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挨拶


「人違い?」


きょとんと瞬きをして目の前の男はオウム返しした。


「わ、私は貴方のことを思い出せないんです…!」


「ああ、そういうことか」


あわあわと必死な私に反して、私の言葉に怒るでも悲しむでもなく、彼は得心したように頷いた。

事実なら法則無視のとんでもないことをしてくれたくせにそんな軽いのか。


「無理もない。過去君に会ったのは3回だけだし、お互いにまだ子どもだった」


「子ども…?何年くらい前のことですか?」


「最後に会った3回目は10年前だ。でも面影が残ってる——俺には君だと分かる」


「10年…」


10年前の夢なんて全部覚えてるわけがない。しかもたった3回しか会ってない相手なんて。ただでさえ夢なのだから、無理ゲー過ぎる。私は悪くない。


「それに君の名前はアヤだろ?人違いじゃない」


確かに私の名前で間違ってはいない。

だが幸いにもこの犯人は一応まともそうだ。この際目的を確認した方がいい。


「それで、私は何をすればいいんですか?何を求めてるんですか?何か達成したら帰してもらえますか?」


「帰す?帰す気はないよ」


「え…」


即答で希望を潰された。もう少し思いやりはないのか。


「だってアヤを俺のものにするのが目的だから」


「はい?」


愛想下手な私としては見本としたい程にっこりと素敵に笑いながら、彼はさらっと何か変なことを言った、気がする。

一応まともそうだと思ったけれど前言撤回、そもそも罠を仕掛けて他所から人を連れてくる人間がまともな訳がない。


「色々と整理の時間が必要だろう。今日はまずゆっくり休んだ方がいい」


まともではなさそうなのに彼は私に優しくそう言うと、住職の方に顔を向けて続ける。


「俺たちはこれで失礼するよ、お礼は今度でいいだろう?」


「どうぞ。お気をつけて」

犯人の言葉に住職は淡々と返答する。共犯とはいえ仲がいいわけではないのかもと思ったが、住職は犯人の周囲にいる人たちが嫌なように感じた。

出て行って欲しいのだろう。



住職の反応を気にすることなく、犯人にさあ行こう、と手を引かれて立ち上がる。

立ってみると思いのほか背丈があるのだと気付く。このままついて行くのは出来れば遠慮したいが、まだ完全に状況を把握していない今、下手なことはしない方がいいだろう。

逃げようにもどこに逃げればいいのかも分からないし——武器持ってるし。扉近くに待機している護衛みたいな人たちもいるし、言うまでもなく彼らも帯刀している。


広間から外に向かいながら、彼はニコニコと笑いながら話しかけてきた。


「覚えてないそうだから改めて自己紹介。俺の名前はリディス。ひとまず俺の屋敷まで案内するよ」


「…よろしくお願いします」


住職の罠とやらを解除する方法が分からない今の私に、選択肢などなく受け入れるしかない。

ただ、”リディス”という名前はどこか懐かしく感じた。

懐かしく感じることを不思議に思うも、外の景色の中で動くものに意識が奪われた。


「馬…」


寺の玄関らしき所から外を見やると馬が数頭並んでいた。

牧場見学や乗馬体験以外ではめったに会うことのない馬に、心なしかテンションが上がった。

そのまま観察してみるとほとんどの馬が茶毛だが、一頭だけ黒毛で馬具の質がやたらいい。なんとなくこの黒毛の馬がリディスのではと予想した。

先ほどの広間で扉の側で待機していた数人の人たちは今は一緒に寺の外にいる。その人たちが明らかにリディスの指示にしたがって動いているのだから、リディスはそれなりの権力を有しているのだろう。


「馬は苦手?」


近距離からの声に顔を向ければ、指示出しをしていたリディスが目の前に立っていた。玄関は一段高くなっていることもあり、私の頭一つ分の高さだった顔がほぼ目の前で。必要以上の近さに一歩距離を取りながら答える。


