43 練習中の侵入者
キーネンの提案を断りきれなかった私は、結局、本日の練習に参加することになった。
今はちょうど全体での基礎練習が終わったところだ。
「今後、弦楽器のパート練習は以下のような編成で行う」
キーネンがそう発表し、私専用の女生徒だけのパートが作られた。
これならば確かに、男共とどうこうする可能性は下がる……下がるのだが。
しかし、他のパートにも腐るほど男がいるではないか。
どうしたものだろう。
「香月さん! 今度こそ逃さないわよ!」
さきほどまで練習を指揮していたコンミスの鈴置さんが私の腕を掴む。
コンミスとは女性のコンサートマスターの事だ。
水無月さんの席が空いた事でV2からV1に昇格して、本来は私がやる嵌めになったであろうコンサートマスターを肩代わりしてくれていたようだ。
「全くもう! 水無月さんもだけど、香月さんまで逃がすわけには行かないよ!
なんか知らないけど同じパート練習にもなったし、絶対離さないからね!」
そうしてぎゅっと腕を絡めてきた。
声を良く聞けば、私の推しその8の声なのだろう。
ヒロインをやらせれば間違いのない、正統派ヒロイン声の若手の子だ。
ゲームでは無論モブ子ちゃんで声なしだったのだから、こんなにも推しの声が溢れたゲームだったのかと私は唸らざるをえない。
ちなみにだが鈴置さんは巨乳である。
先程から密着しているせいで、私には彼女のふくよかな胸が当たっている。
「ちょ! 離してよ鈴置さん。逃げたりしないから!」
そんなこんなで、私はヴァイオリンパート練習に拉致られるかの如く連れ出された。
∬
パート練習が始まった。
まずは個人練習ということになり、私達は音楽講堂を出て一般教室棟へ。
私もいることだからと、2年Bクラスを練習に使うことになった。
「やっぱり指の皮薄くなってるよね……」
中学までの私は弦楽器で食べていこうと思っている節がかなりあった。
実際、大学も音大を狙っていたしな私。
でもすべてを思い出してしまった後となっては、このままヴァイオリンでご飯を食べていこうとするのは憚られた。
そういえば、水無月さんはヴァイオリンを捨てて、一体何で食べていく気なんだろう?
周防さんの家庭教師を引き受けたってことは教育系の道に進むつもりだろうか?
そんな事を考えながらヴァイオリンの練習を始めた時だった。
突如として、2Bのドアが豪快に解き放たれる。
そして姿を表したのは――皇時夜だ。
「よぉ香月。お前オケ部だったんだな?」
「皇……一体何の用?」
私が皇を迎え撃つが、他のパート面子はいきなり登場した学院の有名人相手にドギマギとして何もできていない。鈴置さんもあたふたとしていて緑色の瞳が困惑に淀む。
「トッキーやめようって! あとで立日に怒られるよ!」
「そうだぜ、時夜! 生徒会の二人には特に手を出すなって言われてたろ!」
皇の取り巻きが一応止めに入っているが既に後の祭りだ。
「用……? 用か。なら俺が手本を見せてやるよ。貸してみろ」
そう言って皇は私からヴァイオリンを奪い取ろうとするが、私が「嫌っ」と抵抗したことで事なきを得た……かに思えたのだが、他の子が「良かったら私のを」とヴァイオリンを皇のアホに貸し出してしまったではないか。
「何度も言うが手本を見せてやる。お前は黙って聞いてろ」
そうして皇はヴァイオリンを弾き鳴らし始めた。
まるで私が水無月未名望であるかのように。




