18 この世界のエチュード
放課後になり、私は桃子女史の元へ行って繋ぎ合わせた退部届のコピーを提出。
ついでにいくつかの質問をしてその場を去ろうとすると、女史から目の下に薄らとクマが浮かんでいると心配された。そして疲れに効くというヨガを習得。
ゲームだったら寝る前にこのヨガをすることで、翌日のパラメーター上昇量に補正がかかる。
ここは乙女ゲー世界だ。それだけは間違いない。
けれど、私にパラメーターなんて存在しないし見えもしない。
「水無月さんには見えてるのかもだけど……」
彼女はモブである私とは違ってセーブが使える。
主人公でチート持ち。
あるいは自分のステータスパラメーターが見えてるのかもしれない。
でも全然羨ましくなんてない。
なぜって、こんな乙女ゲー世界で主人公になんてなったら、煩わしい男共とのイベントに巻き込まれるのが必定だからね。
実のところ、お昼の終わりに水無月さんと約束はしてある。
情報のすり合わせと、今後の話をするつもりだ。
放課後に手隙になったら、お互いに連絡を取って会うことになってる。
けどその前に、私は私に出来る事をなるべく確かめる事に決めていた。
「まずは……あったあった」
玄関ホールに辿り着き、お目当ての物をすぐに見つけた。
校内掲示板だ。
新聞部発行の統制学院新聞を中心に、様々なお役立ち情報が掲載されている。
ゲームではユーザーインターフェースの一つとして実装されており、様々なイベント情報を閲覧することが可能だった。
校内新聞からしか派生しない小イベントも多数あったりした。
さすがの私も校内掲示板の内容まで完璧に覚えているわけじゃない。
ゲームでもそうだったけど、情報量多すぎなんだよね。
こんなの全部覚えられるわけない。
掲示物をスマホで何枚か写真に取る。
それから、掲示と同時に配布されていた校内新聞を一部手にとった。
この世界の16年間の記憶でも分かることだけど、ここは乙女ゲー世界ではあるけど、私にとってはどうやらただのゲームではない。
つまり、ユーザーインターフェースの1つだった校内新聞にも、必ず作成者が存在する。
情報というのは一次を抑えるのが一番手っ取り早い。
ゲームでは載っていなければそれまでだった情報。
けれど、校内新聞に書かれていない情報なんてものが存在し得るかもしれない。
桃子女史を訪ねた時の情報を頼りに、図書館に隣接する文化系部室棟へと向かった。
そこには新聞部の部室があるはずである。
∬
文化部系部室棟、その図書館寄りの隅。
照明の類はなく、隅ゆえの採光の悪さでどんよりとした空気感を滲ませる。
ドアに貼られた木製プレートには、統制新聞部と墨で書かれている。
何度かノックしてみるが反応はない。
「すみませーん。誰もいませんかー?」
うーん早く来すぎたかな……?
退部届を優先したから、放課後になって結構時間は経ってると思うんだけどなぁ。
しょうがない出直そう――そう思った時だった。
後方からいきなり、肩に手をかけられた。
ゾクッとするような感触。
緩慢に舐め回すように肩を揉まれ、身の毛がよだつ。
「……新聞部に、御用ですか?」
手の平の主から声が聞こえ……ん? あれ気のせいかな?
私が振り返ると、背後からの襲撃者が視界に入った。
身長は私と同じくらい。
ゆるっとした癖のある黒髪が三つ編みになって右胸に流れる。
丸メガネをした女の子だ。
「……再度お尋ねします。新聞部になにか御用で?」
暗がりでレンズに鈍く光が反射していて表情が見えない。
にしても――いまのたぶん、私の推しの声だったような……?
「あ、うん。ちょっと新聞部に興味があって」
「あらそれは、入部希望……ということでしょうか?」
「うーん、入部ってわけじゃないんだけど。様子見かな?」
ただ情報を横流しして貰うのがベストなんだけど、そこまで都合良くいくかな。
「ところで……新聞部の人だよね?」
「これは失礼、紹介が遅れました。私、このようなものです」
なんと彼女は名刺を取り出して渡してきた。
「これはご丁寧に。すみません持ち合わせがなく……」
「いえいえ、こちらの事を知って頂く方が重要ですから」
名刺には、統制新聞部部長――矢那尾纏女と書かれている。
それとやっぱり気のせいじゃないと思う。
たぶんこの子は、私の推しその4のジメッとした演技の声で間違いはない!!