83 水着協奏曲
土曜日。
渋谷へ水着を買いに来た私達。
まだシーズンには少し早いかと思っていたが、ショップには所狭しとたくさんの水着が並んでいた。
「水無月さんギプス取れたんだね!」
私がアームホルダーをしていない水無月さんに気づく。
「えぇ……昨日放課後に病院へ行ったのだけれど、予想よりも少し早めに完治したそうよ。プールへ行く前で良かったわ」
そう言って右腕を自由に回す水無月さん。
本当に治ってよかった!
私がそう思っていると、水着売り場を見たひつぐちゃんが「おぉ~凄いですね。水着、いっぱいあります」と淡々と言い、鈴置さんが「私のサイズもあるかなぁ」と小さく不安を漏らす。
「大丈夫よきっと」
水無月さんがそう言いながら水着をごそごそと漁り、「ほら、鈴置さんのサイズもあるわ」と一着の水着を取り出した。ピンク色のオフショルダービキニだ。
「え? マジ? えっと対応カップサイズは……おぉ! 確かに私でもいけそう……!
でも水無月さん、私のサイズ言い当てるなんて超能力者……?!」
鈴置さんが自らの胸を両腕で隠すようにする。
「なんとなくこれくらいかなぁって思っただけよ」
水無月さんはおそらく内心しまったと思いながらも平静を保っている。
そんな会話を皮切りに、私達9人は各々どの水着がいいか選び始める。
「私はこれにするわ……!」
選び始めて早々に桜屋さんが自身の水着を手に取った。
無地の黒の袖付きビキニだ。下はチェックスカートが着脱可能になっているもののようだ。
まるで洋服のように見える。
「良いねー桜屋さん今年流行のスタイルっぽいじゃん!
私も袖付きビキニにしようかなぁ」
私がそう評すると、桜屋さんは「でしょ?」と上機嫌だ。
「試着はしなくていいの?」
「一応してみるわ」
そうして桜屋さんが真っ先に試着室へと入っていく。4つある試着室も私達9人にかかれば満員御礼間違いなしだ。私も早く水着を選ばなければ……。
「香月さん香月さん!」
天羽さんが私を呼んでいる。
「なになにー?」
「私、これなんてどうでしょうか?」
天羽さんが取り出したのは水色のレースでできたハイネックビキニだ。
天羽さんはそれに同色のパレオを纏うつもりらしい。
「おー! 良いんじゃない? シンプルだけどレースがシックで大人っぽさを演出してるね!」
「そうですよね……! 私これ試着してみます! 香月さん見てくださいね!」
そう言い残して、天羽さんが試着室へと消える。
うーん私はどうしよう。袖付きビキニもいいけど、袖付きビキニの袖が着脱可能になってるこれも良いなー。でも定番デザインのキャミソールビキニも魅力的だ。これなら水着慣れしていない私でもあまり恥ずかしくないし……! よし決めた!
私は深緑色のハイネックキャミソールビキニを手に取った。
試着室に入ろうかと思ったが、天羽さんがまだ着替え中だ。見てと言われたので待っていないといけない。すると鈴置さんが定番のホルターネックビキニに決めたようで試着室へと入っていく。
「香月さんどうかしら?」
試着室のカーテンが開き、桜屋さんが水着を着て出てくる。
「うん……! とっても似合ってるよ桜屋さん! ね、水無月さん!」
たまたま隣へ通りがかった水無月さんを捕まえると、水無月さんは「えぇ……そうね、今年流行しそう」と感想を言う。
「そう……? サイズも問題無さそうだし、私はこれに決めるわ!」
再び閉まる試着室のカーテン。そして桜屋さんと入れ替わるように天羽さんが着替えを終えたようだ。試着室のカーテンから首だけ出す天羽さん。
「着替え終わりました!」
「お、見せて見せて~」
私が出てくるように促すと、天羽さんはすっとカーテンを開く。
「どうでしょうか香月さん?」
「うんうん。とっても大人っぽくて似合ってるよ天羽さん」
あと天羽さんは着痩せする方なんだな……ふむふむ。EかFくらいかな?
「ありがとうございました。私これにします!」
私の講評に元気よくそう言うと、天羽さんが試着室のカーテンを閉めた。
さてさて、私も試着を済ませなければ……私は開いている試着室へと入ろうとした……のだが。ひつぐちゃんとバッティングしてしまった。
「あ、どうぞどうぞひつぐちゃん」
「いえ、香月さんこそお先にどうぞ」
そうして二人で譲り合いをしていると、横から神奈川さんが現れて「じゃ、私がお先に!」と舌を出した。試着室へ消えていく神奈川さん横目に、私とひつぐちゃんは「フフッ」と笑う。
「もう神奈川さん酷いよ!!」
「ごめんごめん。二人があまりにも真剣に譲り合ってるものだからつい」
私が神奈川さんを批判すると、試着室の中から少しくぐもった神奈川さんの声が聞こえる。
それにひつぐちゃんが「神奈川さんの水着。サイズが合いませんように……」と不穏なことを言い。
神奈川さんが「ちょっと佐籐さん!」とツッコミを入れる。
そこへ瀬尾さんがやってきた。
持っているのは白のワンショルダービキニだ。
「お! 瀬尾さんはワンショルダー選んだんだね!」
「はい……。似合うか疑問ですが……」
「大丈夫大丈夫! 似合う似合う! 瀬尾さん声優さん目指してるならもっと自信持とう!」
「はい……!」
私と瀬尾さんが話していると、
「お、みのりはワンショルかー私はオフショルワンピース水着だよ」
ひつぐちゃんが自身が選んだ藍色の花柄ワンピース水着を見せる。
私はひつぐちゃんが水着を着た姿を想像する……。
うん、とっても似合ってる!
