始まりを告げる剣
村を出て一時間後、森の中をアニール達が馬車を進めていると数人の男が野宿をしているところに出くわした。人だ、とイヴイレスが声を上げると男たちはアニール達に気づき、起き上がる。アニールとエルベンが降り、イヴイレスが御者台から飛び降りて恭しく挨拶をしようとする。
「こちらはイヴイレス・シャンダル。騎士団設立のため、旅をしている者です。良ければ、あなた方のことを教えてくれませんか」
すると男たちは、クックッ、とほくそ笑んで地面に寝かせてあったそれぞれの得物を手に取る。
「馬車に馬に、女ひとりか。最近何も食ってなかったし、何の娯楽もなかったから助かるぜ」
さっきまで野宿していた男たちは、今まさにアニール達から略奪しようとしている。———野盗である。
「! 貴様ら、我々から奪おうものなら容赦せんぞ!」
「イヴイレス、妙な気配がする。ここは私が出るからイヴイレスとエルベンは後に備えて。……これが我々の初陣か」
左半身が火傷で覆われ、左目がやや垂れ下がっているアニール。そんな彼女がイヴイレスを手で制し、剣を抜く。野盗どもは5人。森がざわめいている。その妙な風をアニールは肌で感じながら野盗どもに立ち向かう。
「おいおい、女が手向かってくるのか。醜い火傷女だけどせっかくだからいただいてやろうってのに、わざわざ命を捨てるマネすんなって」
「「「「「ガハハハハハッ!!!!」」」」」
野盗どもが軽口を叩き、全員で爆笑する。それを意に介さずにアニールが歩を進める。野盗どもまで距離が10歩、9歩、8歩……。
「醜い、か。エルベンは褒めてくれたぞ」
刹那、野盗どもの中で一番前に出ていた男の首に穴が開く。4歩分の距離になったところでアニールが神速とも見まがう速さで右足を踏み込み、右手で剣を突いて貫いたのだ。
「?! ……っ、グハ……!」
貫かれた男が前のめりに倒れる。首に空いた穴から血が地面に染み込む。
「?! このアマーーーっ!」
二人の野盗がアニールを挟撃すべく剣を構えて左右から走ってくる。———左から走ってくる方がやや姿勢を崩している。それを見極めたアニールは姿勢を真っすぐに正して剣の柄を胸のところに持って刃を上にして構え、相手の突進を待つ。野盗二人がアニールに対して同時に斬りかかる!
―――野盗二人がアニールを斬った、と思ったとき、アニールは既に左に回り込んで剣を平らに振り始めていた。女に避けられたと気づいたとき、左側の野盗は頭が胴体から離れていた。アニールはすかさずたった今できたばかりの屍を右側の野盗に向けて蹴り飛ばす。
「……なっ?!」
そこでようやくもう一人の野盗がアニールの存在に気付く。だが、野盗仲間だった屍に押し込まれて地に倒れてしまう。
「死んでくれ。その方が世のためだ」
その言葉がアニールの口から出るのと同時に、アニールの剣がもう一人の野盗の左胸を正確に貫く。アニールはすかさず遠いところにいる、残った二人の野盗に目を向ける。
「ひっ……弓だ! 弓で射れ!」
残った二人の野盗が怯えながら弓を射る。一方、アニールは全身から魔力の源である”マナ”を放出し始めている。
「———実は魔法を人に向けて使うのは初めてなんだ」
アニールが自身の周りを囲うように、手で宙をなぞって真円を描く。手がなぞった跡に白い魔力の線が引かれ、アニールの胴体を白い魔力の円”魔法円”が囲う。野盗どもの怯えた矢はアニールに当たらずに飛んでいく。
「———雷撃よ、迸れ!」
アニールが”魔法円”から野盗ふたりに向けた白線を指で引く。円からはみ出た線の先っぽに黄色いマナが集まり、スパークが走り、———雷光が瞬いた。雷が二人の野盗に命中し、二人は真っ黒に身を焦がして地面に倒れる。
アニールの勝利だ。五人の野盗の男どもをたった単騎で、女の身でねじ伏せたのだ。だが、アニールはまだ警戒を解かない。———そのアニールの前方に、エルベンとイヴイレスが立って剣を構える。
「頼んだよ、二人。やばい魔獣がやってくる!」
「「おう!!」」
二人の声が合わさってアニールに応え、その眼差しは前方のみに注がれる。やがて森の中から巨大なトカゲが身を表す。全身がマナのこもった鱗に覆われ、目が血走り、口には数多の血痕が重ねられている。
「こいつは魔獣のなかでも一回り強いヤツだ。気を抜くなエルベン!」
「分かってる! イヴイレスは魔法で鱗を貫け!」
イヴイレスが”魔法円”を彼自身の周囲に描き、エルベンが巨大トカゲに突進する。巨大トカゲが右腕で薙ぎ払い、エルベンが剣の腹でそれを受け止める。———エルベンは吹き飛ばされながらも姿勢を崩さずに足で捉えた地面に直線の跡ができる。
「やはり雷撃が良いか。———いけ」
エルベンが作った隙を突いてエルベンが”魔法円”から巨大トカゲの方へ線を引き、雷が迸る。
グギャアア! ……ギャオオオオ!!!
