123 敬虔な教徒とネット環境
正午少し過ぎにイヴンの家へ帰ると、サラちゃんと共にアイシャさんを手伝いお昼を作ることになった。
しかし……私が思っていた石油王の家とはイヴン家は少し違うようだ。
アイシャさんは家事をほぼ一人で担当していて、お手伝いさんとかがいる感じではない。
水面のカルテットのイヴンルートでは、ファーリスさんとアイシャさんはモブではなく名前付きのキャラで出てくるものの、お手伝いさんがいたとかの描写はまったくなかったと記憶している。私はてっきり石油会社の社長をやっているファーリスさんは石油王だと思っていたが、かなり裕福な家なのは間違いないにしても、私達一般人が思う超超富裕層としての石油王というのとは違うように思える。
「ゲームでは分からないことが多すぎるよ……」
小さな声で呟きながら、私はお昼ごはんの調理に向き合う。
メニューはラム肉のカブサと呼ばれる炊き込みご飯だ。
私は玉ねぎの皮むきやトマトの皮むきなどを担当した。
サラちゃんと共にキッチンに立ち私達とアイシャさんの料理作りを見ながら通訳を担当していたイヴンにアイシャさんがなにか言う。
「なんて言ってるの?」
私が聞くと、イヴンは「サウジアラビアじゃ台所になんて滅多に入らないけれど、日本では料理してるの?」と私に聞いています。
「で? どうなの?」
私が更に聞くと、
「食べても良い肉を手に入れるだけでも大変ですし、食べてはいけないものが多すぎますから。食事はほぼ自炊ですよ」
とイヴンが私に教えてくれた。
そっか割と日本じゃ苦労してるんだねイヴンのやつ。
守華さんが「敬虔なイスラム教徒は食事も大変ね!」とイヴンの日本での食生活を慮る。
カブサ作りも最終段階に入る。
ラム肉を取り出し残ったソースを入れた鍋で米を炊く。炊きあがったら、蒸らしてからよく混ぜ予め取り出しておいたラム肉を乗せ、カシューナッツやレーズンを散らすとカブサの完成だ。
今日はお父さんとアダムさんもまだお休みだったようで、私達と一緒に朝同様に昼食を囲んだ。
お祈りをして食べ始めるとお父さんがアラビア語でなにか言い、イヴンが「カブサはお祝いの時によく出る料理なんだよ、今日はみんなが来たお祝いだね」と言っています。
「そうなんですね。祝ってくれてありがとうございますとお伝えください」
天羽さんがお父さんとお母さんに微笑み、食事の時は過ぎていった。
食事を食べ終わり、私達はイヴンにWi-fiの設定を教えてもらう。これで一応家に居る時はネットし放題になった。
「サラちゃんはスマホ持ってるの?」
私が聞くとサラちゃんは首を縦に振る。
「はい! 伊緒奈さん私のお友達になってくれますか?」
「もちろんだよ! みんなもだよね?」
私が聞くと口々にサラちゃんとの連絡先交換を肯定するみんな。
サラちゃんに日本でメジャーなメッセージアプリを入れてもらうと、友達登録した。
私が短期留学組のグループにサラちゃんを招待する。
「嬉しいです! 私、高校はイヴンさんと同じく、統制学院に留学出来たらって思ってるんですよ」
その言い分にイヴンが、「留学試験は難しいですよ」と言う。
私が「サラちゃんならきっと大丈夫だよ! 勉強頑張って!」と応援すると、「はい、頑張ります!」と笑顔で答えてくれた。
「イヴン、明日以降の予定はどうだったっけ?」
「8日後にサウジアラビアの教育関係のお偉い方との会合があります。それまでは皆さんにサウジアラビアに慣れて頂くための準備期間です。その後私はご一緒できませんがプリンセスファティマユニバーシティ、PFUで女子大学体験の予定もあります。これはサラがご一緒します。更にその後リヤドの日本人学校へ訪問など予定は目白押しですよ」
「そっかそっか。じゃあ外でもスマホ使えないとね……! イヴン、SIMカードを買いたいんだけど、このあと案内して貰っても良い? みんなも買うよね?」
私が聞くとみんなが「そうね!」「はい!」「私も要るわ」「そうね……」と全員SIMカードを購入することになった。
「構いませんが、正午過ぎの礼拝のあとでよろしければ……」
「うんうん、それでおっけー。礼拝は何時から?」
「このあとすぐです。20分ほどかかります。
私もここで一緒に礼拝させて貰いますねイヴンさん」
サラちゃんがイヴンの顔を見ながら言い、イヴンが頷いた。
お祈りってご飯の時以外には初めて見るな。
イスラム教徒は1日に5回礼拝をするって聞く。
どんな様子か見てみたい。
しばらくして、イヴン、アダムさん、ファーリスさん、アイシャさん、サラちゃんの5人は床に絨毯を敷くとある方角へ向いた。
「こちらが聖地メッカの方角になります」
イヴンが説明し、そして口々にみんなが「アッラー、アクバル」と礼拝を始めた。
中々に異様な光景だったが、イスラム教徒からして見れば極々普通の光景なのだろう。
しかし……乙女ゲー世界でもイスラム教がしっかりあることに驚く。
この世界はあくまでも現実世界に似通った乙女ゲー世界だ。
男たちの倫理が支配する世界……それはなんとなく少しだけイスラム教世界に似ているのかもしれないと思う私だった。
正午過ぎの礼拝を終え、サラちゃんと別れた私達は再び黒の衣装を纏いイヴンと一緒にバスでSIMカードを買いに来ていた。事前に日本の銀行で両替しておいた3万円分以外に、ここに来る前に両替所にも寄ったので、サウジアラビアリヤルを13万円分ほど持っている。
私はイヴンに商品ラインナップを説明してもらい30GB30日にしようと決めた。130サウジアラビアリヤルだ。日本円換算で5000円ちょっとだとイヴンが言う。
私はパスポートを提示して署名し支払いを済ませると、ショップの人にSIMカードを交換してもらった。ピンが無かったので助かる。
みんなも私に習い30GB30日にしたらしい。まぁそれ以上あっても使い切れないしね!
そうしてSIMカードをゲットし、私は早速とばかりにひつぐちゃんにメッセージアプリで通話をかけてみた。
日本時間で今は午前9時頃だ。出てくれるだろうか?
“やっほ! ひつぐちゃん”
“おはようございます香月さん。もしかしてサウジアラビアからですか?”
“うんそうそう! みんなもいるよー。ね、天羽さん!”
私は隣にいた天羽さんにかわる。
「お電話かわりました天羽です。ひつぐさん如何お過ごしですか?
はい、はい……そうですかお祖父様もお元気で、それは良かったです。香月さんにかわりますね」
“かわったよー。ひつぐちゃん。みんなも天羽さん家に泊まってるよね?”
“はい。瀬尾さんと弓佳と神奈川さんの三人共お世話になってますよ。瀬尾さんにかわりますね”
“香月さん! まだオーディションの結果きませんね……! 私いつ電話がくるかどきどきしてます。電話はたぶん私の携帯か自宅に来ると思うので、もし来たら香月さんにもすぐにお知らせしますね!”
“うんうん、よろしく瀬尾さん。受かってると良いねー。それじゃまた連絡するから! 鈴置さんと神奈川さんにもよろしく! またねー”
そう言って通話を切る。問題なくデータ通信は使えるようだ。
これでもし迷子になってもなんとかなるだろう。
まぁ迷子になんてならないけどね!
「それでは午後の礼拝が始まる前に、家に帰りましょう」
イヴンがそう言うので、街のこれ以上の探索は今日は諦めてお家へと戻った。