25 舞姫による憂鬱なセレナード
部活後。どうしても桜屋さんの一件に納得の出来なかった私。
再度桜屋さんと話し合いをすることにした。
もうメッセージは送ってある。
どうやら桜屋さんも今日は学校に残っていたらしい。
すぐに返事が来た。
天羽さんが私に頑張れのスタンプを密かに送ってくれる。
頑張るよ文歌あああああ!
「こんばんは!」
午後6時。夕焼けももう終わりを迎え、後少しで真っ暗闇がこの春を支配する。
そんな学院の屋上。傍らには私の鞄とヴァイオリンがケースに入れられ置かれている。
そこで待ち合わせしていた桜屋さんを、私は迎え撃った。
「こんばんは。天羽さんは一緒じゃないのね?」
「うん。今日はお爺さんとの食事会があるんだってさ」
「そう」
それに私がオケ部に強制的に連れさられてしまったのだ。
放課後の事や今後のことを話し合う余裕はなかった。
加えて言えば、女の子たちを助け出そうという魂胆を持って行動しているのは、今の所私と水無月さんの二人だけだ。
これ以上、天羽さんを無理に巻き込むわけにはいかない。
「どうしてかな? どうしてアマバネとのコラボを断ったのか。
もう一度でいいから、今度は桜屋さんの言葉で教えてくれないかな……?」
私がそう懸命に訴えると、桜屋さんは左前髪を掻き上げて耳にかけた。
黙り込む桜屋さんに、私が続けて問う。
「皇が好きなの?」
「……別に、好きといえば好きだけど……」
「婚約したいと思うほどじゃない……そうだよね?」
「……」
私の言葉は的を得ていたようで、桜屋さんは押し黙って屋上の柵へと腕を置いた。
「……私さ、着物大好きなのよね。
小さい時から着せられてたし愛着があるわけ。
でもさ、さっき時夜にお父さんの経営方針を聞いたらさ、リーズナブルな路線を拡張して顧客拡大を狙うって話だったんだ。
私、それって嫌いで……」
桜屋さんは私に横顔を向けながら訴えかける。
やっぱり桜屋さんにも思うところがあったんだ!
これならばなんとなるかもしれない……。
そのまま続けて続けて!
「着物ってさ、安物では分からない良さがあるんだよ。
だから最低でも10万は出してくれると嬉しいなって思うんだけど……」
「だったら尚更、アマバネとのコラボを断るなんて論外じゃない?
私だったら、昔からの顧客を大切にしながら、できるだけ多くの人に良い着物を届ける。
それこそが老舗呉服屋さんの務めってやつじゃないかな」
「……」
私の押しの一言に、苦虫を噛み潰すかのような表情を桜屋さんは向ける。
「私だってそうしたいのは山々よ……。
でももう婚約話は持ち上がってる……。
お祖母様にもなんて話をしたらいいか……。
私一人のワガママなんて通用するわけ……」
ここで私が一言、桜屋さんの心の琴線に触れること言えれば良いんだけど……。
私は緊張しながらも懸命に言葉を絞り出した。
「私は、皇が好きじゃないならやめちゃうな……。
桜屋さんはお家が、老舗呉服屋の桜屋が大好きってのは分かった。
けどさ、それと桜屋さんの婚約なんて大切な人生とを天秤にかけるなんて駄目だよ。
それに、桜屋さんが経営方針に納得できてないなら尚更じゃん?
私なら辞めちゃう。
『アマバネとのコラボがどうしてもしたいっ』とかなんとか言ってさ」
「ふふふ……」
私の懸命な説得に、桜屋さんはなぜか笑いだしてしまった。
「なにそれ、私馬鹿みたいじゃんそれ。
大人が皆して、そんな高級路線既に考えた後だってのにさ。
確かにアマバネの力は大きいかもしれない。
でもそのコラボだけじゃ経営はどうにもならないのよ。
私、これでも跡継ぎだからさ、経営も結構勉強してるんだよ?
ってか、さっきからまだ会って1週間も経ってない貴方にべらべら喋りすぎね」
夕暮れももう終わり。
桜屋さんは私に憑き物が落ちたかのような笑顔を向けると言った。
「アマバネの件。
私、もう一度お祖母様に掛け合ってみるわ
それと皇の事も……ね! 香月さん!!」
そう言って、何故か私にウィンクする桜屋さん。
とても可愛い。
けどさ……なにかねちみ。
まさか私が皇を好きとか、なんかそういういらん勘違いをしてないかね?
「いや、ちょっと待った! 私はそういうんじゃないから!!」
「恥ずかしがらなくてもいいじゃん」
「いや、だから私は皇を好きとかそういうことは絶対にないから!
この世が明日終わるとしてもないからーー!!」
私はきっちりきっぱりと否定した。




