54 周防家での家庭教師
放課後。私は授業終了の合図と共に、すぐに学校を出た。
オケ部に出られない旨は瀬尾さんに伝えてあるし、あのあと守華さんにも連絡を入れた。
生徒会に顔を出さなかったからといって、守華さんが心配する事もないだろう。
周防さん家へは乗り換えを含めておよそ30分程度で辿り着いた。
所謂、城西の高級住宅街だ。
お宅の立地的に、きっと進学先は統制学院や他都内の名門校を目指しているのだろう。
中学生の家庭教師に時給5000円も出せる家庭はそう多くはない。
浅神に紹介したことで、統制の生徒二人で担当することになったとはいえ、週5回4時間が週2、3回2時間に変わっただけのことだ。
浅神としてはこの美味しいバイトをもっと数をこなしたかったに違いない。
けど水無月さんも何かと入用らしいから譲れなかったんだろう。
お宅の前でチャイムを鳴らすと、すぐにインターホンにお母さんが出た。
「あら……? どちらさまでしょうか?」
「すみません。水無月さんの代わりに家庭教師で伺いました。
統制学院2年、香月伊緒奈と申します」
言って、私はカメラで見えるように学生証を提示。
「あらあら。水無月さんは今日は?」
「それが、風邪らしくて。それで友人の私が代打で伺いました」
「まぁ……! 骨折もしてるっていうのにそれは大変ね。
入ってらしてくださいな」
カチャっと音がなって門の鍵が開き、私はすごすごと中へと入っていく。
周防さんのお母さんに迎えられ、私は再び「カメラでは見辛かったでしょうから」と学生証を手渡した。ちなみに周防さんのお母さんの声に私はめちゃめちゃ聞き覚えがあった。
たぶん中堅を抜けて大御所に片足を突っ込んでいる人気女性声優さんと同じ声だ。
これはもしかして……胸が高鳴る。
居間に通され、「いつもはここで勉強を教えることになっているの」とお母さんが言う。
「もも~家庭教師のお姉さんがいらしたわよ~」
2Fへ向けてお子さんを呼ぶお母さん。
呼ばれてすぐ、周防さん家のお子さんである女の子が姿を現した。
「あれ? 水無月先輩じゃないんだ?」
「う、うん。水無月さんは今日は風邪でお休みなんだ。
それで代わりに私が来ました。香月伊緒奈って言います、よ、よろしくね」
「あ、はい。私は周防ももです。よろしくお願いします」
うわああああ! やっぱ推しと同じ声してるじゃんかーーーー。
ちょっと待て、裏統制新聞が情報元の家庭教師先で、3人組超人気声優アイドルグループのもう一人と同じ声に出会えるだなんて! まさか3人全員揃っちゃうノリなの? あと一人はどこ!?
しどろもどろになりながらも挨拶を交わした私は、次いで水無月さんに教えて貰っていた箇所を確認した。
「そっかー英語は関係代名詞と仮定法のところ教わってたんだね。おっけーおっけー」
そうして、水無月さんから出されていた宿題を確認。
いい感じにできてる。
てか統制の過去問じゃん!
「えっと、ももちゃんはもしかしてウチを受ける気なのかな?」
「はい。統制が第一志望です!」
めちゃめちゃ頭が良くないとウチは受からない。
といっても統制学院の試験は何も高校の学習領域がでるわけではない。
あくまでも中学の単元から良問が多数出されるのが統制の試験だ。
でも宿題の正答率を見る感じ、ももちゃんめっちゃ頭いいじゃん!
「そっかー、今の時点でこの出来なら来年には統制で会えるかもね! 上出来!」
と私が褒めると、「ほんとですかぁ?」と嬉しそうだけど、今の結果に甘えて良いのかわからないといった顔を見せた。
「じゃあ、続きここからやろっか?」
「はい!」
そうして仮定法の続きを教えていく。
それが終われば少し休憩を挟んで、今日は社会の勉強だ。
といっても社会は単純な暗記科目だ。
分からないところがあれば授業をするのもやぶさかではないが……。
まぁ午後7時になって、理系担当の浅神にバトンタッチするまで問題なく過ごせそうだ。
ももちゃんの声を聞きながらする授業楽しすぎ!
これで時給5000円も貰えるなんて、美味しすぎる商売もあったものだ。
∬
「あれ、香月……!」
午後7時。私と入れ替わるようにやってきた浅神に玄関でバトンタッチ。
「うん。まぁ今日水無月さんが風邪でね、私が代わりに来たってわけ」
「そうか、うんまぁいいけど。このバイト教えてくれてサンキューな」
「なに改まって……良いってことよ! ってか早くももちゃんのとこ行ってあげて!」
私は妹ちゃんの為にも頑張んな! と少々のエールを心の中で送りながら、浅神と入れ替わるようにして周防家を出た。




