95 定期演奏会
ついに、定期演奏会の日がやってきた。
私は普段と違い、演奏会用の肩が出た黒ドレス衣装に身を包み、本番までの間、茶色のストール風カーディガンを羽織る。
まずは統制の音楽講堂で軽く練習した後に、重い楽器類をトラックに積み込んだ。
私は楽器を持ち都内某所コンサートホールへと足を運んだ。
統制の音楽講堂でも800人弱であれば収容可能だが、統制学院の定期演奏会はこのコンサートホールを貸し切って行われるのが通例となっている。
それだけ多くのお客さんが来るのだ。
中には既にプロとして活動している卒業生も来場する。
プロとなるためにはここで目をつけられておくのが僥倖と言えよう。
これがゲームで主人公の未名望だったなら、卒業後の音大への進路の為にも全力で望まなければならない案件だ。
しかし私は今のところ音大に行く気が失せてしまっている。
何故かって、私の学力で音大と言えば国立のある学校ほぼ1択だ。
そこにはオケ部のイケメンたちも行くことになるはずなのだ。
統制卒業後まで魑魅魍魎跋扈する環境に身を置きたくはない。
私は控室に自分の楽器を置くと、楽器搬入口から金管楽器や打楽器、コントラバスなどの楽器を搬入することとなった。仕切るのはサポート係となっている黒瀬だ。
「黒瀬。私は何運んだらいい?」
「おう……トロンボーンやトランペットを頼む。それなら2個運べるだろ?」
「おっけー」
トランペットのケースを2つ手に持ち、控室へと向かっていく。
程なくして着いた控室でトランペットケースを置くと、キーネンが私へ声をかけてきた。
「V……香月。受付をやる予定の……黒瀬はどうした?」
「いまちょうど楽器が来たから搬入口にいるけど? なにか用事?」
「あぁそうか……ならばいい。招待客の確認をしたかっただけだ」
キーネンはそれだけ言うと、指揮台の横の椅子に座った。
「重い重い重い~」
そう言いながら鈴置さんがトロンボーンを2個運んでくる。
それに続くようにひつぐちゃんも楽器を持ってやってきた。
更に、男子たちが大型の楽器を持ってくる。
「揃い次第、控室で軽くチューニングと練習を済ませたらリハへ向かうぞ!
コンミス!」
キーネンが椅子から指示を飛ばし、コンミスである鈴置さんが「はい!」と返事をする。
直に楽器が揃い、鈴置さんによるチューニングが始まった。
まずオーボエの守華さんがラの音を吹いて、それに鈴置さんが合わせる。
そして次に弦楽器が鈴置さんに合わせる。
更にオーボエの守華さんの音に木管楽器、金管楽器と合わせてチューニングは終了した。
チューニングが終わりキーネンが指揮台に立つ。
「では序曲の最初から32小節目まで……!」
キーネンの指揮で合奏が始まる。
みんな緊張してかいつもより演奏が硬く感じられた。
∬
移動してコンサートホールでのリハが終わり、本番が始まるまで待機となった。
スマホを確認するとメッセージが来ている。
“桜屋さん達と見ているわよ。頑張って”
水無月さんだ。
桜屋さん、天羽さんを連れ立って見に来てくれたらしい。
「うん。頑張るよっと」
メッセージを送信すると、次々にオケ部のカフェテリアメンバーからも同様のメッセージやスタンプが飛ぶ。
そうして本番がやってきた。
ホールヘ入場し、着席。
キーネンがやってきて立たされると、観客に一礼し再び着席。
キーネンが指揮棒を構え、序曲の演奏が始まった。
∬
最後のアンコールの演奏が終わり、やっと定期演奏会から解放された。
キーネンが指揮台を降り一礼し会場を去っていく。
鳴り響く拍手。
そしてコンミスの鈴置さんが立ち観客へ一礼、そして私達にも退場を促した。
鈴置さんの勧めに従い、左右から退場していく。
控室に戻ると、鈴置さんに早速捕まってしまった。
「ふっふーん香月さん終わったねー」
「終わったねぇ、私はこれでオケ部もお暇させて頂きたいよ」
私がそう言うと、鈴置さんが「えーそれはダメー」と私の腕をより強く自身の胸に寄せる。
「ね! ひつぐもそう思うよね?」
「うんうん、香月さんがいないと寂しいなー」
ひつぐちゃんが淡々とまるで棒な言い方でそう言うと、瀬尾さんが「私も香月さんがいなくなると寂しいです……!」と続ける。
そして守華さんが「生徒会同様、付き合ってもらうわよ香月さん」と瞳を閉じて言い切り、神奈川さんが「私も! メイドで香月さんが居なくなると困るかな!」と締めくくった。
「でも私にはやめなきゃいけない理由がー」と私が苦し紛れに言うと、
「いいから」と鈴置さん。
「いいのです」とひつぐちゃん。
「続けるの!」と守華さん。
「続けましょう!」と瀬尾さん。
「困るし!」と神奈川さん。
皆が私がオケ部をやめるのを許してくれそうにない。
このままじゃ皇とかうざいし、黒瀬は更に私に詰めてきそうだし、浅神やキーネンだってどうなるかは分かったものじゃない。豪徳寺は私のメッセージを欲しがっていたというし、演劇で佐籐の相手役をやらされる羽目になれば、佐籐からのヘイトだって向いてくるかもしれない。
私に一体全体どうしろっていうんだろう。
そう思いながらも、定期演奏会がやっと終わった余韻に私は浸っていた。




