125 会食の終わりと練習
会食では王女様との食事に緊張して、あまり美味しく食事ができているとは言い難かったが、普段食べる時にはあまり喋らないという王女様が次々に私達に質問を飛ばしてきたので、割と食事を楽しんでいた。
その分、イヴンは通訳に徹しており食事はしていないようだったが仕方があるまい。食事が私達の分しか用意されていなかったので、始めからそのつもりだったのだろう。
「イオナは学校では部活はやっているの? とラナ王女がお聞きです」
「はい一応。イヴンや守華さんと一緒にオーケストラ部に入ってます」
「まぁオーケストラ部に? イオナ達の演奏を聞いてみたいわ……とおっしゃられています」
さっきからそうだけど、女性言葉で通訳してくれるイヴンに少し笑ってしまいそうになりながらも、私はラナ王女からの質問に答えながら食事を楽しんだ。
会食が終わり、「今度はいつか私が日本へ参ります」と言うラナ王女が本日の会合を締めくくった。私達は口々に「楽しみにしております」と返し、ラナ王女が側近たちを連れて去っていく。それを見送り、私達も再び政府専用車両で帰路に着いた。
会食が終わり家に帰って正午過ぎのお祈りが終わってしばらくした頃、イヴンが私と守華さんの二人をリビングに呼んだ。
リビングに降りてみると、見知らぬ女性が二人イヴンと共にいた。
二人共楽器を持っている。もしかして……?
「申し訳ありません、ミス香月にミス守華。ミスターキーネンに言われたのが急だったもので、楽器と先生を用意するまで時間がかかりました。このことは是非ミスターキーネンにはご内密に」
そう言って頭を下げるイヴン。どうやら私達に楽器と先生とを用意してくれたらしい。
「良いってことよ、十日位演奏しなかったからって私も守華さんも腕は鈍ったりしないさ。ね? 守華さん!」
「えぇ……それくらいならまぁ……それより、私達別に先生は要らないのよ? 自主練習さえできればそれで……」
「せっかくサウジアラビアまで来て頂いたのにそれでは申し訳が付きません。ミスターキーネンの指導とまでは行かないものの、是非音楽をここサウジアラビアでもご堪能下さい」
そう言ってイヴンがアラビア語で、先生だという二人の女性になにか言った。
二人は簡単な英語で自己紹介する。
私達もそれに習い自己紹介をすると早速楽器を使うことになった。
「ちょっと待ってて下さい。私、楽譜持ってきてるので!」
「あ! 私も!」
守華さんと共に楽譜を取りに二階へと戻ると、スーツケースから楽譜を取り出して1Fへと降りていく。そうして楽器を借りると、10日ぶりくらいのヴァイオリン演奏を始めた。
イヴンもヴィオラをどこからか手に入れたらしく「私も一緒に練習失礼します」と隣で練習を始める。
私のヴァイオリンの先生はそれはもうめちゃくちゃに褒めてくれた。
イヴンの通訳によれば、とても高校生の腕前ではないと何度も言ってくれる。
えへへ、褒めて伸ばすタイプの先生なのかな? と嬉しくありつつも実際の実力は置いておいて先生を疑ってしまう私。
私に教えてくれているヴァイオリンの先生に聞くと、サウジアラビアでは近年まで西洋の音楽はタブーだったらしい。
先生達もなんと普段は日本の音楽教室のリヤド校で働いているのだという。
普段は素人を相手にしているような先生だから、統制学院の日本トップレベルの高校生の演奏を聞けば、ひたすらに褒めてくれるのも仕方ないのかもしれない。
タブーだったならば楽器と先生を用意するのに手間取ったというのも頷けるというものだ。
水無月さんと桜屋さんが音楽を聞いてか二階から降りてきて、私達の練習を眺めていた。
1時間半ほど経ち本日の練習も佳境に入り、私は守華さんを「『水面』より合わせてみない?」と誘った。
「えぇ……良いわね! せっかくだからイヴンくんも一緒にいいかしら?」
「それは……私は構いませんが、ミス香月が嫌がるのでは?」
イヴン達も散々男たちのみでパート練習をさせられていたからか。私が男を苦手らしいという話を聞いたことがあるらしかった。あるいはキーネンからサウジアラビアでの練習を頼まれた時に聞いたのかもしれない。女性の先生を用意してくれた辺り、たぶんそうなんだろう。
「まぁせっかく隣にいるんだしね……サウジにいる間だけはイヴンと練習するのも我慢してあげる。通訳もガイドも頑張ってくれてるしね……!」
「そうですか、お心遣い有難うございます」
「まぁいいから! ほらやるよ!」
『水面』よりを三重奏で合わせる私達。
演奏が終わると先生二人が「素晴らしい演奏だったわ!」と本気で褒めてくれているようだ。
「何か不味いなって思ったところがあったら何でも言って下さい!」
と言うと、「敢えて言うならば……」と渋々ではあるが先生たちは改善点を指摘してくれた。
その改善点は確かに上手く行ってないかなと思っていた部分だったので、彼女たちの指導者としての腕前も捨てたものではないと思う私だった。