91 カフェテリアとキーネンとの契約
月曜日。
私はお昼の時間になり、カフェテリアへと向かった。
最近のカフェテリアでの主な話題は、ひつぐちゃんを佐籐の魔の手から守ることになっている。9人全員が揃ったカフェテリアで守華さんが口火を切る。
「ひつぐ。あれから佐籐くんにはなにか言われた?」
「ううん。先々週以降、家ではいつも不機嫌そうにしてるけど、みんながいるって知ってるからかお兄ちゃんは何もしてこないよ。
まぁ大丈夫です、たぶん。皆にもご心配おかけしました」
ひつぐちゃんが淡々と言いペコリと頭を皆に下げる。
その謝罪に桜屋さんが「ひつぐが謝ることじゃないわ」とため息を吐きつつ腕を組み続ける。
「それにしても佐籐の奴、ガチシスコンなのね。知ってはいたけどさ」
桜屋さんの言に守華さんが「えぇ……困ったものね」と応じる。
「まぁひつぐも今回ばかりはキモいって思ったんだし、私達も居ることだから今後は佐籐君のシスコンぶりも鳴りを潜めていくといいんだけどねー」
鈴置さんがそう言うと、ひつぐちゃんが少し戯けて「弓佳守ってくれる……?」と言う。
それに鈴置さんが「オケ部に居る限りは私に任せんしゃい!」と豪語した。
ひつぐちゃんが「よよよ~」と隣りにいる鈴置さんにもたれかかる。
「みんなが監視の目を光らせている限り、佐籐くんが大事に出てこなくなったのは僥倖ね。今後もみんな、ひつぐと佐籐くんになにか無いように注意してあげて」
水無月さんが野菜ジュース片手にそう言って話を纏めた。
「それからサウジ留学の件だけれど……法が変わったとはいえ、私はみんなに出かける時は黒の衣装アバーアとヒジャブ――スカーフを付けて欲しいって思ってるわ。日本ではなかなか手に入りにくいアイテムかもしれないから、事前に皆の分をイヴンくんに調達してもらうつもりよ」
水無月さんがそう宣言する。
そう。これは攻略上重要なポイントなのだ。
サウジにおける女性の服装は最近建前上は自由化されており、過度な露出さえしなければ短期旅行客はアバーアを着用しない場合がほとんどと聞く。
しかしそれではイヴンルート攻略に必要な重要な情報をゲットできないのだ。
イヴンを跡目争いで勝たせるためには、アバーアとヒジャブを身に着けてサウジ女性の群れに隠れる必要性があった。
「へぇ……まぁ私は正直面倒に思うけれど、水無月さんがそう言うなら文句は言わないわ」
桜屋さんがそう応じ、天羽さんが「私も問題ありません」と続き、ファッションやショッピング好きな守華さんが「残念だけど仕方ないわね」と唸った。
私も「文句なし」と続く。
「途中女子大に見学に行くときは、むしろアバーアとヒジャブを付けないことが求められると思うから、その間は好きにしていいわ」
「水無月さん詳しいのね……!」
桜屋さんが感心するように水無月さんへ尊敬の眼差しを向ける。
1万回以上ループしてるんだからそりゃ慣れるよ。と言いたい私だったが、ぐっとこらえた。
「えぇ……まぁイヴンくんに聞いたりネットで調べたり……ね」
桜屋さんの感心に水無月さんがぎくしゃくしつつも答える。
まぁ私1万回ループしてるものとは言えないものね。多少不自然なのは仕方ない。
「それとみんなパスポートの申請は早めにね!」
私が助け舟を出すつもりでパスポートの話を出すと、夏季短期留学参加者が異口同音に理解を示した。
∬
生徒会活動を終え、私はオケ部に合流する。
既にパート練習は終わっていて、次は合奏のタイミングだ。
キーネンの指揮に従い、弦を弾く。
そして合奏終了後、キーネンが部長として一言述べ始めた。
「定期演奏会まで3週間を切った。これから2週間は土日の練習を課すものとする。
皆忘れずに参加するように。
また2年は修学旅行明けの練習参加となる。旅行で羽目を外しすぎないように。
以上だ!」
それだけ言って指揮台を降りるキーネン。
私も土日の練習には参加しなければならないのだろうか。
メイドバイトの契約は平日のみだったはずだ。
でも休日は休日でやりたいことがたくさんある。
主に桜濤学園の女子とコミュニケーションを取りたいと私は思っている。
ダメ元で一度キーネンに確認を取る必要性がありそうだ。
私は手早く楽器を片付けると、キーネンを追った。
そして校門前で車に乗り込む寸前でキーネンを捕まえる。
「キーネン。私も土日の練習参加しなきゃダメ?」
「当然だろう……。む、契約は平日の放課後から午後10時までだったか……ならば特別契約だ。問題あるまい?」
「やっぱそうかー。まぁそうなるだろうと思ってたから良いけどさ……」
桜濤学園女子との交流は定期演奏会後までお預けだ。
だがそうなると、残りは夏休みまで1ヶ月。
夏休み後、学園祭まではたった2週間になってしまう。
私は自身のスケジュールが詰め込み気味なことに辟易した。
「定期演奏会までの契約だ。頼むぞV1」
「あーはいはい。こっちも忙しいんだけどりょーかいりょーかい!
きっとアンサンブルコンテストの時もでしょ?」
「あぁ……11月のアンサンブルコンテストでもそうするだろう。頼むぞV1」
「分かったってば! 特別契約ね!」
「あぁ……爺や特別契約だ」
「はい。坊ちゃま……うっ……!」
キーネンが運転席にいる爺やに声をかけたその時だった。
突然にキーネンの爺やが胸の辺りを押さえ苦しみだす。
まさか! そうか今日がこの日だったのか!
気付いた私は、すぐさまスマホで救急車を呼ぶべくダイヤルする。
爺やが運転席へ倒れ込みクラクションが辺りに鳴り響く。
「どうした爺や! おい楠木! 聞こえているのか!」
キーネンが必死で爺やを――楠木さんを呼ぶ。
爺やの本名は楠木正蔵。
キーネン家へ仕えて50年の大ベテランだ。
そう、キーネンはこの日。この爺やを失う可能性があるのだ。
主人公である未名望が早めに救急車を呼ばないと、爺やは帰らぬ人となってしまう。
それはキーネンルートのフラグが完全に折れるのと同義だ。
今後キーネンとの関係性を一切気にしなくても良くなる。
けれどだからといって、私は目の前で苦しんでいる人を放っておくことはできない!
水無月さんがクラクションを聞いてか飛び込んでくる。
「いつもより時間が大分早い……自宅へ戻ったあとのはずなのに……!
香月さん……救急車は!?」
「大丈夫。今呼んでる!
もしもし……救急です。統制学院前にお願いします。はい、はい」
私は必死で救急車を要請した。
 




