65 黒瀬と教室で
休日明け。私はいつものように瀬尾さんと学院へと登校。
「あの香月さん。私、少し相談があるんです」
自宅の最寄駅で会ってすぐに、そう瀬尾さんに切り出された。
瀬尾さんは顔を伏せ真剣な様子だ。
「相談?」
「はい。ここではなんなので、今日の放課後……部活のあとにできれば二人だけでお話がしたいのですが……」
「うん。それは全然構わないけど……今日は生徒会の後に部活に行くと思うからその後だよね? おっけーおっけー」
私は二つ返事で了承すると、再び統制へと向かい二人で談笑を始めた。
∬
学院に着き、今日も私というボディガードがいるからか、針山の奴が瀬尾さんにちょっかいを出してくることはなかった。しかし……。
「ちょっといいか?」
「……黒瀬。なに? なんか用事?」
瀬尾さんと別れクラスについて早々、私は黒瀬に声をかけられた。
態々Bクラスにまでくるなんて一体どんな要件だろうか。
私が自分の髪の前下がり部分をくるくると指で巻取りながら不審そうな目を向けると、黒瀬はすぐに話を切り出してきた。
「オケ部っていま人材不足らしいじゃん?」
「……まぁそうだけど……それで?」
「実は俺、小学校まではマーチングバンドでユーフォニアムって楽器をやってた事あるんだよ」
知ってる……。がそうは返さない。
ゲームではオケ部に参加してくる時の黒瀬のお決まりのセリフだ。
「へぇ……それで?」
「だからさ、金管楽器だったら俺でもなんとかなるんじゃないかなって思って。
ほら、今じゃ俺体もでかいし、チューバなんて向いてると思うんだよな」
「……で?」
「で? ってお前……これだけ言えば分かるだろ? オケ部紹介してくれないかってこと」
黒瀬は私の顔を真剣な眼差しで見つめながらそう言った。
それも態々私を尋ねてきてだ。
私はとても嫌な予感がした。私は主人公ではないのに。
「ふーん。いきなりどういう風の吹き回し?」
「どうって、別に。お前が、香月がオケ部って聞いたからだけど?」
「聞いたって誰に?」
「天羽にだよ」
「天羽さんに!?」
きっと鋭い目線で黒瀬を睨みつけるが、当の本人は飄々とした表情で「おう」と答えてわさわさと頭を掻くのみだ。天羽さんに他に余計なことしてないかが心配だ。
それよりもだ。私は面倒なので聞いてみることにした。
「……で、私に気があるわけ?」
「いや……うん、まぁなんとなく」
黒瀬は目線を私から逸らしながら答えつつ、再び頭をわさわさと掻いた。
「そう……はぁ……」
私が大きなため息をつくと、黒瀬が心配そうな表情で私の顔を覗き込む。
「なんだよ? 迷惑か?」
「……はっきり言って良い? いや答えなくていいや言うから。
私あんたになんてこれっぽっちも興味ないから。
だからオケ部に入って点数稼ごうって魂胆なんだろうけど、無意味だから。
それだけ予め言っとくから」
「……お、おう……でも……」
「でもじゃない!
それでもどうしてもオケ部に入りたいなら、キーネンか保険医の桃子先生のところに行って! この話はこれで終わり!」
私が語気を強めて言いながら話は終わったとばかりに黒瀬から目線を外すと、黒瀬は「分かった」とだけ返事をして大人しくBクラスを去っていった。
たぶん私が止めたところで、黒瀬の行動は止められない。
だからあとは黒瀬次第だ。キーネンなり桃子先生なりの元へ行けば、諸手を挙げて喜んでくれるだろう。
ユーフォニアムはオーケストラでは使われていないが、生徒会活動で部活に途中参加しがちな豪徳寺に変わってチューバでならば即戦力になれるはずだ。
「しっかし、やっぱ乙女ゲー世界の男共は……」
どいつもこいつも惚れやすいし、扱いに困る。
現実世界では、男たちはこうまで積極的ではなかった。
いや、私が単純にそこまで熱心に恋に夢中にならなかっただけかもしれない。
実は私の知らぬ裏で、男たちの切った張ったとまでは行かないものの壮絶な恋愛合戦が繰り広げられていたのかもしれないが、非モテだった私には関係のない話だ。




