悪役令嬢の妹が婚約破棄されたので、全力で愛でる
「アリシア様、ご報告致します。妹君のイリス様が第二王子に婚約破棄を言い渡されたとのことです」
使用人からそんな報告を聞いたのが一ヶ月前。
我が不肖の妹であるイリス・ローズは令嬢として最大の失敗を犯してくれた。
どうやら通っていた学園でとある女子生徒に過度な虐めを行い、それを公にされて第二王子直々に婚約の解消を言い渡されたそうだ。
昔から甘やかされて育った我儘な子だったが、まさかこんな事件を起こしてくれるとは。おかげでお父様は爆発寸前。せっかく強力な手札となる王族との婚約だったのに、それをイリスが台無しにしてくれた。
危うくお父様はイリスをローズ家から追放しようとしたりと大騒ぎ。本当に昔から事件を起こすのが得意な妹である。
「イリスったらやってくれたわ。まさか王族との婚約を破棄されるだなんて、ローズ家最大の汚点ね」
馬車に揺られ、窓の外に見える退屈な山々の景色を眺めながら、私はそう言葉を吐き出す。
現在私はイリスを引き取る為に王都へと向かっている。学園も当然退学させられ、お父様からも見捨てられた彼女は今王都で閉じ込められているのだ。罰として、形式的なものとして、謹慎している訳である。
「そんな妹君を引き取ろうとするアリシア様は、とても妹思いですね」
従者が私の顔色を伺いながらそんな事を言ってくる。お世辞のつもりだろうか? 私は思わず笑みを零してしまった。
「フフ、私がそんな優しい性格をしていると思う?」
「え?」
彼には私が困っている妹を助けにいく優しい姉に見えるのだろうか? 誰からも見捨てられ、唯一手を差し伸べた慈悲深い姉に見えるのだろうか? 残念ながら私はそんな砂糖菓子のように甘い性格はしていない。
「この一ヶ月、イリスは多くの人に拒絶されて来たでしょうね。第二王子に嫌われ、取り巻き達は居なくなり、信じていたお父様からも見捨てられた……」
私は窓の外を眺めながらそう言葉を続ける。楽しげに、舞踏会を前に心躍らせる少女のように。そしてチラリと従者に視線を向け、あることを尋ねる。
「小さい頃から甘やかされた彼女がそんな辛い目にあったら、どうなると思う?」
従者は答えなかった。石になったかのように固まり、何も言葉を発さなくなってしまう。面白い。
私は再び窓の外に視線を向け、退屈な景色を眺めながら息を零す。
「妹に会えるのが楽しみだわ」
◇
「こちらになります」
「ご苦労」
王都に着き、兵士に案内された先は重く冷たい扉。まるで囚人の牢獄だ。いや、実際ここはそれに近しい場所である。
かつてはここは尋問室として使われていた。王宮内で密偵により情報争奪戦が行われていた頃、怪しい人物を調べる為にここが使われていたのだ。噂では今も使われているらしいが、その部屋に妹が閉じ込められているとは、嘆かわしい。
私は視線で兵士に合図を送る。すると彼は一礼してから鍵を取り出し、重たい扉を引き摺る音を立てながら開けた。
埃っぽい。私はハンカチを取り出して口に当てながら部屋の中へ入る。薄暗く、ろくに掃除もされていないその汚い部屋の中央には、ブロンド髪の少女がうずくまっていた。彼女は私の存在に気が付き、震えながらゆっくりと起き上がる。
「……ぉ、お姉、さま……?」
私の銀色の髪とは違う、満月のように美しいブロンドの髪、宝石のように綺麗に輝く水色の瞳、白く滑らかな肌に、長いまつ毛、苺のような小さな唇、相も変わらず見た目だけは絵画から出て来たかのように可愛らしく、美しい少女だ。
だが以前見た時よりも少し痩せ、彼女のお気に入りの紅色のドレスもダボダボになっている。目の下には隈があり、大分疲労が溜まっているのも分かる。
嗚呼、嗚呼、随分と枯れてしまったわね。
「久しぶりね。イリス」
「……ぁ……ど、どうして……お姉様が、ここに?」
特に仲が悪かったはずではないのに、私が話しかけると妹は怖がるように後ずさった。まるで人に捨てられた子犬のようだ。
これはよっぽど友人達にも拒絶され、お父様からお叱りを受けたのだろう。軽く人間不信になっているのかもしれない。まぁ、自業自得ではあるが。
「貴女を引き取りに来たのよ。お父様は貴女を屋敷に一歩も近づけたくないらしいから、私の屋敷に来てもらうわ」
出来るだけ怖がらせないよう、優しい声色で私はそう語りかける。そして一歩近づくと、向こうも警戒心を解いてくれたのか、こちらの様子を伺ってきた。
「お姉様は、私を……み、見捨てないの?」
