131 天羽さんのノブレス・オブリージュを防ぐまで
あれから水無月さんがハーリドさんに声を掛ける段階まで戻った私達。
「今度は普通にトイレの場所を聞いただけよ……」
という水無月さんを頼りに時間を進めるが、しかし――、
「――私はアマバネ創業者の孫娘です。その方の代わりに私が人質になります!」
天羽さんの行動は変わらなかった。
またセーブポイントへと舞い戻る水無月さん。
ハーリドさんに声をかけた後に、水無月さんが私に相談してきた。
「香月さん、どうにかして文歌が馬鹿なことを言い出さないようにできないかしら?」
「ハーリドさんに声をかけるのをやめちゃえば? そうしたら水無月さんも連れていかれないわけだし、天羽さんが出しゃばることもないんじゃない?」
私が提案すると、即座に水無月さんが首を横に振る。
「ダメよ。それじゃあイヴン君が後継者になれない……私が連れ去られる以外のハーリドさんが廃嫡されるルートなんて知らないもの」
「じゃあ私が先んじてアマバネの孫娘だ! って言っちゃうとか?」
「そんなことをしてバレたら間違いなく殺されるわよ香月さん。いつもの貴方のやり方は通用しないと思ったほうが良い」
「うーんそうだとしたらもうどうしようも……」
私達が考え込んでいると、「ほら香月さん水無月さん、ラナ王女が来たわよ」と桜屋さんが私達のアバーアを引っ張る。
ダメだ。天羽さんを説得するにしても時間が足りない。
天羽さんのノブレス・オブリージュな行動をどうにかして防がないと、水無月さんと天羽さんの二人が連れ去られてしまう。
式典が始まろうとする中、私はサラちゃんに声をかける。
「サラちゃん……実はさっき怪しい人を見かけたんだ。電話しながら英語で襲撃とか口走ってて……警備の人に警戒するよう言って貰える?」
「え!? 本当ですか香月さん、分かりました!」
私はどうにか襲撃そのものを防いで、手引した犯人としてハーリドさんを捕まえられないか考えた。
サラちゃんが警備の人に話しかけ、事情を説明する。
これでどうにか1階でテロリストの侵入を防げないだろうか?
「伝えて来ました! 警備を厳重にするそうです。それで電話していた人を探すのを手伝って欲しいと言っています。どうしますか? 香月さん」
「ありがとうサラちゃん。うん、私に出来ることなら手伝うよ!」
そして警備の人と一緒にハーリドさんの姿を探す私。
しかし見つからない。だが後でニカブを被って出てくるのは分かっているのだ。
ならば居場所はトイレで間違いないと私の直感が告げていた。
「メンズ、レストルーム! メンズ、トイレット!」
と私が警備の人達に告げると、彼らはこくりと頷いた。
そうしてトイレへと捜索へ行く、急いでお願い!
今頃1Fでは警備を厳重にした人たちとテロリストとの銃撃戦が行われているかもしれない。
あるいはハーリドさんが突入のサインを送らなければ襲撃を回避できるかもしれないのだ。
私とサラちゃんは警備の人と共に男性用トイレの入口まで来た。
ラナ王女の挨拶まではまだ時間がありそうだ。
今なら間に合うかもしれない。
男性用トイレに銃を持って突入する警備の人。
そうして暫くすると、ハーリドさん他二名の男性を伴って警備の人が出てきた。
ビンゴ!
サラちゃんが「ハーリドさん!?」と驚き、私は犯人のハーリドさんを指差し「イッツ、ディス、パーソン!」と小声で叫ぶ。
するとハーリドさんが何やらアラビア語で叫び暴れた。
「なんて言ってるの? サラちゃん」
「私は王族だ、ラナ王女に確認しろ! って言っています。確かにそれはそうなのでしょうが……」
警備の人が私に何か言う。
「間違いありませんね? と聞いています」
「はい。間違いありません。彼のスマホを調べて貰えればテロリストの連絡先が出るかと……」
私は日本語でそう答え、サラちゃんが訳す。
そうしてハーリドさんを捕まえて、暫くしてラナ王女が壇上へと上がった。
頼む! 間に合っていてくれ!!
ラナ王女の挨拶は続き、そして終わった。
エレベーターからテロリストが突入してくる気配はない。
やった! 間に合った!
「サウジアラビア総合情報庁に連絡を入れて確認を取ると言っています。香月さん一緒によろしいでしょうか? と聞かれています」
「うん。サラちゃんも一緒なら全然OK!」
「私、イヴンさん達に事情をお伝えしてきます……!」
「あ、私も……!」
私はイヴン達の元へと行き、水無月さんに「たぶん終わったよ水無月さん!」とこそっと言った。水無月さんは眉間に皺を寄せていたが、しかしラナ王女の挨拶が終わってもテロリストの突入がないことにほっとしている様子でもあった。
そうして私達は第二展望フロアを出て、サウジアラビア総合情報庁のジェッダ支局? へと車で向かった。