11 新米メイドはアンダンテより遅く
「急げ、V1」
「ちょ、待ってよ」
私は前世でも今生でも履き慣れない、結構高いヒールのあるパンプスに手こずっていた。
加えて長々としたスカートまで付いてる。
かかとで裾を踏んづけちゃいそうになっちゃうんだよ。
「香月様……あまり急がず、ゆっくりとゆっくりと華麗に歩く感じでございます」
私達は、グランドメサイアホテルの地下駐車場にいた。
VIPが隠れて訪れるため専用の駐車場で、普段はあまり使われていないらしい。
正門とは別口の、遠く離れた道路から直接乗り入れが可能になっている。
キーネンもホテルに来る――それを水無月さんが知らなかったのは、この裏口のせいなのかな。
「爺や、あまり時間がない。
V1を置いていく策を取ろうと思うがどうだ?」
「坊ちゃま、それはなりません。
確かに香月様はいまは我が家のメイドの格好をされておりますが、れっきとしたご友人――お客人でございます。
それも、レディーを置いていくなどと……恥じ入るべき行為にございます」
「ふむ……そうか。仕方あるまい。
ならば今後このような場合への対策として、メイド靴の変更を考慮しよう。
しかし、V1の要求を聞いてすぐ帰宅して正解だったな」
キーネンを爺や――キーネンの屋敷に長年使える老紳士が諌める。
当のキーネンは、なんか一人で納得しているようだ。
「香月さん……あなた、普段ヒールは履かないの?」
「履かないよ!」
パンプスなんて履いた記憶があるのは、小中学校の式典、それと演奏会くらいだ。
それにしたって、こんなに高さのあるヒールじゃない。
「水無月さんだって一般人じゃん!」
「それはそうだけど、私は――」
そうだった! ループしまくりで経験値稼いでるんだ! ずるい!
「V1もういい、急ぐな。
いま、この地下駐車場から大会場までの距離を考え計算してみた。
このペースでもきわどいが間に合う。
そもそもお前が悪いのだぞV1。何故そうも小さい」
「別に好きで小さくなったわけじゃないし!」
それに周りの評価はともかくとして、私はちっちゃくて可愛いから結構気に入ってる。
体型に欲を言えば、こうほら、もうちょっと胸元にボリュームがぼーんって。
いや、サイズ的には別に決して小さくはないよ。小さくないんだけどね。
あくまでモテない男が想像するよりも、CとかDって割と、ね。それだけ。
「仕方ないわ。香月さんに合うメイド服がなかったんだもの。
むしろこうして僅か1時間で仕立直しが終わって、ここに来られているのが奇跡よ。
斎藤くんの優秀な使用人さん達に感謝すべき」
キーネンの家で女中さんたち総出で、私のサイズに仕立て直してくれたんだよね。
皆さんには感謝してもしきれない。
「元V1」
「……? なにかしら」
「お前は俺のコートを持っていろ。
その為にわざわざ必要はないが持ってきたんだ。
これでその痛々しい腕をできるだけ隠せ。
主人のものを持っていると思わせておけば、仕事を振られることもあるまい」
「あ、ありがとう……」
「何故礼を言う。俺は戦略的に必要だからしろと言っているだけだ」
「ちっ」