113 水無月荘の土地
日曜日の朝。目覚ましが鳴っても眠くて起き上がれず、パジャマのままゴロゴロとベッドの上を転がっているとメッセージの到着を知らせる通知音が鳴った。
「なーに、こんな朝っぱらから~」
寝ぼけ眼でスマホを確認する。
豪徳寺からだ。
“いくらか候補になる土地が見つかったので送る。既にネットにも掲載されているからライバルもいる。早めに確認してくれ”
豪徳寺からのメッセージには土地が紹介されているホームページのURLが記載されていた。
「うーん、全部で3件かー」
おっけーどんな土地なのか見させてもらおうじゃん!
私はスマホでURLをクリックして土地の紹介を見た。
一件目は吉祥寺駅に徒歩7分の物件だった。
どうやら老朽化しているマンションそのものを売っているらしい。取り壊しに追加でいくらか時間がかかるが、立地もいいしなかなか良い物件に思えた。
二件目は三軒茶屋駅に徒歩9分。
駅北側の住宅地にある元マンション跡地らしい。
しかし多少敷地面積が狭い気がする。それさえなければ良い土地なんだけどな……。
三件目は二子玉川駅に徒歩8分。
土地そのものの敷地面積もとても広い。
ここなら贅沢な一棟が立つだろう。
更に注目すべきは中々に広い隣接駐車場付きなことだ。
「ふんふんふん♪ 三件とも中々良い物件じゃん。さすがは豪徳寺のお父さん!
水無月さんにも相談しないとな……!」
“水無月さん、豪徳寺とのグループメッセージ見た?”
“えぇ……いま物件を確認し終えたところよ”
“そっか。それで良いところあった? 私はやっぱ二子玉川の土地が一番いいんじゃないかって思うんだけど、他に比べてちょっと都心には遠いのがネックかな? 近いだけなら三軒茶屋はいいけど、ここにそこそこの広さの部屋を作るとしたら低層マンションじゃなくなっちゃうよね?”
“えぇ、そうね。あと吉祥寺は取り壊し期間がかかる分除外かしら。
三軒茶屋は良い土地だと思うけれど、低層マンションではなくなってしまうのがネックね。
私も香月さんに同意するわ。この中だとしたら二子玉川一択よ”
“そっかー。もしかしてここ、前の水無月荘があった場所だったりするの?”
“それは……えぇ……ご推察の通りよ”
なんだやっぱりそうなのか! じゃあ最初から決め打ちだったな水無月さん!
“そっか。じゃあ目論見通りだね?”
“えぇまぁ……でもこの世界でも売りに出されているとは思っていなかったわ”
“え? 確認したこと無かったの?”
“無いわよ。そもそも私達の時は文歌が建設費用の大半を出してくれていたんだもの。その文歌も助け出せない。番号くじでは最高でも100万しか当たらないで、水無月荘のことを考える金銭的余裕は無かったわ”
“そっかー。それじゃあ想い出の場所にもう一度水無月荘再建だね!”
“えぇ……上手く行くと良いのだけれど……”
“きっと上手くいくよ! じゃあ私、豪徳寺にここ買うって連絡しちゃうね!”
“お願いするわ”
良し! そうと決まれば豪徳寺に早速連絡だ。
“豪徳寺、早速で悪いんだけどお父さんに二子玉川の物件買うって伝えてくれる?”
私がそう書くと、返事はすぐに来た。
“なに……? 現地へ見に行かなくてもいいのか?”
“うん、ライバルがいるんでしょ? 絶対逃したくないからさ!”
“そうか……うむ。いま伝えた”
“おっけー。じゃあ契約書書きにいくから早めに教えて、今日でも良いよ”
“そうか。では今日にしようと父が言っている。それでいいか?”
“うん!”
“それでは新宿の店舗に午後2時だ……待っていると父が言っている”
“おっけー”
私は起き上がると、パジャマを脱いだ。
早く下へ行って、父と母に今日契約をしに行くことを伝えなければならない。
「水無月荘の再建計画~♪」
適当な自作ソングを歌いながら、私は着替えを急いだ。
∬
「はい。それではこれにて契約完了です。オーナーさんの方へはこちらから連絡しますので、追って契約の完遂をご報告させて頂きます」
「ありがとうございました!」
「いえいえ、こちらこそ!」
豪徳寺のお父さんは笑顔だ。
そりゃ駐車場つきのこれだけ広い土地を捌ければ、手数料でほくほくだろうから当たり前だよね。土地だけで10億だものな。
「それにしても、香月伊緒奈さんも統制学院に通ってるとか? 不躾ですが、どうですか? うちの息子なんて」
その言い分に、私が黙って父を見る。
父は眼鏡をかけ直しながら、「いやはや、娘のことは娘に任せておりますので私からは何とも……」と言ってくれた。
さすがはうちの父! 分かってるぅー。
「そうですか……伊緒奈ちゃんはうちの理人と同じ生徒会に入ってるそうじゃないか。どうかな理人は男として」
「あははは。嫌だなぁ豪徳寺の叔父様、私、豪徳寺くんを男として見たことなんてないからどう答えていいか分かりませんよ~」
私が魑魅魍魎の相手など絶対にない。とは言わない。
相手にも面子があるだろうからね。
「そうかい? あれでも結構良いところのあるやつなんだけどね……」
「そうなんですねー。それじゃあ、私達はこの辺で失礼します!」
私が立ち上がると、父が私に続いた。
「あぁ! ありがとうございました!」
豪徳寺のお父さんに見送られ、私達は不動産屋をあとにした……のだが。
「よう香月! 契約は終わったのか?」
お店を出た直後、店の前にいた豪徳寺に声をかけられた。
「あぁ……うん。終わったけど、豪徳寺はなんでここに?」
「いやなに、俺が父に仲介したんだ。どうなるか気になってな」
「そっか。晴れて契約は無事終わったよ!」
私は契約書の入った封筒を掲げる。
「そうか……あ、香月のお父さん。初めまして豪徳寺理人と言います。統制では一緒に生徒会をやらせて頂いています」
豪徳寺がうちの父に頭を下げる。
「これはこれはご丁寧に。伊緒奈の父の香月武男です」
父も軽く豪徳寺へと頭を下げた。
「その、お父さん……このあと娘さんをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「はい? それは……」
父が私の顔色を窺う。
なんだ豪徳寺。何か話でもあるのか……?
私は豪徳寺の表情を窺うが意図が読めない。いつにも増して真面目そうな表情なのは私の父を前にしているからだろうか?
いいじゃないか。水無月荘の土地を確保できて機嫌もいい。少しは付き合ってやる。
「いいよ……。お父さん、私、豪徳寺とちょっと話すから先に帰ってて」
そう言うと、私は契約書類の入った封筒を父に預けた。
「うん、分かった。遅くならないようにね。豪徳寺くん、娘を頼んだ!」
「うん」
「はい! 分かりました! ありがとうございます!」
父が去っていき、豪徳寺は父に下げていた頭を上げる。
「さて……どこへ行こうか?」
豪徳寺が頭を掻いて聞いてくる。
ノープランかい!
「喫茶店でも行っとく?」
「そうだな。そうしよう!」
なんだ喫茶店でいいのか。なんか如何わしい場所に連れ込まれるかもとかちょっぴり警戒してたじゃん。基本、こいつら魑魅魍魎はオラオラ系だからね。
いきなり何をし始めるか分かったものじゃない。
その中でもマシな部類とはいえ、豪徳寺に対する警戒を緩めるわけにはいかないのだ。
私は豪徳寺に警戒しつつ、喫茶店へと向かった。