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ジークハルトとの別れ

 二人がそんな話をしていると、急にビルギットが泣き出した。カリーナは「ひどいですぅ」と、涙声でそう言ってしゃがみ込んでしまった。

「ビルギット、カリーナ? どうしたの?」

 涙を拭い二人に声をかけると、二人は涙を流しながらヴェンデルガルトを見つめた。

「私は、ずっとヴェンデルガルト様に付いて行きますと何度も申しています。私を連れて行って下さらないのですか?」

「私は、身寄りがありません。ヴェンデルガルト様のお世話をする事だけが、生き甲斐です。私もビルギットも、一緒に連れて行って下さると思ったのに」

 ビルギットがそう言えば、カリーナもそう続けた。驚いたのは、ヴェンデルガルトだ。

「だって……二人は行った事がない、南の国よ? ここで生活するのと、随分違うわ。私の我儘に、あなた達を巻き込むなんて……」

「私たちは、ヴェンデルガルト様のお傍にいたいんです。南の国に連れて行ってください」

 二人は声を揃えて、泣いていた。困ったヴェンデルガルトがロルフに視線を向けると、彼はそれが当然だという様に笑った。

「俺達三人は、ヴェンデルガルト様と一緒に南の国へ行きますよ。あなたがいる場所が、俺たちの居場所です」

「ビルギット、カリーナ!」

 ヴェンデルガルトが、椅子から立ち上がりメイド二人に抱き着いた。そうして三人で笑いながら涙を拭き合った。その様子を眺めながら、ロルフが全員分のお茶を用意してくれた。



「――そうか」

 レーヴェニヒ王国の使者と面会をして、ヴェンデルガルトはジークハルトに南の国に行きアロイスの花嫁になると申し出た。ジークハルトは、それしか言葉が出なかった。

 ジークハルトは、南の国でアロイスとヴェンデルガルトの心の繋がりを見ていた。アロイスが目覚めたならこうなるだろうと、諦めたような予想をしていたようだ。深いため息が、彼の失恋を表していた。

 しかし、彼女が選んだ道だ。バルシュミーデ皇国の第一王子として、彼女を送り出さなければならなかった。咳払いをして、言葉を選んだ。

「君がこの国を出ると、あちこちで騒ぎになる。準備は慎重にして、国を出ると良い。支度金などは、十分に用意をする。ロルフとビルギットとカリーナを連れて行く事も、承知した。君たちがバーチュ王国に到着してから、城の者や各貴族、並びに民たちに知らせよう――俺以外の他の薔薇騎士団団長たちには、国を出る前に報告をした方がいいか?」

 真っ直ぐにジークハルトは、愛しいヴェンデルガルトを見つめた。「行くな」、そう何度も止める言葉が出そうになる。だが、愛した女性には幸せになって欲しかった。自分が彼女を縛り付けてはいけない。彼女が選んだ道を、自由に羽ばたいて欲しい。

「出来るなら、秘密にしていただけないでしょうか。南の国へ行き落ち着いてから、私から皆様にお別れの手紙を送ります。会ってお話をすると、行く事を躊躇ってしまうかもしれません――ここは、居心地が良すぎて……まだ、離れる事が心残りなんです」


 二百年の眠りから目覚めてから、みんな自分に良くしてくれていた。彼らに心がときめいた時もあった。中途半端な気持ちで、別れの言葉を言いたくはなかった。アロイスに会って、改めて彼と添い遂げる決意が出来たら「ありがとう」と彼らに伝えたい。心から愛せる誰かと出逢えたのは、ジークハルトと彼らのお陰だからだ。

「日程が決まりましたら、改めてジークハルト様にご連絡いたします。ジークハルト様……本当に、お世話になりました。あなたは、いずれこの国を背負うお方です。大変な事があるかもしれません。ですが、離れていてもヴェンデルガルトはジークハルト様がいつも誇り高くいらっしゃる事をお祈りしています」


「……っ」


 ジークハルトは、優しく微笑んだヴェンデルガルトの身体を引き寄せて強く抱き締めた。この甘い香りは、もう嗅ぐ事が出来ない。柔らかな金色の髪と、優しい金の瞳ももう自分のものではない。自分以外の男に彼女が笑いかけるのを、許せない自分が情けない。


「――こんな事を言うのは卑怯だと分かっているが、今だけは言わせてくれ。ヴェンデルガルト……あなたを、心の底から愛している。他の男には渡したくない……だが、同時に君には幸せになって欲しい。だからアロイス王子に、あなたを託す。これから俺は……多分君以上に他の女性を愛することは、出来ないだろう。しかし俺も、北のこの国から君が笑顔でいる事を願っている――愛している。だけど、さようなら。愛しいヴェンデルガルト。元気でいてくれ」

 ジークハルトの腕の中で、ヴェンデルガルトは泣きそうになるのを耐えた。こんなにも愛してくれる人を選ぶ事が出来ない、その事が申し訳なく思えた。でも、ヴェンデルガルトはアロイスを選んだ。彼の傍にいたい。


「ありがとうございます。あなたの愛を、私は忘れません」


 ジークハルトの逞しい身体を抱き返して、ヴェンデルガルトは切ない吐息を零した。もう、彼女の歩む道は決まった。後戻りは出来なかった。


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