震える声で質問してくるその姿はとても弱々しく、羽を一本ずつ毟られている鳥のように哀れで愛おしい。その細長い腕も今なら簡単に私の手で折ってしまうことが出来そうだ。もちろん、そんなことはしないが。
私はニコリと微笑んで手を差し出す。
「もちろん。だって血を分けた姉妹でしょう? 見捨てる訳ないじゃない」
怖がらせないように、そして甘い蜜で安心させて、私は無害な存在だと教えてあげる。
私達を繋げる強い証、姉妹。私は姉だから、貴女を助ける。貴女は妹だから、私に助けられる。その分かりやすい構図を並べ立てて、信頼させてあげる。
「さ、行きましょう。イリス」
「ぅ……ぁ……」
イリスは視線を泳がせて、手を伸ばそうとしたり、引っ込めたりを繰り返す。
まだ迷っているようだ。信用しきれていない。皆から見捨てられたから、また見捨てられるんじゃないかと不安になっている。でも彼女にはこの手を掴む以外もう道はないのだ。じゃないと自分は破滅してしまうから。
結局イリスは私の手を取った。
立ち上がろうとしたら倒れそうになり、私が支えてあげた。久方ぶりに歩くのだろう。子鹿のように脚を振るわせていて可愛らしい。
ふふ、さぁ帰りましょうか。
◇
我が屋敷へと着いた。正確にはお父様に管理を任されている別邸。まぁお父様は殆ど使わないので、私の好きなようにさせてもらっている。
「イリス、まずはお風呂に入りなさい。せっかくの綺麗な髪が台無しだわ」
「は、はい……」
閉じ込められている間はろくに貴族らしい生活をさせてもらえなかったのだろう。まぁ問題を起こした身なのだから当然だ。ただこんな汚いまま屋敷を歩かれても困る。まずは身を清めてもらおう。
「あ、私も一緒に入るから。背中洗ってあげる」
「へ?」
私の言葉に反応し、イリスはキョトンとした表情を浮かべる。
ああそうか、以前は使用人に洗ってもらっていたから意外なのか。
「ど、どうして……?」
「貴女は一応謹慎中の身だから、貴族のような扱いはしてはいけないことになってるのよ。だから極力使用人を使ってはいけないの」
要するに使用人はあまり使っちゃいけないから、お姉ちゃんが洗ってあげるということ。嬉しいでしょう?
「で、でも、だからってお姉様がわざわざ……」
「あら、私と入るの嫌なの?」
「い、いえ、嬉しいです……!」
私がからかうように尋ねると急にイリスは首を横に振り、怖がるように瞳を揺らした。
嗚呼、可愛い。その反応。拒絶されるのを恐れてる。私の機嫌を損ねるのを怖がっている。前までは自分が相手に抱かせる感情だったのに。立場が変わってしまったね。可愛い、可哀想なイリス。
いよいよお風呂に入る。この一ヶ月忙しかっただろうから、身体を拭くことはあってもこうやってゆっくり入ることはなかっただろう。
浴場に入ってもイリスは緊張しているのか、落ち着かない様子だった。一時期はこの別邸に住んでいた時もあるのだから、知らない場所という訳ではないはずなのだが、まだ安心し切っていないようだ。
「さ、そこに座って」
「は、はい……」
椅子に座らせ、まずは軽く湯を掛ける。本当に綺麗な肌だ。傷つけないように優しく洗ってあげなければ。
「どう? 熱くない?」
「は、ぃ……大丈夫です」
髪にもそっとお湯を掛け、ゆっくり揉んであげる。お母様似のブロンドの髪。羨ましい。私はお父様似の銀髪だから、ちょっと冷たい印象がある。本当貴女は恵まれているわね。
そして身体全体を丁寧に手で洗った後、私達は湯船に浸かった。イリスも流石にお湯の暖かさで少しは安心出来たのか、僅かに表情が和らいでいた。
「ふふ、懐かしいわね。小さい頃はこうやって一緒に入ってたわよね。使用人も居たけれど」
「そう、ですね……」
あまり会話は長く続かない。でも今はこれで良い。まずはゆっくりと、彼女の冷たくなった心を溶かしてあげなくちゃ。
急いでは駄目。失敗しないように、慎重に。
お風呂を上がった後は夕食の時間だ。
今日は色々あった。イリスも疲れているだろうし、美味しいものを食べて元気になってもらわないと。
「今日はね、私が夕食を作ってみたの。上手く出来ていると良いのだけれど……」
「えっ、お、お姉様が……料理を? 使用人にやらせず……?」
食卓に着き、私達は向かい合う形で席へと座った。
この場に使用人は居ない。姉妹水入らずだ。別に食事くらいなら使用人を使っても構わなかったのだが、せっかく久しぶりの妹との食事なのだから、少し頑張ってみた。
