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むかし助けた小学生がオトナ【18歳】になったからお嫁さんにしてと迫ってきました。

作者: せりざわ

 その日、25歳のおれは真っ昼間から公園のベンチに座りこんでいた。つい最近まで満開の桜で賑わっていた公園は嘘みたいに静まり返っている。


 見上げた空はどこまでも青く、白い雲はのんびりと横切っていく。

 なのになんだっておれはリクルートスーツを着てこんなところにいるんだ。


「ああ────働きたくねぇ……」


 それもこれも大卒で入社した会社が超絶ブラックだったせいだ。サービス残業は当たり前、人を人とも思わない上層部に酷使されて身も心もボロボロ。月末付けでの退職を申し出たら余計な社会保険料払いたくないから月末の一日前にやめろ、と突っ返してくる有り様。ありゃもう狂ってる。


 まぁそんなこんなにブラック会社を抜け出したおれだったけど、なかなか次の仕事か見つからずアルバイトで食いつないでいた。給料は安いが責任もプレッシャーもない軽い仕事だ。もうしばらくこのまま過ごそうと思っていた矢先、父親が脳梗塞で倒れた。一命はとりとめたが仕事はできない。母親はパートだ。先を思えば不安が募る。


 という事情で一念発起して二度目の就活をはじめたのだが……。


「おれってそんなにダメなのかな」


 ついさっき届いたお祈りメールで十四連敗だ。あと一時間後に十五社目の面接があるが雲行きはあやしい。というよりすっかりモチベーションが下がってしまった。


「一体どこで間違ったんだろうな人生……」


 あたたかな日差しに包まれていると眠くなってくる。

 そっと目をつぶる。このまま眠ってしまいたい。いやダメだろ。面接に行かないと。あぁでも……。



「おにいさん」



 涼やかな声がした。

 まさか自分に向けられているとは思わず、ぽん、と肩を叩かれるまで意識が遠のいていた。


「おにいさん、こんなところで何をしているんですか?」


「ふへ? あ、なんだよ? おれ?」


 目が合った瞬間どきっとした。

 だっておれの顔を覗き込んでいたのはとんでもない美少女だったのだ。


 腰まで届く黒髪ストレート。ほんのり桜色に染まった頬と潤んだ瞳に吸い込まれそうだ。

 濃紺のジャケットと赤チェックのスカートはこの近くにある格式高いお嬢様高校のものだ。


「こんなところで寝たら風邪ひいちゃいますよ、陸斗りくとおにいさん」


 佐伯 陸斗。おれ名前だ。でもおれは彼女を知らない。


「私のことを覚えていませんか?」


「まったく」


「もう。仕方のない人ですね、陸斗おにいさんは」


 ポケットから取り出したのは学生証だ。

 三年二組、葉山 佐奈。学生番号1922xx……。


「え……と、葉山さん。どこかでお会いしたことが?」


「誕生日、見てください」


 ずいっと鼻先に突きつけられた学生証には生年月日が綴られていた。

 四月二十二日。今日の日付だ。


「私、十八歳になったんです」


「──あ、うん、おめでとう」


 なんだか分からないがパチパチと拍手してみた。


「ありがとうございますっ!」


 彼女──佐奈ちゃんは照れくさそうにほほえむ。


「まさかこんなことがあるなんて。まさに運命の悪戯だと思いません?」


「なにが……?」


「ご存じのとおり法律の改正で女子も男子も十八歳で結婚できるようになりました。私は今日からオトナなんです。──だから約束どおり私と結婚してください。陸斗おにいさん」


「…………はぁぁあああああああああ!!??」


 驚いた鳩たちが一斉に飛び立っていく。

 しかし彼女だけは微動だにせず、聖女のような微笑みを浮かべておれの前に佇んでいる。


「陸斗おにいさん、私のこと忘れちゃいました? あれは11年前──」



   ※   ※   ※



 ──さかのぼること11年前。


 14歳、中学2年のおれは同じ公園の同じベンチで盛大なため息をついていた。当時新しく作られたばかりの公園の桜の苗木はまだ棒きれみたいに頼りなく、棒やロープでなんとか支えられているよな状態だった。


