62 私はまだ大丈夫
キーネンは私の奇声にも怒声にも似た叫び声にも聞く耳を持たず、「話は早いほうがいい」とスマホを取り出すと、爺やをカフェテリアへと呼びつけた。
爺やはいつもこの時間は学校前に待機しているようで、すぐにカフェテリアへとやってきた。
「キーネン坊ちゃま、どのようなご要件でしょうか?」
「爺や、メイドを二人雇うことになった」
「ちょーっと待った!! 私は神奈川さんと違って生徒会もあるし大変なんだけど!?」
「生徒会は週3回だったか、オーボエから聞いてスケジュールは把握している。
ならばそれ以外の日に我がメイドとなればいいだろう」
「いやいやいやいや……!」
キーネンの横暴には隣りにいた水無月さんも顔を顰めている。
水無月さんもなんか言ってやってよ!
私の表情が伝わったのか、水無月さんが口を開いた。
「斎藤くん。香月さんは私と一緒に生徒会以外にやるべきことが色々あるのよ」
「ほう……聞いたことがないな。ならば更にそれ以外で手を打とう。どうだV1」
「時給いくら!? まだその辺の話してなかったでしょ。
あまり低いようだと、うんとは気軽に頷けないなぁ」
「爺や、平日の放課後から午後10時までだ」
「はい」
言われ、爺やがすぐに計算結果をスマホの計算機で提示してきた。
神奈川さんがその月30万超えの数字を見るに、すぐに「私やります!」と返事をする。
時給は見事に3000円ぽっきりだった。
「どうするV1。お前が断ればこの話はなしだ」
「ぐぬぬぬぬ……」
神奈川さんは助けたい。だからこの話を断るわけにはいかない。
けれど裏統制新聞でもっと割の良い定期バイトを見つけられるかもしれないじゃないか。
私は悩むに悩んだ。結果――。
「――やる。やるから神奈川さん雇って」
そう項垂れるように返事をした。
∬
「良かったの? 香月さん」
アルバイトの諸条件を確認しキーネンが去った後、神奈川さんが心配そうに私を見て言った。
「うん、まぁ水無月さんとの用事がないときって限定が入ってるし、いいよ。
それに私も割の良いバイト探してたしね!」
どうせ助けたい子は大勢いるのだ。
私と水無月さんのスケジュールが空くことはそうそうあるまい。
そういう判断だ。
水無月さんと違って、割の良いバイトを確保できていなかったこともある。
きっとこの判断は間違えていないはずだ……。
神奈川さんは私の言い分を聞くと、「そう……ありがとう!」とだけ言って、今日の日雇いバイトへと向かっていった。
カフェテリアには私と水無月さんの二人が残っている。
「ねぇ香月さん。貴方薄々勘づいているとは思うけれど……」
「良いって、どうせ男共のフラグを私が立て続けてるって言いたいんでしょ?」
「……」
そんなのは分かってるつもりだ。
まるで水無月さんと主人公が入れ替わるかのように、私は多くの男共とのフラグを立てつつある。それでも自分では神回避しているつもりなのだ。
オケ部へ参加することになってしまってはいる。いるが、だがしかしパート練習では女の子のみのパートを作ってもらえてる。
私はまだ大丈夫、大丈夫なのだ。
「それに、女の子たちを助けられるタイミングを見逃したら、それは私じゃないから」
落ち込むすんでギリギリのところで笑顔を作って水無月さんへと向ける。
水無月さんはそんな私の顔をただじっと見つめ、暫くして「そう……」とだけ言った。