「イリスに食べて欲しくて。あ、お父様には内緒よ」
「あ、有り難うございます……」
どうして? って顔をしてるわね。そう、分からないでしょう? 何故わざわざ私が作ったのか、それにどんな意味があるのか、イリスには分からないでしょうね。ふふ、その困ってる顔も可愛い。
あ、少し頬が動いたわね。お口にあったのかしら。それとも一ヶ月間囚人のような食事だったから、ようやくマトモな食事が出来て感動してるってところかしら。
まぁどちらでも良いわ。恩を感じてくれたら、どちらでもね。
食事が終わったらもう特にすることはない。眠ってもらう。彼女も疲れただろう。お腹もいっぱいで、良い具合に寝れるはず。
「今日からこの部屋で生活してもらうわ。今までと比べたらちょっと窮屈かもしれないけれど……我慢してね」
「この、部屋は……」
イリスの為に用意した部屋は至って普通のもの。派手なベッドや高級な家具が置かれている訳でもなく、かと言って蜘蛛の巣が張ってあったり床が抜けている訳でもない。普通に生活する上では不自由ない程度に家具も揃った整理整頓された部屋だ。
「い、良いんですか? 物置部屋や、屋根裏じゃなくて……わ、私は……」
「ふふ、イリスったら、別に貴女は囚人とか大罪人ってわけじゃないのよ? そんな酷いことする訳ないじゃない」
牢獄のような場所に閉じ込められていた為か、イリスは普通の部屋を与えられただけでも困惑していた。
まだ今の自分の状態に漠然とした不安を抱えているようだ。そんな彼女の手を握り、私は優しく語り掛ける。
「イリス、安心して。貴女は私が守ってあげるから」
「お、ねぇさま……」
ようやくイリスは少しだけ安堵した表情を浮かべ、そのままベッドに入るとすぐに眠りについてしまった。
疲れていたのだろう。まるで死人のように静かな眠りだ。そんな彼女の髪を手で弄り、笑みを浮かべる。
「良い夢を見てね。どこまでも愚かで哀れな、私の可愛い妹」
嗚呼、本当に良い気分だ。
あんなに天使のように可愛かった妹が、我が儘で怒ってばかりで、自分の思うようにならなかったらすぐに使用人に当たっていた妹が、こんなに弱々しくなってしまった。
以前の面影など全くなく、誰かが支えてあげないと今にも倒れてしまいそうな脆弱で、惨めな存在へと成り果ててしまった。
嗚呼、イリス。
私はずっと待っていたんだよ? 傲慢だった貴女が、自分こそが世界の中心に立っていると思い込んでいた貴女が、こうやって転落する日を、ずぅっと待っていた。
私はね、昔から貴女のことを可愛いと思っていたの。これは本当。
貴女の青空のように美しいのその瞳が、鬱陶しいくらい眩しい笑顔が、貴族の汚点を全て落とし込んだようなその性格が、曇る日をずっとずーっと待っていたのよ。
だから安心して。これからは私が守ってあげる。
貴女を傷つける人も、虐める人も、誰一人許さない。貴女は私がきちんと丁寧に、優しく守ってあげる。だって傷つけて良いのは、姉である私だけなんだもの。
ねぇ、そうでしょう? イリス。
「ふふ、あはっ……」
部屋から出て扉を閉めると、私は思わず笑ってしまった。
駄目だ。もう我慢が出来ない。ずっと抑えてきたモノが溢れ出てしまう。口元が醜く歪み、令嬢としてふさわしくない顔つきになる。まるで魔物のようだ。
「ははっ、アハハハハ! ほんっとさいっこう! ね、見た? あのイリスの顔。やっぱりあの子は曇ってる時が一番可愛いわね。アハハハハハ!」
「…………」
控えていた私の護衛である従者にそう言い、私はバンバンと手を叩いた。とても令嬢らしい立ち振る舞いとは言えないだろう。こんな姿お父様に見られたら失望されてしまう。でもしょうがない。これが本当の私。私がずっと隠してきた本性なのだから。
「この時をずっと待ってたのよ。これからは毎日あの子の曇り顔を見れる……ゾクゾクするわね。早速予定表を立てないと!」
「……台無しでございます。アリシア様」
まずは私の大切な妹を切り捨てた第二王子だ。
「真実の愛」だとか何とか言って妹との婚約を破棄した裏切り者。実際女子生徒を虐めていたイリスに罪はあるが、奴は証拠が十分に集まっていないのにも関わらず妹に公衆の前で恥をかかせ、無理矢理断罪した。その分の代償はしっかりと支払ってもらう。
私はこれから起こる楽しいことを想像しながら自室へと向かう。背後から従者のため息が聞こえて来た気がしたが、気のせいだと思うことにした。