 塗って間もない真っ白なベンチにもたれていると自然と涙が出てきた。

 この直前、おれは勇気を振り絞って片想い中の同級生に告白したのだった。答えはNO。内緒でおれのダチと付き合っていたのだという。


 アイツ、そんなこと一言もいってなかった。

 もうなにも信じられねぇ。


 途方もない絶望に襲われた。


 「これからも友だちでいようね」と彼女は言ってくれたけど、明日からどんな顔をして彼女とダチに会えばいいんだ。大切なものをいっぺんに二つも失ったのだ。どう立ち直ればいいのか分からない。


 もう消えてしまいたい。

 叶うのなら、テキトウな電車に飛び乗って終点まで居座ってたどり着いた町で名前を変えて生活したい。そんなこと中学生のおれにできるはずがないけど。勇気もないし。ここまで育ててくれた親に迷惑かけたくない。


 ああ。見上げた空はどこまでも青い。憎いぜ。涙が目に染みるじゃないか。


 その時だ。声がした。


「おにいさん、ないてるのー?」


 ピンク色のランドセルを背負った女の子が傍に立っている。黒い髪の毛を左右で結んだ目のくりっとした女の子だ。ピカピカのランドセルからしてまだ新入生。


「なんでもねぇよ、見るな」


 顔を背けた。

 子どもに目撃された恥ずかしさと虚しさのせいだろうか、思ったより低い声が出てしまった。


 しまった。ビビらせたかもしれない。

 ちらっと様子を窺うと女の子はまだ傍にいた。むしろさっきより近づいている。


「さなのハンカチ、かしてあげる」


 目の前にまっしろな木綿のハンカチが差し出される。きれいに畳まれて「さな」と赤い文字が縫いつけてあった。


「いらねぇ。泣いてねぇし」


「泣いてたもん。さな、見てたもん」


「だから泣いてないって言っただろ!」


 でっかい声が出た。

 しまった、と思ったときには女の子の目にはたくさんの涙がたまっている。


 まずい。公衆の面前で女の子を泣かすなんて他人が見たら警察沙汰だぞ。


「ごめん、悪かったよ。言い過ぎた。このとおり!」


 パンッと手を合わせて頭を下げる。そもそも向こうから声をかけてきたのになんでおれが……。


「んっ……いいよ」


 いまにも大泣きしそうだった女の子はごしごしと目をこすってランドセルを背負い直す。

 こんな小さいのに泣くのを我慢できるのか。強いなぁ。


「じゃあもう泣かない?」


「泣かない泣かない。泣きません。だからハンカチはいらないぞ。無理やり取ったと思われたらイヤだから」


「……よかった」


 にっこりと笑う。

 まったくもう、すっかり毒気を抜かれてしまったじゃないか。


「おにいちゃん、お名前は?」


「陸斗だよ。り・く・と」


 足元に転がっていた枝を拾って地面に「陸斗」と書いた。念のため「りくと」とひらがなも振っておく。

 女の子は目をきらきらさせながら見ている。これくらいの年頃って漢字に妙な憧れがあったよなぁ。


「さなは? さなのカンジは?」


 そんなもん知るか、と思ったけど「佐奈」「紗菜」「咲奈」など思いついたまま書いてみる。女の子が「これお家に飾ってあった」と示したのは「佐奈」。


「さなは『さな』なんだよ。おさかなさんじゃないんだよ」


「はいはい」


 これで気が済むかと思ったら今度は書き方を教えてほしいとねだられた。


 それから小一時間ほど練習し、公園の至るところに「佐奈」が書かれた。まるで呪文みたいだ。


「書けたー!」


 渾身の「佐奈」を書き上げた女の子は満足げ。


「どれどれ? おぉ~」


 学習ノートに濃く太く書かれた「佐奈」の字。うまいもんだ。おれの筆跡を丁寧に真似したのが分かる。


「すごいな、天才じゃん」


「うへへ~。ありがとう陸斗おにいちゃん」


「よし、じゃあそろそろ家に帰ろうぜ。お家の人が心配するぞ」


「ぁ……ちょっと待って!」


 突然しゃがみ込み、学習ノートの一枚をぺりぺりと破りはじめた。


「これあげる。カンジおしえてくれたお礼」