「いえ、むしろ大好きです。普段見ないので思わず観察してしまいました」


「そういえば昔、移動に馬は使わないと言っていたね。靴がないようだから少し失礼するよ」


「え」


たった3回しか会ってない相手との昔の会話をよく覚えているなと感心していると、段差の助けもあってリディスは屈むことなく私の背中と膝裏に手を当てると持ち上げた。

突然の視界の変化と体勢に頭が真っ白になっている私を置いて、リディスは気にせず歩いて玄関から離れる。続く浮遊感に驚いている内に、黒毛の馬に横向きに乗せられていた。

ぽかんと、とっさに鞍の端を右手で掴んで馬上から地面を眺めていると、乗っている馬が若干揺れて左側にまた人の気配。リディスも馬に乗ったのだ。


「い、一緒に乗るんですか?」


「アヤは一人で乗れないだろう?」


「一応最低限の乗馬は教わったことがありますけど…」


「そうなの?残念だな。でも予備の馬は連れてきてないし、裸足で鐙を踏ませて怪我させるわけにもいかないから。このまま行くよ」


乗馬を教わっていて残念と言われたのは初めてだ。何が残念なのか分からないが、移動手段を持たない自分がうだうだ言って迷惑をかけるわけにもいかない。しかもご指摘の通り現在私は靴がない。———着ていたものが袴に変わった時に不要だった履物が消失したようだ。分かりましたと頷いて、右手の鞍をしっかりと掴み直した。


「俺に凭れてくれていいよ」


腰に手を添えたリディスにゆるく引き寄せられるが、彼の胸に軽く手を当てて体を引いた。


「…お気遣いありがとうございます。でも、遠慮しておきます」


「そう?疲れたらいつでも凭れていいから」


「はい」


適当に返事をして進行方向を向くと、リディスが馬を軽く走らせ始めた。あまり速度を出さないのは、これまでの態度的に自分を気遣ってくれているんだろう。馬上の景色は新鮮だ。

寺は雑木林と竹藪に囲まれて、門の前に長い道が真っ直ぐ下り坂に伸びていた。この寺は結構高所にあるのかもしれない。

揺れる視界に移る風景を見て気付いたのは、移動中の場所が自然豊かというだけでなく、この場所自体元の場所と文明や文化の差がありそうだということだった。

林を抜けて視界が開けても今度は丘があり、周囲に建築物が見当たらない。草は刈られているようだが道は舗装されておらず電柱もない。電気がないのかもしれない。


——というか世界自体が違う気がしてきた。


日本と海外とか、そういう次元ではない。地球と未知の惑星くらいの差というか。

異世界?夢の中の世界だからまあファンタジー要素とかあっても不思議じゃないけれど。そもそも夢の中が現実になるってこと自体がやはりおかしい。物理的に無理がある。意識だけでなく体まで夢の中に入るなんてことあるはずがない。それは夢とは言わない。

あの住職は「後で」と言っていたけど本当に教えてくれるんだろうか。


「アヤ」


無意識に考え込んでいると、リディスの声で我に返った。


「もうすぐ街に着くよ。ほら」


左側から伸びてきたリディスの指が差す方に目をやれば、石造りの壁にぐるりと囲まれた中に街並みが見えた。観光雑誌の写真で見るような欧州の雰囲気に近い。この距離であの大きさなら結構大きい街のようだ。所々に家というより立派な屋敷が見え、奥には一番大きい屋敷が見えた。街というより都市?


「あの街の中に俺の屋敷がある。もう少し我慢して」


「はい、大丈夫です」


我慢も何も、呼び出した当人とはいえど、ここにきてまだ間もない正体不明なはずの自分をここまで気遣ってもらっているのに、あるはずがない。

そして状況的に当然と思いつつも、リディスに信頼を寄せれない自分に何故か少しの罪悪感を覚えた。



*******************************************



街の中へ続く門を通るとき、所謂門番だろうか、警備の人たちがリディスに対して丁寧な礼を取ったことで薄々と感じてはいたけれど、認めたくなくてスルーしていた。

門を抜けた後は街の中心から外れて人気のない道だったのもある。しかし確実に大きな建物に近づいていることに気付き、途中できゅっと脇に逸れて普通の民家に向かってくれないだろうかなどと思っていたのに。


