116 水無月荘の建築相談と会社設立書類
「本日はよろしくお願いします」
唯野さんのお父さんが恭しく挨拶をくれる。
そして私の父が「よろしくお願いします」と返し、私と水無月さんがそれに続いて挨拶をした。
「それでは香月さん、私は建設業の方は門外漢なのでこれで……」
「うん、ありがと唯野さん!」
唯野さんが部屋を出ていく。
「それでどういったマンションの建築をご希望でしょうか?」
唯野さんのお父さんの質問に私が「最大でも5F建てくらいの低層の高級マンションを建てようと思ってます」と答えると、次に工法の話になったのですぐに「鉄筋コンクリート造りで!」と希望した。
「総戸数は20戸程度、1Fは基本的にロビーや警備スペースの他、皆で使う食堂を入れようと思ってます」
水無月さんがマンションの中身の話を詰めていく。みんなで話し合った間取りについても私が教える。
「なるほど、では西角と東角とで2LDKの部屋を各階に用意しましょう。
それでしたら8戸分2LDKのお部屋が確保できますので、残り各階に1LDKのお部屋を3戸ずつ用意すればちょうど20戸となります。1Kにするには敷地の方が大きすぎますので、1LDKをオススメ致します」
唯野さんのお父さんが1Kではなく1LDKを勧めてくる。
どっちが良いか分からなかったので水無月さんを見ると、こくりと頷いた。
「じゃあ1LDKでお願いします!」
「はい。かしこまりました。ご要望の方は以上でよろしいでしょうか?」
オートロックなどの基本は抑え、室内洗濯機置場に冷蔵庫置場、それに洗面化粧台付きで、風呂トイレ別は必須。瀬尾さんや楽器をやる人の為にも、壁には防音材を入れてきっちり防音仕様だ。
ダイニングキッチンはリビングやベッドルームとはきっちりと区画を分けて、トイレと洗濯機や洗面化粧台の場所は別。あとロビーに宅配ボックスの設置を頼んだ。
それと光回線は共用部までまとめて、そこからも各戸個別に光回線を引き込むよう頼む。
みんなで共用して遅い回線に悩まされるのはオタクとして避けたいからだ。
つまり実質戸建タイプの光回線というわけだ。
光回線については「トレンドをよくご存知ですね……!」と唯野さんのお父さんに褒めてもらう。
私は最後に水無月さんを見た。
彼女がこくりと再び頷く。
「はい。以上でよろしくお願いします!」
「かしこまりました。それではそのように設計見積もりの方を始めさせて頂きます」
「はい! よろしくお願いします!」
そうして私達は、水無月荘建築について最初の話し合いを終えた。
「水無月さんとは初めましてだね、伊緒奈の父の武男です」
「ご丁寧に……水無月未名望と申します」
八丁堀の唯野さんの建設会社を出た直後、今更になって自己紹介しあう二人。
「そう言えば会社経営の方を二人で始める予定もあるのだとか?
そちらのほうはどのような進捗でしょうか?」
私の父が問う。そりゃ資本金として1億振り込んだわけだから気になるよね。
「はい。会社設立の為の書類を集めている段階です……そうだ。これ香月さんに渡そうと今日持ってきたんでした。取締役の就任承諾書です。できるだけ早く署名して貰えるかしら? サウジアラビアに行く前に書類を提出しておきたいのよ」
「おっけー」
私は水無月さんから書類を受け取る。
会社設立が順調に進んでいるようでほっとした様子の父。
「これ書いちゃえばサウジアラビアから帰ってくる頃には会社設立終わってたり?」
「えぇまぁ、書類に不備がなければそうなるでしょうね」
「そっかそっかなんの仕事やるんだっけ?」
「世界への日本文化の発信と、あとは旅行代理店のようなものかしら、外国人に人気の日本のスポットを巡る旅を企画するつもりよ」
「へぇ……私、役に立てるかな?」
「立ってもらうように教育するつもり……!」
水無月さんが堂々とそう言い切る。
「うへぇ……!」
「フフ……もう、変な声出さないでよ香月さん」
「だって水無月さんスパルタっぽそうなんだもんー」
「そりゃそうよね。取締役としてのイロハをきっちり教えて上げるわ」
あまりにも歴戦の経営者っぽさを醸し出していたからか、うちの父が「水無月さんはまるで前世でも経営者をやっていたかのような口ぶりだね」と笑う。
それに私が「きっとそうだよ! 鬼社長やってたに違いないんだから!」と被せると、水無月さんが再び「フフフ」と笑った。