すると、桜屋さんが着替え終わったのか試着室から出てきた。
「お待たせー」
次に試着室へ入るのはどちらかを私とひつぐちゃんはじゃんけんで決めることにした。
「じゃんけん、ぽい!」
「フフ私の勝ちですね、お先に失礼します香月さん」
ひつぐちゃんが桜屋さんの入っていた試着室へと入っていく。
すると水着を選び終わったのか水無月さんがやってきた。
「水無月さんは何にしたのー?」
「私はこれよ」
「わぁ黒の無地のビキニですね。肩の部分がフリルになっていて可愛い……!
水無月さんに似合いそうです!」
瀬尾さんがにっこりと微笑み、私が「水無月さんも流行のってるねー」とからかう。
すると最後、ようやく水着を選び終えたらしい守華さんがやってきた。
「皆決めるの早いわよ! 私大急ぎで選んだんだからね!」
さすがはシッピングが趣味の守華さん。選ぶのに時間がかかるのも無理からぬことだ。
「で? 守華さんは結局何にしたの?」
「私はこれよ!」
取り出したのは、白のワンピースに見えるビキニだった。
「へぇ……これもトレンドなの?」
そう問う桜屋さん。
「さぁ……どうかしら? でもこれに決めたから良いの!」
自分に言い聞かせるようにする守華さん。そうでもなければこの短時間で水着を選べなかったのだろう。
「じゃーん!」
そう言いながら鈴置さんが試着室のカーテンを開けた。
「どうよこれ……!」
鈴置さんが纏っているのは白とオレンジ色のペイズリー柄ホルターネックビキニだ。
「うん、似合ってる似合ってる! 胸の方は大丈夫なの?」
「うん、問題なし!」
男子高校生には目の毒になりそうなくらいの巨乳が眼前にあった。
サイズ的にたぶんGからHくらいは普通にありそうだ。
「お待たせしました……!」
天羽さんが試着室から出る。
そして、同時に神奈川さんが「着替え終わったけど、どうかしら?」とカーテンを開けた。
「わぁ……お似合いです!」
試着室をでたばかりの天羽さんが声を上げる。
神奈川さんが着ているのは黒と白のビスチェビキニだ。
神奈川さんの長い黒髪と合わさり、大人っぽい雰囲気が際立っている。
「んじゃ、私が次失礼して……!」
そうして神奈川さんの試着品評会を見送り、私は試着室へと入った。
着替えている途中、ひつぐちゃんの着替えが終わったようでみんなの歓声が聞こえる。
「ひつぐ、似合ってるじゃない」
桜屋さんの声だ。
「そうかな? えへへ。もっと褒めてみんな」
ひつぐちゃんはいつものように淡々として要求する。
よし、上はおっけー。
次は下、下!
私はスカートを脱ぐ。
そして着替え終わり、中の鏡で確認する。
「うん。悪くないはず」
そう一人小さく呟き、私はカーテンを開けた。
「じゃーん! どうかな?」
私の水着を見て、天羽さんが「お似合いです!」と感想をくれるが、水無月さんと桜屋さんがじっとりとした目線を向けている。
「守りに入りすぎね」
と水無月さんが述べ、桜屋さんが「同感」と言葉を濁す。
なにさなにさー。恥ずかしいってのに頑張って着たのにー!
「ぶーぶー、水無月さんと桜屋さんが酷いんだー」
私がそう抗議すると、守華さんが「まぁまぁキャミソールビキニも悪くないじゃない!」と私を鎮めようとしてくれた。
「もう良いもん。これ買うし!」
私はそう怒ったふりをしてカーテンを勢い良く閉めると、外からは笑い声がした。
「ふぅー恥ずかしかった……!」
そう一人小さく呟きながら、試着を終えて服へと着替える私。
横で鈴置さんと神奈川さんが着替え終わった声がする。
次に試着室へ入ったのは瀬尾さんと水無月さんだろう。
私は水無月さんをからかってやろうと早めに着替え終えて試着室を出た。
守華さんが私と入れ替わりに試着室へと入り、それと同時にひつぐちゃんが試着室を出た。
「水無月さんの酷評を担当します。解説の香月です!」
外から中に聞こえるようにそう言うと、水無月さんが「バカ……!」と中から応じた。
そして、水無月さんと瀬尾さんがほぼ同時に試着室のカーテンを開けた。
「どうかしら?」
「どうでしょうか?」
くっ! 水無月さん、大人っぽい色気があって良いじゃんか……!
瀬尾さんも白のワンショルダービキニがとても良く似合っている。
「瀬尾さんは120点満点! 水無月さんは悔しいけど似合ってるよ……75点!」
私が採点し、鈴置さんが「水無月さんへの採点厳し目じゃない?」と笑う。
桜屋さんが「普通に100点あげるわよ」と水無月さんを擁護する。
「あーもう! それじゃ水無月さんに復讐できないじゃんかー」
私が言うと、みんながドッと笑った。
そして最後、守華さんが白ワンピースに見えるビキニを着て登場。
桜屋さんから、
「悪くないじゃない美有。センスを認めてあげるわ」
と言われて喜ぶ守華さん。
全員が試着を終え、私達は店員さんに大人数で迷惑をかけながらも会計を済ませると、渋谷の水着店をあとにした。




