87 演劇の配役
月曜日。生徒会室。
桜濤学園生徒会から早くもシナリオの草案が届いた。
中身は見事にシンデレラ風の恋愛劇となっていて、最後ヒロインと王子様がキスするシーンまである。
私は水無月さんにセーブしといてと小声で頼むと、こればっかりは許せなかったので厳重に抗議した。
「はい! キスシーンはやりすぎだと思います。学際でそこまでしたくないって」
佐籐と豪徳寺は昨日の騒動があったにも関わらず、何食わぬ顔で生徒会に参加していた。
悪いと思っていたようだった豪徳寺はともかく、佐籐許すまじ!
「それはたしかにそうだな……俺も賛成するぞ」
豪徳寺が私の意見に賛意を表す。
他の皆もこれには賛成だったようで全会一致で可決された。
「では先方にキスシーンの削除を要請するものとして……他に意見はありますか?」
守華さんがいつものように進行する。
他に特に意見がなかったようなので、配役の話へと移る。
「まず王子様ですが、誰か立候補する人はいますか?」
静まり返る生徒会室。さすがの佐籐も立候補はしないようだった。
「桜濤学園の方からは、是非統制の男子に王子様をやって欲しいとのことでしたが……」
守華さんが豪徳寺と佐籐の顔色を窺う。
すると豪徳寺が妙案を思いついたとばかりに挙手。
「はい。会長どうぞ」
「うむ。俺は王子様役に佐藤奏を推薦する……!」
その行動は知っている。
ここまではゲームと同じだ。
豪徳寺はひつぐちゃんではなく、他の女性を好きになって貰いたくてこの企みを画策したはずだ。
「え? 何故僕が……」
「まぁいいじゃないか佐籐。たまには俺のお願いを聞いてくれてもいいだろう?」
暗に豪徳寺は昨日の事を言っているようだった。
昨日は、お前のお願いを聞いて一緒に屋内プールへ行ったのだからと……。
「それは、まぁそうだけど」
佐籐は最初嫌そうだったが、豪徳寺に押されて認めたようだ。
「それでは、他に異論がなければ、王子様役は佐籐くんで決定しますがよろしいでしょうか?」
「異議あり!」
「はい。香月さんどうぞ」
「今どき、王子様が男子とか逆に古くないかなって、女子がやってもいいんじゃない?」
私が意見を述べると、豪徳寺が「だが先方がうちの男子にやってくれと言っているのだろう?」と反論する。豪徳寺は佐籐が王子様をやるのを譲らないつもりらしい。
「他に意見はありますか……?」
「はい」
「どうぞ水無月さん」
「私も香月さんの意見に賛同します。
今どき王子様を必ず男子がやらなければならないというわけでもないでしょう」
「ふむ……」
豪徳寺は上手く行かずこめかみの辺りを擦る。
「では王子様役はおいおい決めていくとして、他の役を先に決めていきましょう」
守華さんがそう進行して、私達は他の役を先に決めることになった。
他の配役の決定はスムーズに進む。
私が姉1に立候補。唯野さんが王子の従者に、そして水無月さんが姉2に立候補した。
守華さんは継母に仕方なくといった様子で手を挙げる。
残るは豪徳寺と佐籐となった。
結局は佐籐が王子様役をやる流れになってしまう……。
「ほら見たことか、誰もヒロインと王子様に立候補しないじゃないか。
だから俺は佐籐を王子様に推したんだ!」
豪徳寺が意気揚々と言い放つ。
「では、王子様役は佐藤くんということで……」
守華さんが結論を言いかけたときすかさずツッコミを入れる私。
「でも会長。そうなると豪徳寺会長は女役をやるしかなくなるよ? いっそヒロインやってみちゃうー?」
「な、馬鹿げた事を言うな……俺は姉の一人なりかぼちゃの馬車なりやるさ!」
私最後の悪あがきを豪徳寺は危なげなく回避する。
ちっ。男二人で主役をやってくれれば私としては文句なかったのに。
「では、王子様役は佐籐くんに仮決定ということになりますが……みなさんよろしいですね?」
私は仕方なく「異議なーし」と唱えた。
∬
生徒会活動が終わり、水無月さんと二人で生徒会室に残った。
「水無月さん。セーブしといてくれた?」
「えぇ……一応」
「良かった!」
水無月さんは残念そうな表情だ。
「大丈夫。なにも水無月さんが佐籐の相手役やらなくたって私だっているし!
ほら、なんならこの草案で少し練習してみようよ」
「そうね……いざという時の為に香月さんがヒロイン役を練習しておくのはいいかもしれないわ」
私達は、水無月さんが王子様、私がヒロインとなり練習をしていく。
「あぁ……この靴は貴方の靴だったのですね……!」
「いえ……私は……その……」
「はいカット」
私の演技を水無月さんが遮る。
「香月さんあまり声を作らずにいつもの通りでいいから」
「えー、分かったけど……」
そうして水無月さんと練習を開始して1時間ほどが過ぎただろう。
部活が終了する時刻となった。
今日はオケ部さぼってしまったな。
「こんなところでしょう。あとは桜濤の女生徒が風邪にならない事を祈りましょう」
「うんそうだね! にしても水無月さんの王子様、結構良かったよ!」
私がそう褒めると、水無月さんは「もう何度も聞いた演技だから……」と呟く。
きっと朱音ちゃんを救うために、募金活動をする生徒会ルートにはいるしかなかったのだろう。私に分かるのはそれくらいだ。
「で、このあとはどうする? キーネン家行っとく?」
「えぇ……そうね。神奈川さんを一人にするのも忍びないもの」
私達はキーネン家へ向けて生徒会室を出た。




