36 周防さん家の家庭教師と水無月さんの思惑
「ちょっと香月さん……!」
夜。急に電話してきた水無月さんが切り出した。
「な、なに!?」
「周防さん家の家庭教師のバイトの件なのだけれど……」
「え? 周防さん家……?」
誰だそれ。知らない人だ。
何の話だろうとベッドに転がる私。
「だから、浅神君に紹介したの香月さんでしょう?
裏は取れてるんだから……!」
「あー周防さん家ってあの中学生の家庭教師の。
うん。確かにそれなら私が浅神に紹介しちゃったけど、
なんか不味かった?」
「はぁ……私とバッティングしたのよ」
水無月さんが心底残念そうな声でそう告げる。
「ご、ごめん!
水無月さんも家庭教師のバイトやりたいとは考えてなかったよ」
「もう! しょうがないからいいわ。
私が文系科目を、彼が理系科目を教える事で手を打ったから。
でも私が調整の為に彼と連絡先を交換するハメになったんだから、
この埋め合わせは絶対にして貰うわよ、香月さん」
そう言って憤る水無月さんだったが、「ヒロインらしくていいじゃん」とは言えなかった。
「埋め合わせって……?」
恐る恐る尋ねると、水無月さんはあっさりと言い放った。
「私と一緒に生徒会に入って頂戴」
「はぁー!?」
びっくりして上半身が起き上がってしまった。
生徒会に入らないと駄目かもとは思ってはいた、思ってはいたけど……。
「守華さんを守る為よ。分かっているんでしょう?」
「そ、それは……」
そう言われてしまうと、返す言葉がない。
「確かに、私、生徒会の三角関係の話は理解してるよ。
でも、だからって水無月さんと一緒に私が生徒会に入るの!?」
「ちょうど庶務の枠が2枠あいてるじゃない。
今どき、必ず男女で担当しなければならないだなんて古いとかなんとか。
貴方なら適当に押し通せばどうにでもなるんじゃないかしら?」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
私にはどうもそういう力があるらしい。
水無月さん流に言うなれば、『新たな因果』を掴む力ってやつだ。
けれど、ゲームで攻略する時だって、他のイケメンの誰かが必ずと言って良いほどやってきて女の子二人で庶務をする事は不可能だったのだ。
今の私にそれができるだろうか?
まぁできなかったとしても、それは仕方のないことだ。
水無月さんの言うようにやってみるにこしたことはないだろう。
見ててよ、水無月さん!
「とにかく、生徒会合宿が行われるまでに守華さんを正気に戻さないとって思うのよ。
確かに佐籐くんは良い人だけど、ちょっと裏があって――」
「――ストップ。水無月さん。皆まで言うなだよ。
佐籐のことは私も分かってるから……!」
「そう……本当に?」
「うん。それよりもひつぐちゃんも水無月さんの攻略対象だよね?」
私がそう問うと、水無月さんはしばらく黙ってしまった。
「そう。さすがは転生者ね、香月さん。
えぇ……ひつぐも私達、水無月荘の一員だったわ……。
けど私、もうこれ以上は求めてない……。
守華さんを救えたなら、もうそれで十分だって思うときがあるのよ」
「え? どういうこと?」
「あのね、香月さん。私本当に本当に何回もこの世界を経験してるのよ
桁数で言ったら4桁を超えるぐらいかしら」
「え!? 4桁!!!?」
「えぇ……」
4桁って言ったら9999回までだ。
ということはもう水無月さんは1万回以上もループしているってことか……!
「もちろん、なにも一つのループが最初から死ぬまでってわけじゃないわ。
けれど、私はこんなにも多くのループを経験してきた。
あちらを立てればこちらが立たない。
そんな失敗と成功に似た何かを繰り返し繰り返し……。
だから私、どうしても最後に文歌を一度だけで良いから助け出したかった。
文歌と立日を同時に助け出せていそうな今だって、
私にとっては奇跡そのものなのよ……?
だから最近、ここら辺りで終わりにしようって思う時があるの……」
それだけ言うと、水無月さんは少し黙って、それから――、
「――だって、そうしないとすべてが壊れてしまいそうなんだもの……」
と正直な不安を私に吐露してくれた。
それから、「ごめんなさい、私、お風呂に入らないと」とだけ言い、水無月さんは電話を切った。