そんなささやかな願い虚しく、馬は順調に道を進み街の中で一番大きな建物の敷地の中で止まった。これは屋敷の規模じゃないと思う。


「お疲れ様」


先に馬から下りたリディスが労りながら馬から降ろしてくれる。

乗っていただけですが。言葉を飲み込んでされるがまま、リディスの腕の中である。

自分の体重はよく知っているからいたたまれない。裸足で地面でも私は気にしないのでリディスの腕からも下ろして欲しい。


「あの…そろそろ下ろして…」


「嫌?」


「嫌とか以前にですね、重いでしょうから。私は裸足でも歩けますし」


「嫌じゃないならこのままでいいよね。俺はアヤを裸足で歩かせたくない」


「ではここで待たせてもらうので何か履物を貸してもらえれば…」


「アヤの足のサイズがまだ分からないし、二度手間になってしまうだろ?」


「あ」


そうかこちらのサイズ基準が違えば、普段の私の靴のサイズを言っても通じないのかもしれない。

何て言い繕えば下ろして貰えるのだろうと口を噤んでしまった。


「部屋に案内するよ」


そのタイミングでリディスは勝ったと言わんばかりにまた屋敷の入り口へと歩き出す。


「お帰りなさいませ」


「ただいま。頼んでいた部屋の準備は?」


「整っております」


白色が混ざって灰色の髪の年輩と思われる男性の出迎えに、リディスは何の気負いもなく声をかける。

確定だよね、執事と主人の関係だよね、リディスは主人の立場だよね。そんな立派な場所にこのまま私お邪魔するの胃が痛いんですけど。

しかもこの横抱きにされた状態でとかもう羞恥心を抑え込むのもそろそろ限界かもしれない。


「行こう」


「あ、はい」


お邪魔する身としては菓子折りと共にご挨拶をさせていただきたいところなのだが、いかんせん手ぶらだし、リディスはお構いなしに歩き始めてしまった。

仕方なくリディスの腕の中から会釈だけして失礼させていただいた。あとできちんと挨拶をする時間があるといいけれど。

というか何だろう、微笑ましいものを見るような目だったのがすごく気になる。


広いホールの階段を上がって長い廊下をしばらく進むと突き当りの部屋の前で歩みが止まった。


「ここの部屋を使って」


突き当りの部屋の手前のドアを私を抱えたまま器用に開けて中に案内される。

部屋の中の椅子に下ろされて、室内をくるりとひと目見ておかしいと気付く。小部屋を貸してもらえるのだろうかと思っていた私は部屋の広さに驚いてしまう。


「この部屋、広すぎませんか?」


「そう?」


「お邪魔させてもらう立場なので、こんなに立派な部屋でなくて最低限の部屋でも十分ありがたいです」


「——今はまだ俺の客人の扱いになるけど、それでも客人を最低限の部屋に案内するわけにはいかない。俺の面子の為にもこの部屋を使ってほしい」


「…分かりました。ありがとうございます」


困り顔でそう言われてしまっては断りようがない。

同じくらいの年齢と思ったが、想定よりもしっかりしているようだ。

こんな屋敷に住む立場の人なら当然なのかもしれない。


「着替えは部屋にあるものを好きに着てくれて構わない。風呂も部屋についているから勝手に使ってくれ」


「お風呂…ここ、ガスがあるんですか?」


意外と同じ文明機器があるのだろうかと期待が膨らむ。


「ガス…?」


「ガスでお湯を沸かしているんじゃ?」


「いや、魔石を使っている」


「ませき…?」


期待が萎んでいく音がした。


「念の為、使い方を教えておこうか?あとで侍女を寄こすから侍女に任せればいいと思うけど」


しかもなんか当たり前のように変なこと言い出した。


「侍女!?いえ!あの、結構です。そもそもお風呂の面倒を見てもらうなんてそんな申し訳ないこと出来ません。自分のことは自分でやりますので使い方を教えていただけると助かります!」


まさか本の中のお貴族様のようにメイドに体を洗ってもらうことになるのかと慌てて首と手を振った。


「?……もしかして身の回りのことを他人にされることに抵抗がある?」


「はい、そうです。お気遣いはありがたいのですが…」


しばし不思議そうに首を傾げたリディスは意外にもすぐにこちらの意図を汲んでくれた。「そうなんだ」と特に気にしたそぶりもなく頷く。


「なら、取り合えず室内の使い方を教えておくよ」


そして生活基盤の違いを考慮し、説明の為に浴室から順に案内してくれた。

浴槽に蛇口とシャワー、欧米式の浴室と変わりはないことに少しほっとする。日本式でなくても見知った形式であるだけとてもありがたい。上下水道も整っているようで、動力源が違うだけのようだ。


「色々とありがとうございます。使い方は多分大丈夫です」


「うん、ゆっくり休んで。食事の時間になったら呼びに来るけど、何かあればそこのベルを鳴らしてくれれば誰か来るから」


「分かりました」


礼を述べるとするりと頭を撫でてリディスは部屋から出て行った。

1人になって、ふうと息を吐く。

夢にしては現実味があり過ぎる。住職の言葉を信じるなら、やはり夢ではないということなのか。

まだ分からないことだらけではあるものの、まずは気持ちを切り替えようと浴室に引き返した。



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