57 音楽講堂でひつぐちゃん達と
放課後になり、私は今日はオケ部に出ようと音楽講堂へと向かった。
出ても女子だけのパート練を組んで貰えるから、男共とかかわり合いになるのは避けられる。
そんな前提が、少しだけ私の気持ちを軽くしていた。
キーネンの策に乗っているかのようで少し気に入らないけれど……。
音楽講堂へ着くと、鈴置さんが私を迎えてくれた。
「やったー香月さんだー」
腕を掴まれ、ぎゅっと脇に挟まれる。
鈴置さんのふくよかな胸が、私の腕にぎゅっと押し付けられている。
「ちょっと鈴置さん。離してってば、楽器取りに行けないよ」
「あと3分だけ、あと3分だけだから~」
そんな調子でふざけている鈴置さんを横目に、ひつぐちゃんが視界の片隅に入った。
そこで私はひつぐちゃんに声をかけてみることにした。
「やっほー! ひつぐちゃん」
「あ、どうも。えっと香月さんでしたよね? 先日は兄がお世話になりました」
ひつぐちゃんはペコリと私にお辞儀する。
「合宿のこと? そんな、全然なんにもしてないよ私は」
「そうですか? ステーキがとても美味しかったと話を聞いています」
「あーあれは私じゃなくて、もう一人の水無月さんが料理上手だったんだよ」
「なるほど、水無月さんが……後でお礼のメールを送らなければなりませんね」
ひつぐちゃんは何かと礼儀正しく対応してくれる。
とっても優しい良い子なのだ。
その表情は淡々としているが、ピンク色の瞳にはありありと私に対する興味が浮かんでいた。
「あーそうだ。今日はクラリネットとのパート練からだよ香月さん!
ひつぐとも一緒ー。水無月さんも居ればよかったのにね?」
鈴置さんが私を離さないままに言い、私が「え? そうなの?」と言葉を返した。
「うん。さっきキーネン君がそう言って出てったからさ。
何でも男が苦手とか? 聞いてるよ~香月さーん。
それでこの間の皇君の乱入を大層嫌がってたんだねー。
いやはや、私が助けてあげられればよかったんだけどね……。
さすがに学院の人気者相手にちょっと足元すくんじゃって……ごめんね!」
鈴置さんは私の腕を離すと、手のひらを合わせて平謝りしてきた。
確かにちょっとくらい皇の乱入に文句を言ってもらいたかったけど、推しに謝られては女が廃るというものだ。全然問題はない。ないったらない。
「そんな謝らなくても大丈夫だよ~! 気にしないで! 鈴置さんは悪くない!」
私が大仰に大丈夫アピールをすると、鈴置さんは申し訳無さそうに笑い、少しだけその緑色の瞳に元気が戻った気がした。
「弓佳はそんなに普段から気にしているから、きっとその胸にはたくさん悩み事が詰まってるんですかね?」
ひつぐちゃんが淡々とした表情のまま鈴置さんの胸元を見ながらそんな事を言い、私はティヒヒと笑った。
「ちょっとちょっと! 胸とこの事とは関係ないでしょう!」
「そうかなぁ。悩める女子ほど大きくなるなんて噂、聞いたことがなくもなくもな~いみたいな?」
私がひつぐちゃんを習って茶化すと、ひつぐちゃんも「ですです」と淡々と言い、鈴置さんが紫色の髪を束ねたポニーテールと大きな胸を揺らしながら、「だ~から~違うって~!」と大袈裟に否定した。
しかし、ひつぐちゃん。
ゲームでは佐籐と共にいるときに挨拶するのがメインで、あまりその性格を窺い知れるような描写はなかったように記憶しているが、鈴置さんを茶化したりすることもあるんだなぁ。
意外な側面を見たような気がして新鮮に感じる。
やはりトロコンしたゲーム世界だからといって、侮ってかかるのは良くない。
早々に、学校裏アプリたる裏統制新聞という情報ソースを抑えたのは正解と言える。
確か、鈴置さんもひつぐちゃんもフリーの女子にカウントされてる。
シスコン佐籐を除けば、瀬尾さんのようにしつこく迫られているって事は今のところないみたいだけど、二人共こんなに可愛らしいのだ。あと鈴置さんは巨乳なのだ。男共の魔の手が伸びるのも時間の問題と言えるかもしれない。




