魔獣掃除 道を切り拓くものたち
ーーーそして、メドゥーエク街とティール港町を結ぶ街道を再び切り拓く日がやって来た。トカレスカ騎士団は街を警備する10人余をメルカ教団に任せ、西門に馬車が集結する。街の人達もトカレスカ騎士団を見送るために集まってきている。
「ここからティール港町までの日程は1週間半を想定する。復路は4日。併せて2週間、我々は街道上の魔獣を退治する任務に出る。……メルカ教団の方々、メドゥーエク街の守りはお願いします」
「……フン。そう上手くいくものか、見ものですね。せいぜい失敗することのないように励みなさい」
キティル大司教は鼻を鳴らし、見下したような口調でアニールを見下す。それを気に介さずアニールはメドゥーエク街に防衛要員として残した約10人に目を向ける。その者たちは自分の司令官が街を開けることを危惧してか表情が頼りない。
「大丈夫だ。メルカ教団は味方だ。彼らのおかげでメドゥーエク街の防壁の修復も進み防衛兵器の建設も進んでいる。彼らを頼りに、約2週間街を守ってほしい」
メルカ教団とトカレスカ騎士団の不和は承知の上で念押しにアニールが彼らを励ます。その言葉に覚悟を決めたのか、約10人の防衛要員が表情を正し背筋を伸ばす。
「「「はい! メドゥーエク街は我らにお任せを!」」」
「よし。では、我々は出立する!」
アニールが馬車に乗り込み、トカレスカ騎士団の馬車の群れが動き出す。歓声に背を押されながら、馬車の群れの姿は森の彼方へと消えていく。
アニールの乗っている馬車の中で、10人の団員がそれぞれの得物を身に着けながらアニールの言葉を聞く。
「事前の打ち合わせ通り、我々は3班に別れる。旧街道の左側面をイヴイレスが、旧街道中央を我々団員班が、右側面をエルベン班がそれぞれ担当する。……皆、これ以上の疑問はないか?」
団員たちはお互いの顔を見合わせ、それぞれに疑問がないことを確認する。その中で唯一手を挙げたものがいる。レイザ・ティアーラだ。
「アニール団長。もし我々の班が壊滅しそうになったらどうすればいいのだ」
「のろしを上げ、他班に助けを求める。そうしたら掃討作戦は失敗として、他班に助けられた後全員でメドゥーエク街に撤退する。これでいい?」
「……分かった。 なら、これ以上訊くことはない」
そう話すレイザは、なんだか目が窪んでいるようだった。
「ーーー前方に魔獣を確認。ヌガの群れです。既にこっちに気づいています」
かつての街道とは名ばかりの、真新しい木がそこかしこに生えているその場で、アニール班が次々と下車する。ヌガ達が警戒する前で、アニール班が立ち並ぶ。アニールはいつもなら先陣をきって魔獣の前に立つのだが、今回は違う。
「皆、私の指示通りにせよ。4人の弓兵を6人の槍兵で蹄鉄状に囲んで守れ。なるべくヌガを近づけさせずに倒すのだ。私とレイザは邪魔にならない程度に遊撃をする」
(……団員は皆全てが私達のような魔獣討伐のスペシャリストというわけではない。むしろ、武器を持って興る前まではヌガ一匹さえ狩ったことのない者が多い。なら、柄の長い槍や遠くを狙える弓で敵を近づけさせないことが肝要になる。これはアルトさんが言ってたことだな)
アルトから学んだことを頭の中で反芻しながらアニールが命令をかける。槍兵たちは弓兵の射線を確保しながら前に立ち、弓兵たちが矢を射る。
ギャア、ウシャアアア……!!
矢を受けたヌガたちが倒れていく。アニール班を明確に脅威と判断したヌガたちが駆け出すも、訓練された槍の壁を抜けることができずに次々と貫かれていく。ここまででやられたヌガは数にして21匹。
ギャウギャウウッ!!
