39 私は普通の人が好き
「あー! もうどうしよう水無月さん。
私、気が向いたらねって守華さんに言っちゃったよ~」
夜。
私はお風呂に入りながら水無月さんとの作戦会議中だ。
「馬鹿ね……。でもあの感じだとどう足掻いても話は終わらなかっただろうし、あれで正解だったんじゃないかしら?」
守華さんが私と一緒にオーケストラがしたいと言い切った後、私はドギマギとしてしまい、『気が向いたらね……!』などとのたまってAクラスをあとにしたのだ。
それにしたって、水無月さんの言い様ったらないよ。
「もう! 水無月さんが主人公であって、私が主人公じゃないのに!!」
「だからそれはしょうがないのよ香月さん。
私が貴方の言う主人公の境遇にある状態では、新たな因果は掴めそうにないもの。
私、浅神君と同じ子の家庭教師をしているのだって不味いかな? って思うのよ。
きっと私より貴方のほうが主人公に向いている」
「だから! 何回だって言うけど、私はあいつらとお付き合いとかする気はこれっぽっちもないから! 私はもっと普通の男の人が良いの! お父さんみたいな人!」
我が父はとっても良い大学を出ているってこともなく、普通の大学を出た後に大手ゲーム会社に就職していて勤続20年というお方だ。眼鏡がトレードマークなのが私と共通している。とっても優しくて母想いの良い父親である。あとそこそこのイケメンだ。顔面偏差値で言えば中の上ってところである。
「そう。まぁせいぜい頑張ることね香月さん。
時夜にも名前を覚えられてしまったみたいだし、彼ああなると長いわよ」
「皇の話はやめてよ! 言われなくても分かってるから」
皇のあの態度を見るに、たぶん私に何でもかんでもケチつけようとしてくるに決まってるのだ。ゲームで何回も経験したのだから嫌だって覚えている。
皇のあれはあれで愛情表現に至る一歩手前なのである。
金輪際顔を合わせないようにしたい。でもそれだと桜屋さんが気になるし、生徒会メンバーのこともある。Aクラスには少しは顔を出さねばならないだろう。
それに加えてオケ部である……。
「……あーもう、どうしてこうなったぁ~……!」
私は浴槽に深く浸かりながら唸った。
∬
「香月さん。楽器を持ってきたんですね」
「うん……。まぁ色々あってね」
相手が瀬尾さんといっても、詳細は語りたくない。
朝っぱらからオケ部に行くことなんて考えたくはなかった。
なによりも魑魅魍魎共に会うとなると気が滅入る。
でも生徒会庶務として生徒会の仕事をするのだから、守華さんが一緒にいる。
一緒にいるならば、誘われてしまった時に『ごめん楽器なくて』とは言い辛い。
私は仕方なく楽器を持ってきたのだ。
それ以上でも以下でもない。
いま考えるべきは何よりも生徒会合宿への参加だ。
その為には生徒会庶務にならねばならない。
生徒会の活動は週3回。
なんと週3回もあるのだ。
これでは放置しておけば、生徒会の三角関係は醸成するばかりである。
なんとしてもそれだけは防がなければならない。
「私、嬉しいです。香月さんと一緒にオケ部が出来て……!」
「うん……ありがとう」
瀬尾さんは相変わらずとっても可愛いし、良い声でそんな事を言ってくれる。
しかし、私は本当にイケメンたちに関わりあいになりたくないのだ。
でも瀬尾さんを針山のクソ野郎から守れるっていう良い側面もあるかもしれない。
なんにせよ、気が向いたらやると言ってしまった手前、逃げられるものではなさそうだ……。
∬
「あれ? 桜屋さんランチじゃないの?」
私が素っ頓狂な声を上げると、桜屋さんは気まずそうにお弁当箱の封を開いた。
「だって、みんな学食のランチじゃないんだもの」
「気にしなくてもいいのに……私だってコンビニご飯だし、仲間はずれなのは一緒よ」
水無月さんが桜屋さんをフォローするが、桜屋さんは「良いの!」と言って譲らない。
「水無月さんこそ、少しは自分で作ろうと思わないの?」
「うるさいわね。朝と夜だけで手料理は十分よ。
それにこの腕だもの! 料理なんてしないに限るわ」
そんな事を話して5人で和気あいあいとテーブルを囲んでいた。
「――おいお前ら! カフェテリアまで来て態々弁当とは良いご身分だな!」
案の定。私達を見つけた皇の奴がちょっかいをかけてきた。
「ちょっと、トッキーやめなって立日もいるんだし……」
「そうだぜ時夜、そっとしとけよ」
「うるさい。お前らは黙ってろ……!」
皇は取り巻きに忌々しそうにそう言い放つと、私達が楽しく食べている昼食に文句を付け始めた。
「おいおい、弁当ならまだ内容を評価できるってのに、コンビニで売ってる物を持ってきてるやつがいるのか? おいおい勘弁してくれ。ここは良家の子息子女が多く通う統制学院だぞ?」
「ちっ」
「なんだ、お前。俺に文句でもあるのか?」
私があからさまに苛ついた態度で舌打ちをすると、皇のヘイトは私へと向かってきた。
「そうやってさ、お金持ちぶるのやめたら?」
「別にぶってるわけじゃない。実際金持ちなんだよ俺は」
「はいはい。良かったでちゅね。パパとママのおかげでちゅねー」
「お前……!」
皇のやつが言葉だけでなく、私に手出しをしそうになったその時、桜屋さんが啖呵を切った。
「いい加減にして時夜。本当にお金持ちなら天羽さんを見習ったらどうなの?」
「いえ……私はその……」
「くっ……大体にして立日、お前もお前だぞ。なんでこんな奴らとつるむようになったんだ!? 少し前までは時夜時夜って俺の後をついて来るだけの女だった癖に……!」
皇が桜屋さんにまで絡み始めてしまった。
しかし、パックジュースを大きな音を立てて飲み終わった水無月さんが皇を睨みつける。
「本当にいい加減にして頂戴。
生徒会規則にカフェテリアでお弁当を食べては行けないなんて条項はないわ。
これ以上やるならば、生徒会に対する敵対行動として認定します。
私達はなんだったか、昨日のやり取りを忘れたわけではないでしょうね?」
「……! もういい!」
それだけ言い残して、皇はようやく私達のテーブルを去っていく。
その小悪党ぶりと来たらB級映画もびっくりだ。
私はもし付き合ったり結婚するとしても、絶対にあんなオラついたクソどもじゃなくて、普通の人が良い。
絶対に、絶対にだ。




