122 もう一人の兄とサウジの女子高
サラちゃんがイヴンのお家に来て少々の談笑を済ませた頃、もう一人のイヴンのお兄さんがやってきた。なにやらイヴンと言い合いをすると、わたしたちに向けてアラビア語でなにか強い口調で言った。
「なんておっしゃっているのでしょう?」
天羽さんが果敢にもイヴンに聞く。
「……」
しかし、イヴンは答えない。
そしてサラちゃんが気まずそうに顔を伏せる。
そうしてイヴン達が黙っていると、更にもう一言アラビア語で何か言ってお兄さんは去っていった。
「……あれが長兄のハーリドです。兄はあまり今回の短期留学生の受け入れに納得していないようで、皆さんにはお聞かせできないようなことを言っていました。申し訳ありません。普段は家にいるのですが、みなさんがいる間は別の場所に滞在することになっています」
イヴンが謝罪の言葉を口にしながら事情を話す。
「べ、別にいいのよ! 私達もこんな大勢で押しかけちゃったし、お兄さんが反対する気持ちも分からないではないわ!」
守華さんが場を和ませるようにそう言うと、イヴンとサラちゃんの険しい表情がもとに戻った。
そして話は今日の予定のことになる。
するとサラちゃんが、「私がサウジアラビアの女子高校をご案内します」と言い、私達の案内を引き受けてくれた。
そうして私達は持ってきていた学校の制服へ着替えると、その上から黒の衣装アバーアを着てヒジャブを纏う。持ってきていたのは夏服ではなく肌がでない制服だったので、かなり暑かったが仕方がない。そして私達はサラちゃんの案内でバスに乗り女子高校へと向かった。
「着きました、こちらです」
30分ほどしてバスを降りると、高い塀に囲まれた三階建ての茶色い建物が目に入る。
そうして女子校の門を潜ると、すぐに職員室らしき場所で女性教諭を紹介された。
サラちゃんがアラビア語で女性教諭になにか言うと、女性を日本語で紹介する。
「英語のイスマイル先生です。英語ならばほぼ通じると思いますので得意な方は色々と聞いてみて下さい」
「ヨロシクオネガイシマス」
イスマイル先生が日本語でそう言って頭を下げたので、私達も「よろしくお願いします」と恭しく言った。
そしてイスマイル先生がゆっくりとした英語で言う。
「暑いでしょう? アバーアを脱ぎましょう」
言われ、私達はみんな揃ってアバーアを脱いだ。
女性だけしか居ないからアバーアを着る必要がないということだろう。
制服となり涼しくなった私達にイスマイル先生が言う。
「今日は土曜日だから本当はお休みの日なのよ。サウジアラビアは近年、金曜と土曜日がお休みになったの。欧米や日本では土日がお休みよね?」
問われ、桜屋さんが「はい。土日が休日です」と英語で答える。
「今日来ているのは少数の学生だけだけど、それでも彼女たちを紹介するわ。行きましょう!」
イスマイル先生に案内され、私達は職員室を出て教室へ向かった。
「ここが教室よ」
案内されたのは日本の学校とは違い、普通の部屋だった。
ただし机がいくつも並んでいるのは日本と同じだ。
黒板ではなくホワイトボードを使って授業をしているらしい。
部屋には灰色の制服らしき服を着た数名の女子生徒がいた。
イスマイル先生がアラビア語で何やら言うと、女生徒が集まってくる。
そしてゆっくりとした英語で自己紹介が始まる。
私達もそれに応じ、英語でそれぞれ自己紹介をした。
私に笑顔で女生徒の一人がアラビア語でなにか言う。
「サラちゃん、なんて言ってるの?」
「えっと……失礼でしたらすみません。香月さんがとても小さくてらっしゃるので、本当に高校生? 小学生じゃなくて? と聞いています」
「失礼な! アイム、ア、リアル、ハイスクール、スチューデント!」
と言うと、私はえへんと胸を張った。
私の言い分にクスクスと笑う女の子達。
桜屋さんが「香月さん大人げないわよ」と私を窘める。
「良いもんね、まだ大人じゃないし! JKだし!」
前世も合わせて51年分の記憶があることは置いておいて私がそう口にすると、サラちゃんが私達の会話を訳したようで再び笑いが起きた。
そんな会話を少々楽しむと、イスマイル先生が学校のことを説明してくれた。
「いつもは午前6時30分から、午後2時頃まで授業をしているのよ」
それに私が「6:30am!?」と驚くと、「早い時間でしょう? 朝のお祈りが日の出前から始まるから、サウジアラビアの学校が開くのも早いのよ。終わるのも午後のお祈りをしてすぐに終わりで早いのだけれどね」とイスマイル先生がゆっくりとした英語で言う。
そんなに朝早いのかサウジアラビア。
これは明日以降アイシャさんを手伝うのも一苦労になりそうだ。
そして教室を離れ、クラブ活動や授業で使うというPCルームや体育館などを案内された。
そうして女子高校をくまなく案内された私達は、最後にイスマイル先生に「ありがとうございました!」と日本語でお礼を言って、再びアバーヤを着ると女子高校をあとにした。
「お昼はどうしましょうか? イヴンさんの家に帰りますか? それとも何か街で食べましょうか?」
サラちゃんが私達に聞くと、水無月さんが「余り女性だけで街をうろつくのは感心されないでしょう。一度家へ帰りましょう」と言うのでお家へ帰ることになった。