る。交渉が成功する確証はない。成功するかどうかでメドゥーエク街、ひいては騎士団の命運が左右されかねないのだ、今のアニールは肝が冷えている。
「そっか。じゃあ私は離れてるね。また後で」
「うん、また」
レイアスがその場を離れる。その後少し歩いて、アニール達はトルバの家の前に立つ。
ごくり、とアニールがつばを飲む。拳が汗をかいている。
「トルバ様、トカレスカ騎士団の団長アニール・トカレスカです。お目通りお願いしたい」
ガチャリ、とドアが内側から開けられる。
(ーーーさあ、交渉の時間だ)
心のなかでアニールがそう呟いた。




