41 佐籐奏はシスコン
「どういう意味かな? 僕に喧嘩を売っているのかい?」
「別に喧嘩を売っているつもりなんてないわ。
ただ、私は私の意見を言っただけよ」
「そんな……まさか水無月さん転入初日のたった1日だけでそれを見抜いたの!?
私、たしかにひつぐと水無月さんが親しそうに話しているのは見たけれど……」
「……」
守華さんが驚きを隠せない表情で水無月さんに問う。そして豪徳寺が押し黙ってしまう。
「えぇ……まぁ。なんならひつぐにこの場できいてみましょうか?」
そう言って、水無月さんは自身の黄緑色のスマホを掲げて揺らす。
佐籐の表情がみるみる内に怒りか恥ずかしさかで赤く染まる。
「どうしたのかしら? まさか答えられないの?」
水無月さんの煽りに佐籐が口を開こうとしたその時――、
「――やり過ぎだ。水無月さん。その辺りにしておいてやってくれ」
と豪徳寺が場を収めようと動いた。
「佐籐も……これは生徒会合宿だ。俺も考えを改めた。
この場にいる生徒達と親睦を深めるのが優先だ。
ひつぐちゃんには悪いが、そう伝えてくれないか?」
「……分かったよ」
豪徳寺が言い聞かせるかのように、ひつぐちゃんの参加拒否を告げると、緩慢な動作で佐籐が頭を縦に振った。彼の紅潮していた表情も元に戻っていった。
∬
生徒会室をでてすぐの廊下。私は水無月さんに真意を確認しようとした。
「ちょっと水無月さん! どういうつもり!?」
「どうもこうも……少し攻めすぎたかしら?
香月さんを見習ってみたのだけれど……?」
水無月さんは小首をかしげるばかりだ。
「もちろんセーブはしてあったんだよね?」
「えぇ……まぁ。でも戻っても良いと思っていたのだけれど、香月さんがいると上手く行くものね? まさかシスコンって言葉を出しても佐籐くんが激昂しないだなんて思ってもみなかったわ」
「いやいや、豪徳寺も言ってたけどやり過ぎだってば!」
「そうかしら」
水無月さんはどこ吹く風で私の意見を聞いてくれない。
確かに佐籐の奴が気持ち悪いシスコン野郎だってことを、守華さんに教えるのには大成功したのは疑いようのない事実だ。
しかし、物は段取りってものがある。
いきなり、「だって、貴方シスコンでしょう?」では事はそう上手くは行かない。
私はそう思っていたのだけれど……。
「まぁいいか! 守華さんもドン引きしてたみたいだから結論おっけーだよ」
「そうね。まさか合宿に行く前から守華さんと佐籐の芽を摘めたかもしれないだなんて。
僥倖中の僥倖じゃないかしら? 私グッジョブよね」
「うん、まぁそうだけど! できれば私のことも頼ってほしいな」
佐籐奏はどうしようもないシスコン野郎だ。これはゲームから変わらない事実。
双子の妹であるひつぐちゃんの事をどうしようもないくらい慕っている。
ゲームでひつぐちゃんを攻略する時――否、佐籐を攻略するルートでひつぐちゃんとイチャイチャする時、どう足掻いてもひつぐちゃんとくっついて離れない佐籐を引っ剥がすのには相当苦労するのだ。オケ部でも兄弟揃ってクラリネット同士なのを良いことにパート練習の最中に勝手に未名望への好感度を下げてくる。それが原因で、もっともイベント数を多く割り当てなければ攻略できないルートだった。
「ひつぐちゃんは可愛いんだけどなぁ」
私が呟くと、水無月さんが「そうね」と同意してくれた。
すると、生徒会室から守華さんが出てきた。
「ちょっと! 香月さん、水無月さん!」
私達を見つけると小走りで近寄ってくる守華さん。
「これ私のIDだから! あとでお話しましょう!」
そう口早に告げると、私と水無月さんにメッセのIDを見せてくる。
自分からIDをくれるなんて最高守華さん!
「それと香月さん……楽器を持ってきてるってことは、このあとオケ部に行くのよね?」
「うーん……楽器を置きに行くだけかもだよ?」
「そう。なら私はこの辺で。香月さん、あとは任せたわよ」
そう言って、水無月さんは校門へと向かっていった。