 差し出された紙には「佐奈」に寄り添うように「陸斗」の字が書かれていた。

 おれから見れば笑っちゃうくらい下手くそな字だけど、女の子の頑張りと鉛筆で真っ黒になった手を見たあとだとこの上ない宝物に見えてくる。


 どうしよう、感極まって泣きそうだ。


「陸斗おにいちゃんまた泣いてるのー?」


 心配そうに覗き込んでくる女の子。ぴゅっと強い風が吹いてその手から紙を奪い取った。


「あっ! おにいちゃんの」


 一目散に追いかける女の子。

 紙を追って公園を飛び出し、青信号を確認して横断歩道を走り抜けた。道路の真ん中にひらっと落ちた紙を手に取って「よかった~」とため息をつく。



 刹那。



 パパパパパー!!!


 けたたましいクラクションとともに黒塗りの車が向かってきた。

 赤信号なのに減速する気配がない。

 まずい。


「佐奈ちゃん……!」


 その後のことはよく覚えてない。

 無我夢中で駆け寄り、小さな体に腕を伸ばして──それから──。




   ※   ※   ※




「気がつくと私は病室にいて、両親から信号無視の車に轢かれそうになったと教えられたんです。手足にすり傷を負っていましたが幸いにも軽症でした。だれかが倒れ込みながら頭を守ってくれたらしく、脳への損傷も認められませんでした」


「そのだれかって……おれ?」


「もちろん。ほかにいますか?」


「でも……覚えてない」


 そういえば。

 中二の時に制服をボロボロにして帰ってきたことがあると母親に言われたことがある。自分ではまったく心当たりがないのだが、新しく買い替えなくてはいけないほどひどかったらしい。


 佐奈は「もしかしたら」と考え込む。


「私を守ろうと頭を打ったせいで忘れてしまったのかもしれません。ですが、こうして再会した以上なにも問題ありませんね」


「問題? 大ありだ! おれはこれから面接があるんだよ。すげーイヤだけど家族のため将来のため働かなくちゃいけないんだ。結婚なんてできるか。養う金もないのに」


 すると佐奈はにこりと微笑んだ。


「それなら問題ありません。私は葉山商事の取締役です」


「とりし……取締役?」


 思いつくのは課長、課長代理、部長、部長代理、専務、常務、社長、会長……。

 あれ、取締役ってどえらい役職じゃなかったか?


「──ということで、あなたは()()()()()()が決まりました。おめでとう。ぱちぱちぱち~」


 なんだか分からないままパチパチと拍手されている。


「あ、ありが、と……」


 頭が回らない。

 つまり面接に行かなくてもいいってことだよな?


「では早速こちらにサインをお願いします!」


 サッと差し出されたのは可愛らしい婚姻届。

 「妻になる人」の欄はすでに記入済み。あとは「夫になる人」欄におれの名前を記入するだけだ。


「入社書類だと思ってパパッと書いちゃってください! ね?」


 憎たらしいくらいの笑顔。

 なんだかうまく乗せられている気がするけど、まぁいいか。

初めての短編を書いてみました。もし面白ければ★評価をよろしくお願いします。


新連載もよろしくお願いします。

『「~じゃない方」とバカにされるモブが屋上で泣いていた地味系美少女に「3ヶ月だけ付き合ってくれませんか」と提案したら、最高の毎日が待っていた』

https://ncode.syosetu.com/n6909hw/


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― 新着の感想 ―
[一言] 甘〜い♪ 素敵なラブストーリーですね。
2022/10/29 17:04 退会済み
管理
[良い点] なるほど、16歳ではなく成人と見られて親の同意がなくても結婚できる年齢まで待ったということか…
[一言] 鶴ならぬロリの恩返し……w。
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