「! ……やっこさんまだ倒れねえぜ!」
そう叫びながらエルベンは再び巨大トカゲに斬りかかる。今度は巨大トカゲの攻撃を見極めて受け流す。尻尾の薙ぎ払いを剣の腹で受け流し、爪の斬撃を弾き、突進には紙一重で身を躱す。
「アニール! ”声振”を頼む! ”唄って”くれ!」
「ーーーわかった! いくよ!」
―――声振。それは、空気の振動を一定の波数に整えることで”マナ”の通りを良くする技術だ。このソルドラス大陸において古から伝わる宗教の歌のいくつかは空気の振動を一定の波数に整えるようにできている。アニール達の故郷の村に伝わる宗教”ルダーム・シェルト”の”千歌”もそうである。
「”狩人の音符”を選ぶ! ~~~♪獣仕留めらば歌歌え 剣磨き 矢数えて弓を直せ 傷をオトギリソウの塗薬で塞げ 誉れ高き狩人を褒め称えよ♪」
アニールの澄み渡った声が一気にその場に広がる。エルベンがひたすら巨大トカゲの攻撃をさばく音も置き去りになり、ただその場の耳ある者すべての耳がアニールの歌声で満たされる。
「……これ、これ♪ 俺も一発かますか!」
言うやエルベンは剣を片手に持ち替え、空いた片手を巨大トカゲに向ける。”魔法円”を使用しない野性の魔法が今放たれる。
「”ショックウェーブ”!!」
”声振”によって”マナ”の集まりがスムーズになったおかげでエルベンの魔法の威力が上がり、純粋な衝撃が巨大トカゲの頭の鱗にひびを入れる。巨大トカゲは仰け反り、後ずさる。
「! ———いまだ、雷撃っ!」
イヴイレスは再び”魔法円”に線を引き、さっきのよりも巨大な雷閃が巨大トカゲの頭を直撃する。鱗は完全に割れ、そこから膨大な量の電流が流れ込む。脳が機能不全に陥ったのか、巨大トカゲは地面に伏して痙攣を繰り返すだけになった。
「———やった。 我らが騎士団の初勝利だ!」
それを叫んだのは、アニール・トカレスカ。左半身が火傷で覆われて左目がやや垂れ下がり、戦争の傷跡が深く刻まれたアニールだった。
「俺たちの秩序はここから始まる!」
「ふっ、まだ何も成し遂げていないというのに貴様らは」
エルベンは快く笑い、イヴイレスは口の端に笑みをこぼす。
魔獣と人間の死体をその場に残して、彼らは喜び合うのだった。
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”魔法円”:この世界における”魔法”の技術の基本。”魔法”は”回路”を介することで威力を高めたり方向を定めたり、特別な効果を加えることができる。”魔法円”は”回路”の技術の中で最も基本的なものである。その昔、”魔法円”の優れた魔法使いは戦場を覇したという―――
”声振”:空気の振動を一定の波数に整えることで”マナ”の通りを良くする技術。ソルドラス大陸においては、古から伝わる宗教の歌のいくつかに空気の振動を一定の波数に整えるようにできている歌が伝わっている。魔術を使った儀式で歌ううちに偶々見つけた技術が年代を経て洗練され、いつしか戦場をも支配するようになった―――