61 神奈川さんの説得とキーネンへの打診
木曜日。
放課後になりバイトに向かおうとする神奈川さんを水無月さんと一緒に捕まえると、カフェテリアへと連行した。
「茉莉……バイトの件。この香月さんにも話してあるから」
「どうしてそんなことするの?」
神奈川さんは水無月さんを睨みつける。
「どうしてって、斎藤くんに繋いで貰う必要性が有るからよ」
「斎藤くんに……?」
「えぇ、そうよ」
それだけ言って、水無月さんが私を見た。
おっけーあとは私に任せとけい!
「ねぇ神奈川さん。お金に困ってるのは知ってるよ。
だったらさ、キーネン家でメイドさんとして働いたらどうかな?」
「え……?!」
私はキーネン家がメイドを募集していることを伝えた。
無論、これはゲームでそうだというだけで、実際にこの世界でキーネンに確認したわけではない。
「それにあいつ、今期のオケ部は人材不足で困ってるじゃん?
Tp1の神奈川さんも練習にあまり出られてないって焦ってるはずだよ。
だから諸問題を金で解決できるならしてくると思うんだよね!」
「それはつまり……私をメイドとして雇いあげて部活をさせるってこと……?」
「うん、その通り!」
神奈川さんは話を聞いて黙り込んでしまう。
暫くしてコツコツとカフェテリアのテーブルを人差し指で叩きながら、私の顔を見た。
「斎藤くんのメイドって時給いくらかな?」
「さぁ、たぶん3000円はくだらないと思うけど……」
ゲームではキーネン家のメイドバイトは時給3000円だったはずだ。
それ以上に良いバイトを神奈川さんが探せている節もないし、喉から手が出るほどに欲しい数字だろう。
「平日毎日放課後から午後10時までの勤務って考えれば、お母さんの欠員分の家計を十分カバーできるんじゃないかな?」
「そう……そうね……」
コツコツと叩かれ続けていたカフェテリアのテーブルが少し強くコツンと叩かれ、神奈川さんが顔を上げた。
「いいわ、やるわ斉藤君のメイドを!」
「やった! じゃあ今度紹介するよ」
「いいえ、紹介するなら今日お願いしたいわ香月さん」
「えっ……! でも神奈川さん、バイトは!?」
「今日の日雇いバイトまではまだ少しなら時間的に余裕があるわ。
それに斎藤くんならまだオケ部の為に講堂にいるはずだもの。さっさと話を付けておきたいじゃない?」
神奈川さんに提案され、私は水無月さんを伴い渋々音楽講堂へと向かった。
「斎藤くん!」
音楽講堂に入るなり、神奈川さんがキーネンへと声をかける。
パイプイスに座っていたキーネンは、後ろへと振り返る間もなく神奈川さんに捕まると、私達4人は音楽講堂を出て再びカフェテリアへと顔を出した。
「キーネン、実は神奈川さんに関して頼みがあるんだ」
「なに……? Tp1がどうしたというんだ。休みばかりで練習にあまり参加していないところを見るに、来年の特待生指定は諦めたものとばかり思っていたぞ」
「それは違うから! 特待生はそのままでお願いしたいことがあるんだよ」
神奈川さんの特待生指定を解除されてはたまったものではない。
急いで否定すると、私は核心を切り出した。
「実は……」
神奈川さんのお母さんが病気で倒れたこと、お母さんが居なくなったことで家計が火の車なこと、その為にアルバイトをしていたことを掻い摘んで伝える。
話を聞き終えたキーネンは、「ほう、それで?」と私達3人を見た。
「キーネン家ってメイドさんのバイト募集してるじゃんか?」
「しているにはしているが……まさか、この間お前たち二人をそうしたように、Tp1をウチで雇えと言いたいのか?」
キーネンにしては話が早い。
私は全力で首を縦に振った。
「うんうん! 是非そうして貰いたいんだ。しかも部活中もメイドさんとして雇ってくれてもいいんだよ?」
「ほう、ならば確実にTp1を練習に参加させられるというわけか。面白い!」
キーネンは乗り気なようで、目を細めた。
「俺としても利のある話で申し分ないが、Tp1を雇うというならば一つ条件がある」
「え? なにさ急に」
「元V1まで一緒にとは言わん。その腕では使い物にならんからな。
だがV1、お前もTp1と一緒に我がメイドになってもらうぞっ!」
「はぁああああああー!?」




