旅立ち……?
「メリスフェール・ファーロットよ。そなたの聖女資格を剥奪する」
はい……?
あ、すみません。私はメリスフェール・ファーロットと申します。
修道女をしていたのですが、女神アスガルタに選ばれて、魔王フォルクレオンに滅ぼされそうな世界を救うために別の世界に送られたのですが……
着いた途端、これです。
目の前にいるいかつい顔をしたご老人が宣告しています。
えっと、聖女資格?
剥奪って、一体何なのでしょう?
「何も分からないという顔をしているな?」
はい。分かりません。
一体、何がどうなっているのか。私は何者なのか、それすら分かりません。
女神アスガルタ、消滅寸前だったのは分かりますけれど、もう少し親切にしてくれても良かったのではないでしょうか?
「では、教えよう。そなたの聖性の中に禍々しいものが含まれている」
「は、はぁ……」
とりあえず私が直前まで聖女だったらしいことは理解しました。で、それを根拠づける聖なる力があるようですが、その中に禍々しいものが含まれている。だから、聖女資格を剥奪することのようです。
状況の理解はしましたが、そもそも聖女が何なのか。というあたりからして分かりません。
「分かりました。それで私は何をすればいいのでしょうか?」
ストレートに聞いてみることにします。お爺さん、「ムッ」と言って顔を歪めました。
「……聖性は純粋なものでなければならん。しばらく修練をするか、新たなる聖女と共に世界救済の旅に出るかのいずれかだ」
新たなる聖女?
世界救済の旅?
すみません。疑問符ばかりで。
ですが、分からないものは分からないのです。
「新たなる聖女には、ベアトリス・シルエッタが就くものとする」
老人の視線には、勝ち誇った顔をしている20歳くらいの女性がいました。茶色の髪に翠の瞳の、まあまあ綺麗な女性です。
私が聖女を剥奪されて、彼女が新しい聖女になるということですが……
ご老人がいなくなって、一人になったところで二人の女性が近づいてきました。胸のところに『カタリナ』、『アイリーン』と書いてあります。おそらく名前でしょう。私は……うん、『メリスフェール』と書いてありますね。違う世界ではありますが、名前が同じというのはせめてもの救いです。いきなり違う名前だと反応もできませんからね。
「ねえねえ、メリスフェール。大丈夫?」
カタリナとアイリーンの二人は心配してくれていますが、正直、何を心配されているのかもピンと来ません。
「ええ、大丈夫です」
と答えると、二人とも眉を潜めてヒソヒソ声で話しかけてきます。
「大賢者様も酷いよねぇ」
「本当。ベアトリスの告げ口を信じてしまうなんて」
大賢者? ベアトリスの告げ口?
大賢者というのは、先程のご老人のことでしょう。厳めしい雰囲気でしたし。
告げ口というのは?
「ベアトリスさんが何か告げ口をしたのですか?」
「……告げ口をしたのですか、って、聖性に禍々しいものがあるなんて嘘、誰も信じないでしょう?」
「あの子、前からずっと聖女になりたいって公言していたから、貴女のことを追い落とそうとしていたのよ」
そうなのですか。
つまり、私の聖女の地位は、ベアトリス・シルエッタに狙われていた。そして、聖性に問題があるという理由をつけられて、今さっき聖女をクビにされた。後釜に彼女が座った、ということでしょうか。
「大賢者様もガッカリ。もう世界救済なんて行きたくなくなるよね」
告げ口してくれている女性はそう言っています。
うーん。
少し考えます。
私、どうやら不当な立場に立たされたようです。
ただ、今の私にとってはこの方がいいのではないかとも思いました。
私はそもそもこの世界のことを何も分かっておりませんし、魔王との戦いなんていうのも分からない。
となれば、自分から聖女になりたいというベアトリスについていって、ひとまずこの世界の勝手を掴む方がいいのではないでしょうか。
「いえ、カタリナ。私に問題があったからこそだと考えています。私は宣告に従い、聖女ベアトリスと行動を共にいたします」
と言って、聖女ベアトリスの方に頭を下げました。
私がまさかそんなことをするとは思っていなかったのでしょう。明らかに驚いた顔をしていますが、ややあって、鼻で笑うような態度を見せました。
「フ、フフン。あたしの凄さを認めたっていうことね。いいわ! 精々こき使ってあげるから楽しみにしていなさい」
「分かりました!」
こき使われる?
修道院もハードワークでしたが、それより厳しいのでしょうか?
そんなことはありませんでした。
次の日、私は大きな袋を背負って、聖女ベアトリスと、大賢者カイケン、更には護衛兵らしい十人くらいの男女の後を歩いていました。
はっきり言えば雑用係です。
ただ、荷物がそこまで多くないのでそれほど辛い作業ではありません。
あと、微妙に男性の護衛係が優しくしてくれています。聖女を剥奪された私に同情してくれているということでしょうか。
「大丈夫ですか?」
今も25歳くらいの護衛が、笑顔で話しかけてきます。
「はい。大丈夫です」
「辛かったら、いつでも言ってくださいね。荷物くらいは持ちますので」
「ちょっとそこ! 雑用係がうるさく言わない!」
ベアトリスに文句を言われました。
「すみません。僕のせいで聖女様まで文句を言われてしまって」
「気にしないでください。それに聖女はベアトリスさんですので」
どうやら、私が聖女を剥奪されたのが不当だと、この人も思っているようです。
問題は……。
私、今から向かう先がどこなのか、分かっていないことです。
いや、誰かに聞かなければいけないと思ったのですが、皆さん、知っていて当然って感じで歩いていますので聞けませんでした。幸い、雑用係ということで後ろからついて行けばいいのは楽ですけれど。
「どうなんでしょうね。勇者様もベアトリス様でOKを出されるのでしょうか?」
「……勇者様?」
新しいキーワードっぽいものが出てきました。