17 序曲の終わりと緩やかな間奏曲
グランドメサイアから天羽さんを救い出すのは、あまりにもあっさりと成功した。
天羽さんから手酷く婚約拒否を宣告された皇時夜。
その後、私達が地下駐車場にたどり着き、斎藤家の車内で時を待つ間。
連れ出されたお姫様への追手が――天羽さんの叔父と叔母がくる事はなかった。
皇は本当に諦めたっぽかった。
まぁ、私にあそこまでやらせておいて、無様にあがかれるのも勘弁だけど。
「一人増えたか……それも行方をくらました天羽の令嬢とはな。
天羽のご老人と最近懇意になった縁で今回の仕事に繋がっているわけだが――。
――俺の直接の依頼主はメサイアの支配人だ」
指揮を終えて帰ってきたキーネンが、少し窮屈になった後部座席に腰を預け、私達はキーネン家へ向けて、グランドメサイアを後にした。
∬
朝。
枕元でけたたましくわななく目覚ましに、のろのろと活を入れる。
昨日帰ったのが遅かったからだろうか、少しだけひりひりと喉が痛む。
マスクをして二度寝をすると、喉の調子が治る――そんなおまじないを聞いたこともあるけど、残念なことに手元にマスクなんてない。
ベッドで寝返りを打ち、ねぼけ眼で自室を見渡す。
昨日同様に手付かずのダンボール。
クローゼットの左側の引き手には、女生徒用の制服。
そして右側の引き手には、私のサイズに合わせて仕立て直されたメイド服。
カーテンの隙間から陽光が差し込み、鏡で反射されて目に刺さった。
「はいはい、起きる起きる」
母に急かされることもなく、私は、この世界で実質2日目の朝を迎えた。
∬
「きりーつ、れーい」
時間に厳格らしい女性数学教師は、チャイムである賛美歌が流れると同時に教壇を立つ。彼女にとっては、授業を終える準備すら授業の一環なのだろう。
日直である生徒の緩慢な定型文に要する時間すら、計算しつくされている。
受ける側の私達生徒にとっては、それは有り難くもあり、見習うべき姿勢だ。
私も女教師に習い、お弁当を手にすぐに教室を出た。
まだ生徒が疎らだった廊下を抜け、カフェテリアへ。
約束をした二人の姿はない。
ならば、私が席をとっておこうじゃあないか!
でも私の小さな体で出来る事は限られる。
だから私は、お弁当袋とマグをそれぞれの椅子の目の前に分散して置いた。
ぼっちじゃないアピールをこれだけしておけば、一人でも恥ずかしくない!
少しして、水無月さんがやってきた。
「早いのね」
「数学の先生が几帳面な人だったんだ~」
「あぁ……彼女ね。納得」
そう言って、苺牛乳のストローを咥える水無月さんは、少しお疲れのご様子だ。
「どしたの? なんか疲れてない?」
「それはそうよ。私のこの腕、結構重傷なのよ?
それなのに昨日はパーティ。斎藤くん家から家に着いたの11時半過ぎよ。
その後だって、姉に叱られるわ、斎藤くんとの関係を疑われるわで散々だったわ」
口調は迷惑そうだけれど、水無月さんの表情にはほんのりと微笑みが浮かぶ。
そう言えば、私もなんか母親にうざいくらい聞かれたっけ。
うちの母親様は主に「玉の輿グッジョブよ!」って連呼してた。
けれど、私にその気なんてさらさらないのだから、ぬか喜びというものだ。
「……お待たせしました。二人共早いんですね」
天羽さんがふらつきながらゆらりと現れて、水無月さんの左に座る。
そしてテーブルの中央に、重々しい音をたてて天羽さんの持ってきた包みが置かれた。
「うぉ……! それ、お弁当?」
「はい。その……祖父が皆と一緒に食べなさいと」
「えー!?」
「文……天羽さん。お爺さんと話したの?」
水無月さんの問いに、天羽さんがゆっくりと首を縦に振る。
「お爺さまは、叔父と叔母の企んでいた事を全く知らなかったそうです。
とても怒っていました。
それで……私に病気について隠していた事を謝ってくれて……。
それからホテルでの事をお話したのですが……」
天羽さんの言葉が途切れる。
私と水無月さんは、揃ってごくりと唾を飲み込む。
そうだよ……天羽さんを助け出した。
ここまではいい。