陣を敷いた団員たちには敵わないと判断したか、ヌガたちの生き残りが孤立するアニールに狙いを変える。
「……凄い。本当だったらヌガは大人一人でも苦戦するのに」
ついこの前までは武器を持たなかった団員たちがヌガを退治していくのに感心しながら、アニールは10匹もののヌガを斬り伏せる。ヌガに囲まれた血の海の上でアニールは静かに剣を納める。
「やっぱり強え、あの人は……」
「なんてったってあの最強の遊伐者オードルの弟子だそうだもんな」
他の団員たちが囃し立てる中、レイザだけは冷静に周囲を見回し、他に魔獣がいないか確かめる。それに気づいたアニールが重い声を出す。
「おい、武器を持つ者としての基本は周囲の確認と警戒だということを忘れたか。この半年間で教えたことだぞ」
団員たちがアニールの声にびくっと怯え、彼女の顔を見上げる。この半年間で、アニールが持っていたカリスマに磨きがかかり、威厳が増している。
「我々が今行っているのは任務だ。戦いだ。命を散らしたいのなら、そうして気を抜いていると良い」
叱り終えたアニールは再度周囲に気を張り巡らせる。視線を右から左に、地面から天空へ。風を感じながら、呪術で魂の在処を探知する。
「……どうだ、君たちはこの周りに魔獣がいると思う?」
索敵を終えたアニールが団員たちに声をかける。
「い、いません! 目視できる範囲では魔獣はいませんでした!」
「いや、いる。……ウインドランス」
アニールが投げた魔法の風の槍は樹の幹に刺さる。すると、そこから赤い血が流れて樹の幹に張り付いていた何かが地面にずり落ちる。
「カメレオニアがいたんだ。擬態能力と見破り方は教えたんだが……練習がもっと必要だな」
アニールはカメレオニアの死体を持ち上げながらレイザと共に馬車の中に戻る。初めての任務の出端で失敗を2度犯した団員たちはその場で自分を深く戒めようと得物を強く深く握りしめ、アニールの後に続く。
夜、野宿をするアニール班。焚き火に照らされる団員たちの顔に影が下りている。
(落ち込んでるな。士気が下がるのはまずいか……)
アニールもそれを察している。アルトの教えには、仲間の士気に気をつけろという警句もあった。だが、士気を上げる具体的な方法はアニールは教わっていない。団員の士気を上げようとしてアニールは思考の袋小路に嵌り、彼女自身の心も闇に落ち込み始める。
ざあっ……。
ふと吹いた風が団員たちの身を震わせ、アニールの頬を撫でる。ーーーそのときアニールの頭の中で光が興り、口が勝手に動く。
「♪風に吹かれ吹かれても尚立ち止まるな ♪雪に脚嵌まろうとも歩き続けろ ♪動き続けて求め続けた者のみに生は授かる ♪生を求めよ、そして動けよ黒き破壊と白き終焉を乗り越えし子孫たちよ」
それはルダーム・シェルトの千歌のうちのひとつだった。団員のひとりが歌に反応してアニールの顔を見る。
「今のは、千歌のひとつの『止まらぬ者たちに捧ぐキラウエアの讃歌』のひと部分だよな……? 俺、うろ覚えで」
「……! そうだよ、今の風が冷たくて、ふとこの歌が今の我々に合っているんじゃないかと思ったんだが、どうだ…?」
「いいですね! 何だか始まったばかりの失敗で落ち込んでるのが馬鹿らしくなりましたよ。まったく、千歌のいくつかは頭に入ってても自分で教訓には中々活かせていないですね」
団員たちの目に焚き火が映える。ルダーム・シェルトの”千歌”話題が持ちきりになる。
(ーーーそうか。”歌”か!)
アニールは今まで自分が覚え、歌ってきた”千歌”が明確に彼女自身の武器になると思い至る。右親指で唇を拭いながら、喉の奥を軽めに鳴らす。
「……なら、もっと歌おう。千歌のどれからがいいか?」
アニールは感じている。これから歌わんとする己の心の高潮と団員たちの心の高潮が同じに揃っているのを。アニールは思い出す、かつて一度だけあった祭りで、村人たちの心が音楽に導かれてみな同じ高みへと昇ったときのことを。
「団長のお気に入りからはどうでしょうか?!」
「承知した。 ……♪雪に閉ざされしこの星の地を歩く少年あり♪彼の者は白き熊退けて唯一の緑の地へと民を導いた♪叫べ、彼の者の名は……♪」
皆が火を囲んでルダーム・シェルトの音楽を楽しむ中、ただひとりレイザだけは木陰で瞳を落としていた。




