19 報道少女のハ短調
「それにしても、まさか噂の香月伊緒奈さんが新聞部に興味があるなんて……」
薄暗い部室内に通されソファーを勧められるなり、矢那尾さんがぼそり。
「え、なんで知ってるの私のこと」
「おかしな事を言うんですね。
自身が有名人であると知らぬは本人ばかり――と言ったところでしょうか?」
対面に座った矢那尾さんが、意味深に唇の端を吊り上げる。
カーテンが締め切られて明かりがないからか、丸眼鏡の先が見通せない。
「まず第一に、当学に転入生が訪れるのは大変稀なことです。
そして第一に付随し、単年に二人もいる転入生の一人であるということ。
第二に、大変優秀な成績で転入試験を突破したという才女であること。
第三に、オケ部で転入初日にして第一ヴァイオリン奏者として採用されたこと。
第四に、知る人ぞ知る令嬢――アマバネの天羽文歌さんと友人である事。
更に第五に……」
「もういい! もういいよ!」
なんなんだこの子。
なんで私の事、こんなに詳しいの!?
「まだまだあるのですが……」
「だからいいってば……!
私の事はいいから、それ以外の事をもっと詳しく知りたいかなって」
「なるほど、情報をご所望ですか」
彼女は湯呑に粉のお茶を一匙二匙。ポットからお湯を注ぐ。
「粗茶です」
「あ、ありがと」
矢那尾さんが一口お茶を飲む。
「その手に持っている私達発行の新聞を見るに、つまり……。
秘匿している情報を寄越せ――という解釈でいいのでしょうか?」
問われ、私は静かに首を縦に振った。
「そうですね……。けれど私達もタダで情報を、それも新聞に載せられないようなものを渡すわけにはいきません……」
やっぱそう簡単には行かないか。
「そこをなんとか……!」
この様子では間違いない。
彼女は校内新聞に載せられないような情報を握っている。
私には、その情報があるかないかで大きな違いが生じる可能性が高い。
「では、こうしましょう。
私達が香月さんに情報を流す代わりに、あなたにも情報を提供して貰う。
いえ、プライベートを全て明かせとまでは言いません。
香月さんの連絡先と位置情報――それを私達に提供して貰いたいんです」
「私の連絡先は分かるけど、位置情報?」
「はい。渦中の人物がどこにいるかを把握するのは、中々に骨の折れる作業なんですよ。
率先して位置を教えて貰えるなら、私達の記者が潜行するのも楽になります。
加えて連絡先をご提供頂ければ、取材のアポ取りも簡単になります。
……いかがでしょう?」
どう答えたら良いかな。
連絡先は別に構わない。
もちろん無闇にばら撒かれては困るけど、そうじゃないなら問題はない。
けど位置情報……?
二十四時間監視されているようで余りいい気はしない。
「まずは、見返りがどの程度なのかを知りたいかなって思うんだけど、どうかな?」
「そうですね、それは当然です。では少しお見せしましょう」
矢那尾さんは立ち上がり、私の左横へ来てソファーに座った。
その手にはスマートフォンが握られている。
「もう少し近づかないと見えませんよ?」
彼女は指紋認証により待機画面を解除すると、アプリを立ち上げる。
画面全体が紫に包まれる。
そして、コンテンツが表示された。
“遅刻しちゃった……でも諦めるのはまだ早い!”
“詳報、まだフリーな学生リスト”
“今期オケ部、人材難に苦しむ”
“生徒会のラブロマンス!?”
“保険医の三世桃子先生に結婚の噂”
“徹底まとめ、割の良い学生バイト”
“密着! 皇財閥の御曹司――皇時夜の交友関係に迫る”
“アマバネグループ、今期も最高益を更新か”
“老舗呉服店――経営難”
“衝撃! オケ部顧問兼部長のキーネン斎藤宅で深夜に女性の姿”
「これが見返りにご提供するアプリ――裏統制新聞です」
アプリ画面の光を受けて、矢那尾さんの眼鏡レンズが透明度をあげる。
そして、彼女の怪しく光る紫色の瞳があらわになった。