でも、私達の事を話されると、とってもまずい気がする。
だって、私と水無月さんが天羽さんと友達になったのは、つい昨日の事だ。
それも放課後になってからの話。
その私達が一体どうやって、その日の夜に行われる――天羽さんの叔父と叔母の悪事を知ることができるというのか。
「そそそそ、それでお爺さんはなんて!?」
どぎまぎとしながら私が問うと、
「はい。とても喜んで、感心なさっていました」
と、天羽さんが可憐に微笑んだ。
「喜んで……?」
「か、感心……?」
水無月さんと私は揃って、思っていたのと違う反応が帰ってきて泡を食う。
「それはもう……! 斎藤家の使用人の事をべた褒めでした。
私、キーネン斎藤をお前にどうだなんて言われてしまいました。
けれど、それもお断りしたんです。
今はまだ、結婚や婚約は考えられません、と」
「へ、へー」
「そう……」
「お爺さまに、『強くなったな』と頭を撫でて貰ったのも、小学生以来でした」
そうだ、グランドメサイアから斎藤家に帰り。
そこからはキーネンの爺やが、私達の自宅への送迎を手配してくれたのだ。
天羽さんと話す時間はあまりなかった。事情を話したのはキーネンの爺やにだけだ。
爺やに話したのも、「会場内でたまたま友人になったばかりの女の子の危機を小耳に挟んだ」とか、苦し紛れにも程がある言い訳だったんだけど……。
爺やは矛盾を抱える私達の説明にも、疑義を唱える事はなかったんだよね。
そして、天羽さんのお爺さんへ話を通す事まで請け負ってくれたのだ。
天羽さんの話ぶりを見るに、爺やが上手いことまとめてくれたと見ていい。
あれぞ名執事に違いないと思う。
そう、ゲームに違わず。
私達は完全に斎藤家の使用人という扱いになっているはず。
確かに会場にはそういう名目で入ったわけだし、そうなるのは仕方ないのだけど。
「さぁ、遠慮なく召し上がってください」
広げられた重箱の中身は和洋折衷で、見た目にも華やかな料理が並んでいる。
私は会場で食べ損ねたと思っていたローストビーフを見るなり、数枚を素早く自分の弁当箱の蓋の上へと退避させた。
「それにしても、お二人が斎藤くんの使用人をされていただなんて。
私、全然知らなくて驚いてしまいました」
食べ始めて少しして、天羽さんが笑顔で言う。
驚いて当然だ。だって実際には違うからね。
しっかし、天羽さんに嘘をつくのはとてもつらい。
おいしいはずのローストビーフの味がまるで頭に伝わってこない。
私が意気消沈していると、水無月さんがコンビニのおにぎり片手に喋りだす。
「たまに、たまによ。
いつもってわけじゃなくて、常勤の人が欠けている時とかに、ね」
「まぁそうなんですね。けれど二人のメイド服、とってもお似合いでした」
「天羽さん、スマホで写真とってたもんね」
「はい……! あとで二人にも送りますね!」
やった! たぶん天羽さんと3人で撮ったのもあるはず!
実のところ、天羽さんの肩出しドレス姿だけでもと機会を窺ってはいたんだよ。
水無月さんにはキーネン家を出る前にお願いしたけど、お断りされちゃったからね。
和気あいあいと昼食を楽しんでいると、私達のテーブルの前で5人ほどの集団が歩みを止めた。
「時夜……? その子達がどうかしたの?」
「……いや、なんでもない」
皇は私達を見るなりパチパチと何度か瞬き。
それからすぐ俯くと、お仲間を置き去りにして先へ行ってしまった。
「なんだ? あいつ今日機嫌悪いのか……?」
「さっきまではトッキー機嫌良かった気がするけど。
立日、なんかトッキーから聞いてる?」
「ううん、私も何にも……。
ほんとに。時夜、今日は珍しく朝から憑き物が落ちたみたいに晴れやかな顔してたよね……」
置いていかれた桜屋さんを始めとする取り巻きが動揺している。
最後に桜屋さんが私達に冷たい視線を向けて、取り巻き一行は皇の後を追っていった。
天羽さん救出編これにて終了です!
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