121 イヴンの従姉妹
あれからシャワーを借りることもなくすぐ眠りについた私は、朝早く起きてシャワーを浴びた。水無月さんも私に続きシャワーを浴びる。
昨夜は守華さんと天羽さん、桜屋さんがシャワーを寝る前に浴びたらしい。
そうして朝食となった。
床に布を敷き、その上に料理を置くと、みんなで料理を囲んで座る。
そしてお父さんのファーリスさんが一言お祈りを捧げてアダムさんとイヴン、お母さんのアイシャさんもそれに続く。私達も彼らを真似して「ビスミッラー」と唱えた。
お父さんのファーリスさんがなにか言う。
「父がどういう意味かわかるかと聞いています」
それに水無月さんが「『唯一神アッラーの名において』という意味でしょう?」と答えると、イヴンが「よく勉強なさっておいでですね」と水無月さんを褒めた。
朝食はフラットブレッドにバナナ、シャクシュカと呼ばれる半熟玉子とトマトソースみたいな料理に、コーヒーが付いてきた。
シャクシュカを食べてみると結構美味しい。スパイスの味が口いっぱいに広がる。
今度からはお母さんの手伝いを私達もしなければならないだろう。
でもめっちゃ朝早く起きてるよね?
私と水無月さんがシャワーを浴びた時にはイヴンもお母さんも既に起きていたのだ。
早起きは三文の得とは言えども、そんなに早く起きられるだろうか?
私がそんなことを心配していると、今度はお母さんのアイシャさんがなにか言う。
「母がおいしいかと聞いています」
それには守華さんが「とっても美味しいです! ベリー デリシャス!」と答えた。
そしてそれを聞いたお母さんが笑顔でまたなにか言う。
「母がラマダンの終わった後で良かったと言っています。ラマダンでは日の出から日没まで何も食べられませんから……」
とイヴンが説明する。
「今年のラマダンはいつだったのでしょう?」
天羽さんが質問する。
「今年のラマダンは3月半ばから4月の始め頃でした。私は日本で断食を行っていましたよ」
イヴンが答え、天羽さんが「なるほど……」と微笑む。
そしてみんなが食べ終わると、今度は「アルハムドリッラー」と唱えた。
桜屋さんが「今度はどういう意味なの?」と水無月さんに聞くと、水無月さんが「『唯一神アッラーに感謝を』みたいな意味よ」と再び教えると、
「なるほどね、基本的に神様に祈ってるのね」
と桜屋さんが納得するように返した。
朝食が終わり、今日の予定をイヴンに確認する。
「今日は水無月さんのご要望でみなさんに私の従姉妹を紹介します。朝この家に来てくれることになっていますので、みなさんはそれまでくつろいでお待ち下さい。それとアバーアとヒジャブを皆さんにお配りします」
そう言うと、イヴンが各自の名前を呼んでいく。
身長に合わせてアバーアを買ったのだろう。私は最後に呼ばれて「子供用ですが……」と前置きしつつイヴンが私にアバーアとヒジャブを渡してくれた。アバーアは洗濯用の替わりが必要なので二着だ。これを着れば全員全身真っ黒だ。
「ありがとうイヴンくん!」
守華さんがイヴンに礼を言い、みんなもそれに続いた。
「まず試着してみましょう!」
守華さんがみんなに試着を促すと、みんなでいま着ている服の上からアバーアを着た。
「うん、ピッタリ」
私が一番に着終えてヒジャブを巻いて感想を言うと、みんなも真っ黒の衣装に身を包む。
「どうかしらイヴンくん?」
守華さんがイヴンに感想を求めると、イヴンは「よくお似合いです」と短く言った。
「それでは私はこれで失礼します。少し所要がありまして……従姉妹のサラが来る頃には戻りますので」
そう言ってイヴンが家を出て行った。
何しに行くんだったか? 私はゲームでのイヴンの行動を思い起こす。
すると水無月さんが「たぶんお兄さんのところへ行ったのよ」と言った。
そうか! 一番上のお兄さんに私達が来たことを報告しに行ったんだっけ。
イヴンにはアダムさんの他にもう一人兄がいる。
その兄こそが、建物占拠人質事件に関わってくるのだ。
「一番上のお兄さんは何をしている人なのかしら?」
桜屋さんが聞き、水無月さんが「ファーリスさんの手伝いで石油会社に勤めているはずよ。昨日居なかったのは、仕事の都合かしら……?」と答えると、天羽さんが「もう一人のお兄様も気さくな方だといいですね」と言った。
そんな話をしながら、私達は1時間ほど談笑して過ごした。
イヴンが帰ってきて、暫くすると来客用のチャイムが鳴った。
「来たようですね……」
イヴンが玄関へと向かう。そして連れてきたのは、私達と同じ年頃か少し幼いくらいに見える少女だった。アバーアを来てヒジャブを身に着けているが、緑色の髪が少しだけ覗き、くりっとした茶色の眼が可愛らしい。
「みなさん、従姉妹のサラです。サラ、ご挨拶を」
「初めまして皆さん、サラ・アルザラニと言います」
サラちゃんはなんとイヴンと同じく流暢な日本語で自己紹介をした。
その声はたぶん私の推しの中でもかなり若い方に分類される実力派の声優さんだ。
高校で声優デビューして、声優アーティストとしても活動するマルチな才能を発揮していたのを覚えている。
硯さんが推しその12、戸吹さんが推しその13とすれば、サラちゃんは推しその14というわけだ。推しと仲良くなるのに理由なんていらない!
「よろしくサラちゃん! 私、香月伊緒奈!」
「はい。伊緒奈さん、よろしくお願いします」
私の自己紹介を皮切りに、次々とみんなが自己紹介していく。
最後に天羽さんが自己紹介をして、話題はサラちゃんが流暢な日本語を話せることへと移っていく。
「サラちゃんが綺麗な日本語を話せるのは、誰かに習ったからなの?」
私が質問するとサラちゃんが語り始める。
「はい。私の母が日本大好きでして、大学でも日本語を専攻したくらいなんです。それで私も小さい頃からイヴン兄さんと一緒に母の日本語教育を受けまして……」
「へぇ……イヴンも一緒だったんだ? それでイヴンも日本語上手なんだね」
「私はサラに年齢も近かったこともあり、試しの実験台として叔母に良いように使われたんですよ……おかげで日本に留学できて今では感謝していますが……」
「と言っても、基本を教えた後は日本のアニメをただ流しておくだけみたいな雑な教育だったんですけどね」
サラちゃんが楽しそうに笑う。
それでもこれだけ流暢な日本語が扱えるようになったのだから凄いの一言だ。
私はサラちゃんのお母さんにも会ってみたいと思うのだった。