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22 老舗呉服屋の舞姫

「とにかく! 次に私達が助け出すべきは、老舗呉服屋桜屋の一人娘――桜屋立日よ」

「え? 桜屋さん?」

「そう、これを見て」


 水無月さんが裏統制新聞のトピックを指し示す。

 “老舗呉服店――経営難”。


「あーもしかしてこれが桜屋さん家なの?」


 私のあっけらかんとした問いに、水無月さんは骨折した右腕をさすりながらこくりと頷く。


 私もアプリのコンテンツの全ての詳細を確認したわけではないので気づかなかった。

 でも……そんな素振りは全く見せていなかったではないか。

 カフェテリアで自由気ままに私を罵倒する桜屋さんを思い出し、私は素直にそう思った。

 私が納得行かない表情をしているのを察したのだろう。

 私の疑問を水無月さんが打ち砕く。


「確かに立日――いいえ、桜屋さんは確かに経営難になっている実家を抱えている。

 けれど、それを解消する為の手立てを既に彼女は見出しているのよ。

 香月さん、貴方もご存知の皇時夜よ」

「そうか……! 桜屋さんは皇と仲良いもんね! もしかして……!」

「えぇ。立日は時夜に自らを差し出すことで、呉服屋の経営難を救って貰おうと考えてる……。それこそが問題なのよ」


 仲が良いのは分かってはいた。

 分かってはいたけど、だからってお家の経営難を理由に自分を皇に差し出すなんて。

 そんな馬鹿な話があってたまるか!

 大体にして、皇の奴は天羽さんとの話が裏で持ち上がっていたのだ。

 桜屋さんの想いは裏切られっぱなしではないか。

 しかし……。彼女を助け出すには一つ問題がある。

 それは……。


「水無月さん。桜屋さんは皇の事が好きなのかな?」

「さぁ……。

 私にはなんとも言えないけれど……立日の態度を見てきた限りでは、そうね……。

 少しは好意を抱いているってところかしら」


 それならばいい。

 恐らく百合ゲー時代の経験持ちの水無月さんが言うならば間違いはないだろう。

 桜屋さんを助け出すのは案外簡単かもしれない。

 待ってて、桜屋さん!(推しその2の声の人)




   ∬




 翌日。

 放課後になってから私は早速行動を開始。

 昨夜密かにメッセで説得していた天羽さんを伴い、桜屋さんの元へと向かっていた。


 バレエ部。

 その部室のドアを「こんにちはー」と叩く寸前。

 私は中から流れてきた音楽を聞いて、察しが付いた。

 今はちょうど練習中のようだ。


 流れてきたのはドビュッシーの名曲。

 前奏曲集第1巻よりデルフィの舞姫達。


 私達はそっとドアを開ける。

 すると3人の女性徒が練習着で舞い踊っている姿が目に入った。

 桜屋さんのゆるふわパーマが流れるように揺れ、その翡翠色の瞳は真剣な眼差しをしている。

 見ているだけで癒やされる美しいギリシャ神殿の舞姫たち……。


 ゲームでは――乙女ゲームだった水面のカルテットでは、桜屋さんはダンスが大得意だった。

 悪役令嬢として、体育の授業でジャズダンスや創作ダンスの時に美しい舞を見せる。

 そうしてたくさんの取り巻きを抱えて、未名望にちょっかいを出してくるのが多い。


 他に出てくる機会が多いのはやはり皇関連だ。

 物語中盤に皇の好感度が高いと、皇がオケ部に入部してきて「手本を見せてやる」と言い放ちヴァイオリンを弾き鳴らし、終盤に行われるコンクールのカルテットに加わろうとしてくる。

 その時に桜屋さんもヴァイオリンでカルテットに加わろうとしてくるのだ。

 ダンスの他にヴァイオリンまでできる桜屋さん。

 きっと実家の話があるから必死だったに違いない。

 桜屋さんはご両親想いのとっても良い子なのだ。


 もっと言えば、水面のカルテットと現実世界で違う面があった。

 現実世界ではアンサンブルコンテストがオーケストラ部向けではなく、吹奏楽部向けの大会であることから、ほとんどの弦楽器とピアノが禁止されている。

 それに対し、水面のカルテットではその全ての出場が許されていた。

 つまり、カルテット編成の自由度がかなり高いのだ。

 ヴァイオリン+トランペット+ホルン+ピアノなど自由自在だ。


 だからオーケストラ部の中にいるクソども(イケメンたち)の組み合わせが自在であり、私達ゲーマーはその攻略組み合わせによるトロフィー取得に多大な時間を割くこととなった。


「はぁ……桜屋さん綺麗だなぁ」

「本当に。まるでデルフィの舞姫たちの本物が動き出して踊っているかのようですね」


 さすがは天羽さん。音楽にも造詣が深いらしい。

 水面のカルテットに出てくるお嬢様方ってやつはみんなこれだから凄いよね……。


「皆さんご機嫌麗しゅう。入部希望の方でしたら大歓迎ですが、ただの見学の方でしたら申し訳ないけれどお断りしています」


 ダンスが終わり、桜屋さんの方から私達の元へとやってきてそう言うとタオルで汗を拭った。

 そして私達二人は「誰だお前?」と言わんばかりに睨みつけられた。


「その……えーっと私達は……」

「私達、桜屋さんとお友達になりたくて来たんです。

 申し遅れました。私、天羽文歌と申します。

 Amabaneの天羽と言えば伝わりますでしょうか?」


 天羽さんがそう告げると、桜屋さんの態度は大きく一変した。


「え……? AmabaneってあのAmabaneですか……?

 それは……私なんかにどんなご用件でしょうか?」

「実は……このような企画が持ち上がっていまして……」


 天羽さんは封筒を桜屋さんへと渡してにこりと微笑む。

 天羽さん可愛いよ天羽さん。


「Amabaneコラボ世界各国の伝統衣装の日本代表の着物を(ウチ)に……!?」

「うん、そうそう。天羽さんのお爺さんの署名と捺印も入ってるでしょ?」


 昨夜なんとか天羽さんを説得して、お爺さんにも了承を貰っている。

 私GJ案件だ。

 この一撃をもってして、実家がお金に困っている桜屋さんが食いつかないわけがない!

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