112 建設会社とアンコンの曲
放課後。私は生徒会室へと向かった。
「こんにちはー」
挨拶をしながら生徒会室へと入ると、珍しく唯野さんが一人PCに向かっていた。
「やっほ唯野さん」
「……こんにちは」
唯野さんは短くそれだけ返事をすると再びPCとにらめっこを再開する。
私は良い機会だと思ったので、豪徳寺にした話を唯野さんにもすることにした。
「唯野さん、唯野さんのお家って建設会社なんだってね」
「……はい。それが何か?」
「うん、実はね……」
私は唯野さんに水無月荘の建築構想を掻い摘んで話した。
「つまり、私にその話を頂けたということは、そのマンションの建築をウチでと?」
「うんうん、話が早くて助かるよ」
「それは父としては願ってもないことでしょうが、何故ウチに?」
「豪徳寺に聞いたんだよ、大手ではないけど良い建設会社だって」
「ふむ、なるほど豪徳寺君に……」
「どうかな? お父さんに頼んで貰える?」
「それはまぁ、はい。ウチでよろしければ……ですが、香月さん。本当にウチで良かったのですか? 香月さんも私が統制新聞部なのはご存知でしょう。私にそのようなことを頼めば、すなわちせっかくの仲良し女生徒の隠れ家も察知されてしまいますよ?」
唯野さんが忠告するように目を光らせる。
「それはまぁ、でもどうせ裏統制新聞のアプリ使ってるわけだからさ、在学中はどうしたって矢那尾さんの目からは逃げられないって思うし、それに統制新聞部も一応配慮してくれるかなって」
実際、天羽さん家の場所だって、キーネン家の場所だって、都内の閑静な高級住宅街と記載されているだけではっきりと住所が書かれているわけではないのだ。
私はその辺りの配慮はなされているのである程度信頼している。
「そうですか……でしたら良いでしょう。父に話をしてみます」
「うん、場所が決まったら本格的に頼むと思うからよろしくね!」
「はい」
良し! これで建設会社も確保した。
あとは良い土地を見つけるだけだ。
私はその後の生徒会での衣装製作にも気合が入った。
∬
生徒会後、私はいつものようにオケ部へと向かった。
基礎練習が終わった直後のようで、ちょうどみんながパート練習に散ろうとしていた。
しかし、いつもならパイプ椅子に座っているだけのキーネンがある女生徒へと向かう。
「楽譜係……この楽譜のコピーと皆への配布の準備を頼む。アンサンブルコンテストの曲だ」
「はい……決まったんですね!」
私と同じクラスの楽譜係である女子が嬉しそうにそう言い、キーネンから楽譜を受け取った。
私は思わずキーネンに声をかける。
「ちょっと待ったキーネン! もうアンコンの曲決めたの!?」
私は眼鏡をかけ直しながらキーネンに問うた。
「あぁ……そうだが、なにか問題が有るか?」
「いや、問題はないけど……もう少し悩むのかと思ってた」
「ふむ、そうか。お前たちに相談したのが功を奏した。俺も『水面』よりと金管八重奏の二曲に決めた」
「そっか、そっかそっか。編成は決めたの?」
「あぁ金管八重奏の方はな。だが『水面』よりはまだだ。
そちらの方は二曲とも練習させた上で、直前に決めようと思っている……」
そしてキーネンが金管八重奏の編成がトランペット2、ホルン2、トロンボーン3、チューバ1になったことを私に説明する。
「ふーんなるほどね! いやちょっと驚いてさ。それだけ!」
そう言って、私はキーネンの元を去ってパート練習へと向かった。
ゲームとは大分異なる展開になってきた。
まさかこんなにも早くアンサンブルコンテストに出場する二曲が決まるとは……。
でもまだ肝心の『水面』よりの編成と人選は決まっていないのだ。
私はどうにかして、この『水面』よりの四重奏は避けなければならない。
「私が未名望ってどうするんだ」
未名望のカルテットかつ、『水面』よりのカルテット。
ゲームのタイトル名である水面のカルテットはこれらから取られている。
それは分かる。分かるけど、なんで主人公である水無月さんではなく、私がそのカルテットメンバーになりそうになっているんだ……!
絶対に男子達とカルテットメンバーになることは避けなければならない。
そうでなければ私への好感度を爆上げしてくるに違いないからだ。
私は明確化してきた不安を抱えながら、パート練習を始めた。