29 フルート少女のメゾピアノ
週末を桜屋さんと過ごした私達。
桜屋さん家のお祖母さんを説得するのに成功した後、お着物で4人揃った集合写真をパシャリ。その後どこかに食事に行こうかという話にもなったけれど、借りた着物を汚すのも忍びなく天羽さん家に直帰することとなった。
「ま、着替えた後に天羽さん家でお食事を頂いたんだけどね……!」
フルコースとは行かないまでも、子牛の胸肉とフォアグラを使った料理を頂いてしまった。
私は人生で初めて食べる本物のフォアグラに舌鼓を打ちつつ、桜屋さん奪還を個人的に祝った。無論、水無月さんと二人喜び合いたかったけど、その場には事情を知らない天羽さんと桜屋さんの二人がいたのだから仕方ない。
「はぁ……」
料理を思い出して一人ぶつぶつと喋ってはいるが、今は登校中だ。
周りに誰かいないかを気にしてはいたが、同じ駅を使っている人は知る限りでは誰もいないし、問題はないだろう。
「学校の最寄り駅だったらもうちょっと警戒するんだけどねぇ……」
などと呟きながら、私は自宅の最寄駅のホームでつらつらと独り言を呟いていた。
そんな時だった。
「いい加減にして貰えませんか?」
唐突に、女の子の声が耳に入る。
目を向けると、一人の女生徒が電話をしているようだった。
てか統制の制服だ……!
それに――、
――私はその女生徒を見たことがあった。
転校初日とこの間の金曜日。
まさか同じ最寄駅にオケ部の生徒がいるだなんて思ってもいなかった。
「何度もお断りしたじゃないですか。
それでは、これで失礼します――」
少女は言って電話を切った。
――のだが。
「――香月さん……?」
女生徒は、こちらを怪訝そうに見て私の名前を呟く。
「やっほ……! えーっとごめん、名前なんだったっけか?」
確かフルートを担当している子だ。それだけは覚えている。
編み込みボブの黒髪のこの子を見たことがあった。
「Dクラスの瀬尾みのりです……」
「そ、そっか、そうだった! 瀬尾さん瀬尾さん、と。
うん、うん……覚えた! 今度は大丈夫、大丈夫だと思うよ!!」
今度など早々ない事を祈ってはいるが……しかし、それはオケ部に限っての話だ。
この子……間違いなく私の推しその5の声をしているではないか!
推しの声の子を愛でられる生活に慣れきってしまった私でも、最推しに限りなく近いこの子の声に慣れられるわけもない。
え……嘘……マジで? って感じである。
先程から緊張でどもってしまっている。
だってゲームでは、フルートの子は声無しのモブ子さんだったはずだ……!
「そう……それはそれとして、まさか香月さん最寄り駅はここですか?」
「う、うん、ここここ! ここだよ!!」
「……? 本当にですか?」
無意味に疑われてしまっている。落ち着け私!
「うん。本当だけど……何か問題あるかな?」
「いえ……まさか同じ最寄駅の人がいると思っていなかったので」
「だよね……! 私もだよー。瀬尾さんに会ってほんとびっくりした」
「本当にそうですよね……。ところで聞いてましたか……?」
「え!? いや聞いてたか聞いてなかったかと言われれば……」
言われ、どぎまぎと眼鏡を直す私。
別に何か悪いことをしていたわけでもない。素直に白状してしまうことにした。
「うーん。なにか揉めてるっぽかったのは聞いたかなー。
うん。たぶん気のせいかなー」
「……聞いてたんですね」
「あ、うん。でも最後の方をちょろっとだけだよ、ほんとにほんと!」
「そうですか……」
瀬尾さんはそれだけ言って、「はぁ……」と深くため息を付いて鞄を持つ両手の肩を落とした。
推しの声の子が悩んでいるっぽいのを放っておく私は、果たして私だろうか?
それが例え、前世での事であったとしてもだ。
熟慮――早期に結論は出た。
これより作戦行動に移る。紛争に、介入するっ!
「もし私で良ければ、話聞くけど?」
「えっ……!?」
「いや、瀬尾さん悩んでるみたいだったからさ。私に話してみない?」
「……」
瀬尾さんは少し迷っているようだったが、「同じクラスに友達も余りいないし……」と言って続けた。
「実は……最近複数人の男子に言い寄られていて……それでとても困ってるんです」
「え!? 言い寄られているっていうと、やっぱそういう……?」
「はい。男女の仲というやつですね」
「そ、そうなんだ。モテるんだね瀬尾さん」
「いえ……それが私にも原因がさっぱり分からなくて……。
パーカスの針山君に言い寄られているのはまだ分かるんです。
でもそれ以外の男子は話したこともない人達に、急にですよ?
おかしいとは思いませんか……?」
「た、たしかに……それはおかしい」
てか針山あの野郎。瀬尾さんに手を出そうとはけしからん……!
それよりも、私には思い当たる節があった。
裏統制新聞だ。
“詳報、まだフリーな学生リスト”
このフリーな学生リストとは、まだ誰ともお付き合いしていない生徒のリストになっている。
中には写真から始まり入っている部活、普段立ち寄る学校での場所、好きな物まで掲載されている生徒もいて、まさに校内裏マッチングアプリ状態である。
「瀬尾さんはDクラスだったよね?」
「はい……?」
「ちょっと待ってね。調べて見るから」
「はい?」
「いいからいいから!」
私はスマホを取り出すと、裏統制新聞のアプリを起動した。
そして件のトピックを選んで中を進んでいく。
DクラスDクラスっと……いた……! やっぱりリスト入りしてる……!
それも写真付きだ。
この瀬尾さんかなり可愛く見えるし男共が群がるのも無理はない……!
「瀬尾さん。驚かないで聞いてくれるかな?」
「はい……」
「んー詳細は言えないんだけど、学校裏アプリみたいなものがあってね」
「え……! 裏アプリですか?」
「うんうん……で、それでまだ誰とも付き合ってない生徒がリスト化されてて……。
その中に瀬尾さんが含まれちゃってるのが原因みたい」
「そんな……迷惑です」
「そうだねー」
これで助かってるって人や、カップルになりましたって人達もいるだろう。
でも、誰しもが異性とお付き合いをしたいってわけじゃない。
学生時代は勉学や部活に励みたいって人だっているはずだ。
そんな都合を無視している裏統制新聞は迷惑と言って過言ではない。
所詮はゴシップだからって言って慰めるのは簡単だ。
でもそれでは直接的に迷惑を被っている瀬尾さんにとっては、なんの解決にもならない。
私が解決策に難儀していると、電車が到着した。
朝にしては割と空いていたので、私と瀬尾さんは隣へと座った。
そして小さな声で言った。
「瀬尾さん、良かったらメッセのID教えてくれない?」
「えぇ……構いませんけど」
そうして私は瀬尾みのりさんのメッセIDをゲットした……!
テレテテーテテ、テッテテー!
その後、私は瀬尾さんから困っている詳細を色々と聞き出すことに成功した。




